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富山市出身でプロ野球・巨人の森田駿哉投手がきょう3度目の先発マウンドに立ち3勝目を目指しています。

富山の野球界で過去最高の左腕投手と言われた森田投手。その原点は、ここ富山にあります。

富山商業高校出身の巨人・森田駿哉投手。
今月6日のヤクルト戦でプロ入り初先発!6イニングを投げ被安打23塁も踏ませない堂々のピッチングで初先発・初勝利を挙げました。
中5日での先発となった今月12日の中日戦。
この試合でも鋭く落ちるフォークが冴えわたり7イニングを投げ、被安打26奪三振の快投で2勝目!
クライマックスシリーズ進出を目指すチームに勢いを与えています。

27歳でルーキーという遅咲きの左腕。快投を見せるそのルーツに迫ります。

森田投手が野球を始めたのは富山市の光陽小学校1年生のとき

巨人からドラフト2位で指名された2023年の冬、野球を始めた思い出の場所で小学生の頃の話を聞きました。

森田駿哉投手
「ここです、めっちゃ走ったっす。グラウンド1周とか結構走らされましたね。よく打たれて泣いてました、めっちゃみんなに言われます。泣き虫だったのになって言われます」
Qなんで泣いていた
「わからないです。勝手に涙でていました、気が付いたら。自信は常にないですよ、自信ないから練習します」

それからおよそ20年後、東京ドームのマウンドに立ち初先発・初勝利を飾った森田投手を見つめるこちらの男性は、高橋克明さん56歳です。

高橋克明さん
「投げている本人はいつもと変わらず、特に緊張するような仕草もなく、ひょうひょうと投げて6回無失点という素晴らしい投球をしまして、こちらがびっくりするくらいの投球結果ということで非常に嬉しく思った。おめでとうと99点というので連絡しました。マイナス1点はどこですかと返事が返ってきて、ヒット打てなかったからだと返した。そしたら『笑』って返ってきた」

初先発の試合は森田投手から招待されその雄姿を見守りました。

高橋さんは森田投手が中学時代に所属した富山市の硬式野球チーム「富山ボーイズ」の元監督です。

森田投手が自身のターニングポイントだと話すのが中学時代です。

森田投手
中学生の時は初めのほうは、全然下手くそというか、あんまり選手としての才能はないなと思っていたので、あんまり野球に対しても真摯に取り組んでいなかったと思う。ちょっといろいろあって監督さんとかにボールを使わずにずっと走らされる時期があって、そこから野球に対して向き合うようになって、そこから本当に結果も出始めたので、監督がどんな意図で僕にそういうことをさせたのかわからないですけど、それは僕にとってはひとつ大きなターニングポイントになった」

高橋克明さん
「投げているボールの割には体が弱いと感じたので、ボール投げずにトレーニング走り込み中心で、わたし当時体重80キロくらいあったんですけど、わたしをおぶってグラウンド1周まわるっていう、これ結構きつかったと思う」

注目されていた森田投手ですが、実は中学時代はエースナンバーをつけていませんでした。

高橋克明さん
「森田君に背番号1番をつけるとどうしても試合になると、森田・森田・森田というふうになってしまうのが自分の中でもあったので、森田君は外野の背番号を付けてもらって、間で投げてもらっていた」

KNBのライブラリーに貴重な映像が残っていました。
中学時代の森田投手です。
その背中にはエースナンバーが…
森田投手は中学3年生のこの最後の大会で初めてエースナンバーを背負いました。
準決勝で先発した森田投手は、14度の日本一を誇る全国屈指の強豪・枚方ボーイズと対戦し見事、勝利しました。

その後は富山商業で甲子園に出場。
大学…そして社会人を経て巨人にドラフト2位で入団しました。

1年目は故障に苦しみましたが、不屈の闘志で復活。そこに泣き虫だった野球少年の姿はありませんでした。
森田投手は富山の指導者たちに支えられ富山を代表する本格派左腕へと成長しました。

高橋克明さん
「人気球団のジャイアンツのピッチャーとして、今2勝挙げましたけど、このあとどんどん活躍してジャイアンツのエースと呼ばれるくらいまでの活躍をしてほしい」

森田投手がきょう先発のマウンドに立っているのは法政大学時代に慣れ親しんだ神宮球場です。思い出のマウンドで3勝目を目指します。