『鬼滅シアター -「鬼滅の刃」特別編集版 劇場上映- 無限列車編』©︎吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

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 アニメシリーズを再構成した「総集編」の劇場上映が、ひとつの鑑賞スタイルとして定着しつつある。TV放送や配信で触れた作品を、改めてスクリーンで体験する──そんな観客の行動が、近年さまざまな作品で見られるようになってきた。

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 たとえば、7月18日に公開される『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』第一章に先駆けて、全国では『鬼滅シアター -「鬼滅の刃」特別編集版 劇場上映-』が展開されている。これは、「竈門炭治郎 立志編」から「柱稽古編」までのTVシリーズを章ごとに再編集し、週替わりで上映するというもの。いわば、“鬼滅の歴史”をスクリーンで一気にたどることができる企画となっている。

 とはいえ、配信サービスが普及した今、過去作を自宅で振り返るのは難しくない。「総集編を映画館で観る必要があるのか?」という疑問ももっともだ。だが近年は、さまざまな理由から“あらためて作品を観る”ことに明確な意味を見出す観客も増えている。

 まずは、作品との時間的な“間”を埋める手段としての価値だ。特に、近年のアニメ作品はTV、劇場、配信など複数のメディアを横断しながら、長期にわたって展開されるケースが多い。作品のクオリティ担保の側面から、放送の間が空いたり、公開形態が変わったりするなかで、ライトなファンにとって物語の流れやキャラクターの関係性を継続して追えないケースも珍しくない。そうした中で、総集編は記憶や感情を呼び起こし、断片的になりがちな物語を整理し直す手がかりになる。

 『鬼滅の刃』もその一例だ。2019年の「竈門炭治郎 立志編」から始まり、「無限列車編」までは約1年、「遊郭編」まではさらに1年以上、「刀鍛冶の里編」までも1年以上の空きがあり、2024年の「柱稽古編」に至るまで、各章のあいだには一定のインターバルがある。劇場版や続編から作品に触れた人も多く、序盤の描写や背景を忘れていたり、そもそも把握しきれていなかったりするケースも少なくない。

 また、「最初からすべて観るのはハードルが高い」と感じる新規層にとっても、総集編上映は導入として機能する。配信で一から追うのは時間も労力もかかるが、映画なら要点を効率よく把握できる。物語を整理し直すきっかけとしては十分に実用的だ。

 一方で、「内容を知っていても映画館で観たい」という声も根強い。2024年に公開された『進撃の巨人 完結編 THE LAST ATTACK』は、TVですでに放送された最終話の再編集版ながら、興行収入10億円、動員数70万人を記録した。「どこで、どう観るか」が観客の選択に与える影響は小さくない。同年の『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく! Re:/Re:Re:』も、TVシリーズ全12話を前後編に再構成した総集編でありながら、興行収入10億円超を記録。ライブシーンを音と映像で体感できる点が評価され、繰り返し足を運ぶ動きが広がった。

 こうした動向の背景には、上映環境の進化もある。IMAXやDolby Cinema、MX4D、Dolby Atmosといった多様な上映方式によって、家庭では得られない臨場感が提供されるようになった。総集編を映画館で観る中で、お気に入りのキャラクターのセリフや戦闘シーンを大画面と重厚な音響で体感することで、何度も観たはずの場面に思わぬ発見があったり、以前より感情が動かされる瞬間を感じたことがある人は多いのではないだろうか。

 また、映画館全体の観客数が伸び悩む中で、アニメ映画は依然として安定した動員を記録しており、業界内でも重要なコンテンツとして位置づけられている。なかでも、集客を後押しする施策として定着しているのが入場者特典だ。描き下ろしのポストカードやフィルム風のしおりなど、観に行った証が形として残ることで、鑑賞はコレクションや推し活の一部として意味を持つ。特典を揃えるために足を運ぶ“特典周回”もすっかり定着し、映画館に行くこと自体が応援のアクションになっている。

 ただし、ランダム配布や週替わり特典といった形式には、複数回鑑賞を促しすぎるのではないかという声や、転売への懸念もあり、一定の課題も抱えている。しかし筆者としては、そうした作品や推しへの能動的な関わり方が、今の観客にとって自然なスタイルになっているのであれば、それはひとつの健全な消費のかたちだと感じている。特典付きのCDを買い揃えたり、ライブでペンライトを振ったりするように、映画館で同じ作品を繰り返し観ることもまた、その延長にある行動だ。好きな作品には、言葉ではなく行動で関わりたい。そんな思いと、「応援したいからこそきちんと対価を払いたい」という静かな誠意が、今の鑑賞スタイルの根底にはあるように思う。

 さらに、映画館での体験そのものが、応援上映やライブビューイングといった近年定着したスタイルと重なっているという見方もある。アーティストのライブや舞台を映画館で楽しむスタイルは、観客同士が空間を共有し、場の熱気をともに味わう体験として広く支持されてきた。アニメの総集編上映も、ただ映像を観るだけでなく、「その場にいることに意味がある」という意識の中で、参加型のイベントとして機能し始めている。

 総集編の劇場上映は、作品の魅力を改めて伝えるだけでなく、観る人の感情を呼び起こし、応援のスタイルを更新していく場でもある。「もう一度、作品をちゃんと観たい」「大きなスクリーンで推しを応援したい」。そんな思いがある限り、配信がいくら便利になっても、映画館で観るアニメの特別さは揺らがないのだろう。(文=すなくじら)