「人間なら数百歳」の超長寿でヨボヨボにならずに死んでいく…研究者が注目する「キモかわいい」動物の生態
※本稿は、吉森保『私たちは意外に近いうちに老いなくなる』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■人間にたとえると数百歳生きる
「ハダカデバネズミ」という生き物をご存じでしょうか。体長は10センチ、体重35グラムほど。見た目が非常に特徴的です。
細く伸びた白い出っ歯に、毛がないしわしわの体。最近の言葉ですと「キモかわいい」という表現がぴったりです。
このネズミは今、長寿や老化の研究対象として注目を集めています。
その理由は、このかわいいネズミが「寿命がとても長い」ことと、「老化耐性」があることです。老化耐性については後ほど説明します。
ハダカデバネズミはとにかく長生きです。
ハダカデバネズミは約30年生きます。実験室では40歳まで生きた記録もあります。
体がほぼ同じ大きさの実験用マウス(ハツカネズミ)の寿命は3年で、10倍以上長生きです。人間の年齢に換算したら、数百歳に相当する長寿になります。
もうひとつの老化耐性とは、わかりやすくいえば、「年をとっても死亡率が上がらないこと」です。
老化とは、病気にかかりやすくなることです。がんやアルツハイマー病、糖尿病、心疾患などの病気は、当然ながら年寄りの方がかかりやすくなります(これらを加齢性疾患といいましたね)。
死ぬ確率は、臓器の機能低下と、病気によって高まります。ですから、死亡率は老化の一定の指標になります。
■年を取っても身体機能が低下せず病気になりにくい
「老人になったら病気になるのはあたりまえでは?」と思われるかもしれないですが、自然界では、年をとると病気にかかりやすくなることは常識ではありません。(本書の)皮膚のところでも書きましたが、アホウドリやリクガメの中には、死ぬ直前まで若いときと同じ運動量で、はためには元気いっぱいに過ごし、そのままコロッと死ぬ種があります。
ハダカデバネズミも同じです。ハダカデバネズミは、4歳でも30歳でも死亡率は変わりません。年齢を重ねても死亡率は上がらない、また、年をとってもさまざまな身体機能が低下せず、加齢性疾患になりにくいことが知られています。
人間の場合、「同じ病気でも若い人は命に別状はないけれども、年寄りだと死にやすい」ケースは珍しくありませんね。
20代よりも70代の方が肺炎で死ぬ確率は高いですし、転倒などによる骨折から寝たきり状態に陥るリスクも増えます。また、がんの発症率も60歳以上になると高まります。
しかし、ハダカデバネズミにはあてはまりません。熊本大学がまとめた資料によると、がんの発症率は日本人65.5%(男性)、マウス55.1%(雄)に対し、ハダカデバネズミは1%未満になっています。
いかに加齢性疾患になりにくいかがわかるでしょう。
それでは、なぜハダカデバネズミは同じ大きさのネズミの10倍長生きして、老化しないのでしょうか。
このハダカデバネズミを調べれば、長寿や老化の謎が解き明かせるはずです。
■外敵がほぼ侵入できない安全な地下トンネルで暮らす
しかし、ハダカデバネズミは実験室で飼うのが難しい生態をしていて、実は研究がまだそんなにありません。
研究は、ゼロからひとりですべてを明らかにするのではなく、何千、何万のこれまでの研究者の積み重ねの上に成立します。ですから、手つかずの分野には研究者は積極的には手を出しません。
ハダカデバネズミは、アフリカ東部の乾燥した草原の地下でトンネルを掘って群れで生活しています。ひとつの巣に数十匹から100匹程度、多いと300匹が住んでいます。特徴的な出っ歯を使って土を掘り、その巣穴トンネルは全長3キロに及ぶこともあります。外敵の多い地上にはほとんど出ることがなく、外敵がほぼ侵入できない安全な地下で安定した生活を送ります。
体毛がないのは、トンネル内部が常に高温多湿なため体毛が必要なく退化したからとされています。
■ハチやアリのような階級社会を営んでいる
哺乳類では珍しく、ハチやアリのように階級社会を営む「真社会性」を持っています。群れは、子どもを産む女王を頂点に、繁殖をする王、えさを探したり、トンネルを掘ったりするワーカーで構成されています。

群れの中で出産するのは女王だけですが、一度の繁殖には70日かかり、これは実験用マウスの約3.5倍の長さになります。つまり、ハダカデバネズミは子どもをあまり頻繁には産まないということになります。
このようなかなり特殊な生育環境なので、繁殖させるのは簡単ではありません。
それに挑んだのが九州大学の医学研究院の三浦恭子教授です。
三浦先生は2010年ごろに理化学研究所からハダカデバネズミの個体を譲り受けて飼育を始めました。
ただ、トンネルと同じ環境(気温30度、湿度60%)を研究室で再現しても、安定して繁殖させるまで1年半かかったそうです(現在は1800匹を飼育)。
研究用にハダカデバネズミを国内で飼育しているのは今でも三浦先生だけです。
■老化細胞を自分で除去するしくみがある
三浦先生の最新の研究で、ハダカデバネズミには、老化細胞を除去するしくみが備わっていることが明らかになりました。老化細胞は(本書の)2章でもお伝えした、生命科学のホットトピックです。「これ以上新しく生まれ変わらない細胞」のことでしたね。
この、細胞を自ら除去するしくみは、多くの生物に備わっています。いらなくなった細胞を細胞自らが取り除くもので、ちょっと過激な言葉を使えば「細胞を自殺させるしくみ」です。この死んだ細胞のところに免疫がやってきて、食べてなくします。
ハダカデバネズミの場合は、病気などに関わっている老化細胞を細胞死させることができます。細胞の中にセロトニンという物質をため込んでいて、細胞が老化すると、酵素の働きでセロトニンから有害物質が出て、自ら死にます。こうして、老化細胞をなくすことができます。
老化細胞は、年を重ねるごとに体内に蓄積され、炎症を起こし、病気を促進させるものでしたね。
ハダカデバネズミはそうした細胞を体内から除去しているわけです。
「それならばハダカデバネズミの遺伝子を研究して、人間も老化細胞を取り除けるようにすればいいのでは!」と思われた人も多いでしょう。
しかし、やみくもに老化細胞を除去してしまうと、がん細胞ができやすくなるなどの別の弊害が出る可能性があることは、2章でお伝えした通りです。老化細胞は、炎症を起こしますが、その炎症が、良い働きもしていました。
炎症には傷を治したり、体内の状態を一定に保ったりする機能がありましたね。当然、ハダカデバネズミのように、老化細胞を除去してしまえば副作用の心配もあります。
■事故によるケガや日和見感染で死ぬことはある
ハダカデバネズミは老化しないし、何もないと長生きですが、事故によるケガや、免疫力が低下したときに起こる日和見感染では、死ぬことがあります。

傷が治るのも比較的ゆっくりで、また、もしかすると感染にも少し弱い可能性があるかもしれません。
ここまで説明してきた通り、炎症は、傷を治すために必要な能力です。
多くの生き物では外敵に襲われたりして、ケガをする可能性があるので傷を治すために炎症が大きな役割を果たしています。ハダカデバネズミが激しい炎症を起こさないようになっているのは、外敵に襲われる可能性が低いからだと考えられます。
ハダカデバネズミは地上にはほとんど出てこない地下暮らしだと言いました。
外にも出ないし、外敵に会わず、ケガをする可能性が低いのです。ですから、ほかの生物に比べると、そこまで強い炎症を起こす必要性が少ないと言えます。
ハダカデバネズミは、老化細胞が除去されるのにプラスして、ほかの生物に比べて強い炎症を起こす機会がないので、長生きできているのかもしれません。大きなケガや感染症には弱くなるかもしれませんが、安全な地下で暮らしているから大丈夫といえます。
また、炎症は過剰に起きると死にかねません。ハダカデバネズミは、それからも守られています。
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吉森 保(よしもり・たもつ)
生命科学者
専門は細胞生物学。医学博士。一般社団法人日本オートファジーコンソーシアム代表理事。大阪大学大学院生命機能研究科教授、医学系研究科教授。2017年大阪大学栄誉教授。2018〜22年生命機能研究科研究科長。大阪大学理学部生物学科卒業後、同大学医学研究科博士課程中退、私大助手、ドイツ留学ののち、1996年オートファジー研究のパイオニア大隅良典氏(2016年ノーベル生理学・医学賞受賞)が国立基礎生物学研究所にラボを立ち上げたときに助教授として参加。2019年紫綬褒章受章、他受賞多数。著書に『LIFE SCIENCE(ライフサイエンス) 長生きせざるをえない時代の生命科学講義』(日経BP)、『生命を守るしくみ オートファジー 老化、寿命、病気を左右する精巧なメカニズム』(講談社)他。
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(生命科学者 吉森 保)
