【現地レポ】 カンヌ で問われた、ブランドとスタジオの境界線。「共創」の主導権を握るのは誰?

記事のポイントブランドは単なる出資者ではなく、企画段階からエンタメに関与し共創を進めている。クリエイターとの関係構築は深化しつつあるが、意図と実行のギャップも依然として存在している。エンジニアやプロダクト担当者の存在感が増し、創造性と開発現場が同じ目線で語られるようになっている。
数年前、クリス・ハッセル氏率いるクリエイティブエージェンシー、ラルフ(Ralph)がカンヌを訪れた頃、ブランデッド・エンターテインメントに基づくビジネス構築は、まだ創造的な実験に過ぎなかった。斬新ではあるが、ニッチな存在だった。いまや、それは「必然」に変わった。「いまの私たちはエンターテインメントブランドとして、マーケターと対等に協業の話ができるようになった。ご予算ありますか?と頭を下げるのではなく、対話から共創が始まるのが面白い」と、ハッセル氏は語る。ブランドの「本気」が見える年
今年のカンヌでは、この進化を否応なく感じさせられる。マテル(Mattel)のクリエイティブ責任者ペリー・フレア氏が、ウィンターベリーグループ(Winterberry Group)のディールメイカー、ブルース・ビーグルとスマートリー(Smartly)のペントハウスで語り合えば、電通(Dentsu)はビーチカバナでグローバルなスポーツ&エンターテインメント戦略を発表する。「ブランドがエンタメに手を出している」のではなく、「投資している」ことが明らかになった。「今週の発表は、ブランドと権利者(ライツホルダー)を結びつける包括的な取り組みの一環だ。文化と商業をつなぐことが求められる時代において、アルゴリズムの時代を突破するのは文化を定義するようなIPだけ」と語るのは、電通のスポーツ&エンターテインメント部門のグローバル責任者、伊瀬 禎宣氏だ。「クライアントは一度の電話で、世界中のフォーマットにまたがるエンタメ、スポーツ、ゲーム領域を一気に起動できるようになる」。エンタメは信頼される声のもとへ
この変化は静かに始まっていた。視聴者はリニアTVから離れ、従来型広告は背景と化していく。やがてブランドは「見つけてもらう」ことを諦め、「人々の注意を追う」ようになった。その多くは、すでに信頼されている声、つまりクリエイターを通じて発信される「観られる」コンテンツの中にあった。「いまブランデッド・エンターテインメントは、ユーザーがスルーせず、積極的に関わる数少ない方法のひとつだ」と語るのは、ブランドコンサルタントのアイコニック(Iconic)共同創業者ジェームズ・カーカム氏だ。このエンタメは、もはや短編動画やウェブシリーズだけではない。クリエイター主導のシリーズからスタジオ大作まで、舞台裏ドキュメンタリーからグローバル配信の長編映画まで、多様なフォーマットに広がっている。UTA(ユナイテッド・タレント・エージェンシー)でエンターテインメントマーケティング部門の共同責任者を務めるジュリアン・ジェイコブス氏はこう語る。「マーケターはもう、営業責任者と深く関係を築くだけでは満足しない。いまやクリエイティブ側と繋がりたがっている」。企画段階から参加するブランドたち
カンヌの現場で交わされる会話も変化している。もはや形式やフォーマットの話ではない。重視されるのは「スレート(企画リスト)」──なにが開発中で、誰が関わっていて、ブランドはどう自然にそのなかに入っていけるか、という視点だ。たとえば『ホワイト・ロータス』の次回作に登場するホテルかもしれないし、ブランドの理念に合致するストーリーへの出資かもしれない。いずれにせよ、「ブリーフ」は変わりつつある。クリエイティブ集団ベイビーティース(Baby Teeth)の共同創業者であるレベッカ・ルイス氏、クリス・ワトリング氏、リンジー・アトキン氏は、こう表現する。「かつて、エンタメは音楽、映画、テレビのものであり、ブランドはその外側にいた。いま、それはブランドのスタートラインになっている」。タレントとの一回限りの契約から、より深いクリエイティブコラボレーションへ──それが現在のスタンダードである。ただし、変わらないものもある。「アイデア」と「クラフト」、そして「センス」だ。どれほど戦略的に企画されていても、広告っぽさを感じさせた時点で、人の心には届かない。真にエンタメと呼ぶには、独自性という入場料が必要なのだと、彼らは語った。クリエイターとブランドのすれ違い
「この18カ月で多くのクライアントが、最初の戦略立案のために私たちを雇ってくれた」と語るのは、UTAの共同責任者デイビッド・アンダーソン氏。「だが、実行フェーズに入ると話は別だ。いまやっとマーケターたちは、どう投資すればいいかを考え始めた段階だ」。クリエイター経済の台頭が、こうした状況をより鮮明にしている。ただし、ブランドがクリエイターを歓迎する一方で、両者の間にはまだ距離がある。「私たちが多くのクリエイターから直接聞いているのは、ブランドのブリーフがあまりに指示的すぎるという声だ」と語るのは、デロイト・デジタル(Deloitte Digital)でソーシャル&クリエイター部門の戦略責任者、クリスティーナ・カヴァラウスカス氏だ。なかには変わり始めたブランドもある。長期的な関係性を見込んだクリエイターとの直接的な関係構築に取り組む企業も出てきている。ただし、「意図」と「実行」のギャップはいまだ大きい。BOSEでCMO兼ラグジュアリーオーディオ部門社長を務めるジム・モリカ氏は、こう語る。「TikTok Shopの立ち上げではヴェイナー(Vayner)のパートナーに助けてもらったが、私たち自身も誰を起用すべきかという判断に深く関与していた。戦略からタレント選定まで、ブランドのDNAをすべての層に浸透させることが大切だと考えている」。カンヌはいまやプロダクトデモの場に
かつては「創造性の祭典」だったカンヌは、いまやヨット付きのテックカンファレンスの様相を呈している。もちろん、核にあるのは今も創造性だ。心を揺さぶるストーリーテリングや、感情に訴える作品はいまも変わらず評価されている。しかしパレ(Palais)を一歩出れば、その空気は変わる。クリエイティビティの言語に、コードやクラウド、最適化のロジックが堂々と割り込んでくる。「もはやこれは、創造性だけでなくテクノロジーとデータの祭典でもある」と語るのは、米デロイト・デジタルのCMO、マーク・シンガー氏。テックの存在感はこれまでにもあったが、今年は「より入り込み」「よりブランディングされ」「よりプロダクト化」された形で現れている。プラットフォーム、アドテク企業、データ会社はただ参加するのではなく、ビーチを貸し切り、ホテルを買い上げ、この1週間を「グローバル製品発表の場」として活用している。「カンヌには常にクリエイティブとテックの二面性があった」と語るのは、エクスペリアン・マーケティング・サービスのコンサルティングパートナー、ダニー・ホームズ氏。「いま、その境界が溶けつつあり、テクノロジーが創造的な意思決定からエンド・ツー・エンドのマーケティングまでを支えているのを見るのは刺激的だ」。カールトンホテルにおけるMiQのプレゼンスは、この変化を象徴していた。かつて『マッドメン』時代の華やかな交渉の場であったその場所は、今年、プログラマティック計画用AIツール「シグマ(Sigma)」の発表の場に。その空間を埋めていたのは、エンジニア、アナリスト、そしてプロダクト担当者だった。「クロワゼット通りを歩けば、アドテクリンゴが聞こえてくる。「クッキーレス」「サーバー・トゥ・サーバー」「CAPI」「RPM」といった言葉が、ロゼワイン片手に交わされている」と語るのは、ID5のパブリッシャー&配信パートナーシップ担当VP、リサ・アブサレ氏。「パレに入場するチケットがなくても、誰もがヨットやアパートでの次のミーティングに向かって奔走している」。それは決して悪いことではない。むしろいまのカンヌは、創造の頂点が、エンジニアリングやアドテク戦略と同じ舞台に立つ、新たな時代に入ったのかもしれない。Digiday Video Studioより現地インタビュー
カンヌ2025の2日目、Digiday Video Studioでは以下のマーケティングリーダーたちとの対談を実施した。ユニリーバ(Unilever)のCMOエシ・エグルストン・ブレイシー氏
シティバンク(Citibank)のCMOアレックス・クラドック氏
エシロールルックスオティカ(EssilorLuxottica)のグローバルメディアディレクター、キャロライン・プロト氏
アルタビューティ(Ulta Beauty)のCMOケリー・マホーニー氏
テーマは、金融やファッションブランドにおける「消費者との真の関係性」が将来の成功にとっていかに不可欠かという点に加え、「AIという機械」と「ブランドというハート」の両者をCMOが「機能ごとのサイロ」に閉じ込めてはならない、という問題意識にまで広がった(Digiday編集長ジム・クーパーによるレポート)。カンヌライオンズ2025、現地からのその他ニュース
・かつての注目スポット「ツイッター・ビーチ(Twitter Beach)」は、今年は姿を消した。現在のX(旧Twitter)が、クロワゼット通り(La Croisette)から静かに撤退した背景、そしてなぜ誰も「TikTokの禁止措置」について語ろうとしないのか。その詳細は、別記事で検証する予定である。・オムニコム(Omnicom)は、インフルエンサーや購買喚起力の高いコンテンツへの接続を強化すべく、パートナーシップ戦略を拡大中。
現地で耳にした会話(Overheard)
「いまはもう、ちゃんとしなきゃ。会社勤めになったからさ。君に変なこと言ったら、明日の朝には株価マイナス5ドルだよ」「まだ2日しか経ってないのに、もう2週間いた気分」「AmazonがGoogleやトレードデスクの市場を奪ってるって話、信じてない。バイヤー目線で見る限り、そんな段階じゃない」クロワゼット通りを歩く2人の女性の会話:女性A:「遠回りさせちゃってごめんね」女性B:「大丈夫、歩数稼ぎたかったから」女性A:「今、何歩?」女性B:「1万7000」女性A:「私は2万5000」
本日の予定(What to do)
セッション(パレ・デ・フェスティバル内ほか)10:00〜10:30/リュミエール劇場(Lumière Theatre, The Palais)YouTubeのCEO、ニール・モーハンが登壇。プラットフォーム20周年を記念してスピーチを実施。10:45〜11:15/テラスステージ(Terrace Stage, The Terrace)クリエイターのキース・リーとローガン・モフィットがTikTokとともに登壇。クリエイター経済における市場変革について語る。12:45〜13:15/ドビュッシー劇場(Debussy Theatre, The Palais)リース・ウィザースプーンとe.l.f.(イーエルエフ)が、Z世代向けコンテンツ戦略についてディスカッション。
[原文:Cannes Briefing: As the line between brand and studio blurs, creators hold the pen]Digiday Editors(翻訳・編集:戸田美子)
