前回:「5cmヒールで、会社からお店まではタクシーに乗って…」気合を入れた初デートで男からの思わぬ告白


金曜日の22:00過ぎ。門前仲町


門前仲町のビストロでの初めてのデートは、デザートのタイミングになり、私はいちごのクリームブリュレを、伊東さんは、ババ オ ラムというお菓子(ブリオッシュにラム酒とシロップをしみこませたものらしい)を頼んだ。

本当はデザートを食べずに、2軒目に移動するプランだったんだけど、と伊東さんが笑いながら言った。

「宝ちゃん、目がまんまるになっちゃってる(笑)かなりビックリさせちゃったみたいだし、今日のデートはこの店でおしまいにしよう。でも…最後に、もう一言だけ、いいかな」

ゴホンと咳払いをして、居ずまいを正してから伊東さんは続けた。

「今日宝ちゃんと話せて確信した。オレ、本気です。こんなこと言うと重いと思われるかもしれないけど、いい加減な気持ちで付き合いたいって言ってるわけじゃくて。もし付き合ってくれるとしたら…結婚を前提にしたいくらいには本気だから」

「け、け…、け……?」

単語になりきらなかった私の疑問形を、そう結婚、と至極当然でなんでもないことのように形にした伊東さんに、宝ちゃん口が開いちゃってるよと笑われてしまった。

「気軽に期限付きのお試しでとか言っといて、結局プレッシャーかけちゃって申し訳ない。それくらいオレ、誰かに宝ちゃんをとられたくないって思ってるってことなんだよね。でももちろん、宝ちゃんはお試しの気持ちで、全然OKだからね」

なんかオレ支離滅裂になってきてない?と問われても言葉が出ない。

― なぜ、私なんでしょう?

未だに消えないその疑問は強くなるばかりなのだけど、その疑問を口にすることすらおこがましく感じている。心臓はむず痒さで壊れてしまいそうだし、私の顔はきっと今真っ赤だろう。自分の何が伊東さんにヒットしているのか、悲しいかな心当たりが全くないのだから。

― でも…。

茶化したりおどけたりする様子がないその真っすぐさを疑うのは失礼だということは理解できた。だから覚悟を決めて言った。

「伊東さんのお気持ちはとてもありがたいです。でも少し落ち着いて考える時間が私には必要っぽくて…正直にお話しすると、私は元々恋愛があまり得意ではない上に、今ちょっとしたリハビリ中と言いますか…」

― リハビリ中どころか、初恋もまだという疑惑もあるんだけど。

そもそもリハビリなんて言い方、ちょっとカッコつけちゃったかなと思いつつ、まっすぐに気持ちを言葉にしてくれる伊東さんになるべくウソやごまかしのない返事をしたいと思ったのだ。

「でも、あの、伊東さんとお付き合いすることが全く想像できないとか言うわけでもなくて。私も真剣に考えてお返事させていただければと思いますので、ここは一旦持ち帰らせてもらうということで…いかがでしょうか?」

今の精一杯の言葉をつなげたつもりの私に、もちろん!と伊東さんが嬉しそうに笑った。

「どんどん持ち帰って!全く可能性はありませんって、ばっさり即答で断られることも覚悟してたから、持ち帰ってくれるってだけで嬉しいよ。だだもう1つだけ…提案があるんだけど、聞いてくれる?」


「今回は、東京と大阪でホテルとのコラボレーションディナーの仕事があるから戻ってきたんだけど…3週間はパリの店を閉めることにしたから、その間は日本にいられるんだ。だからその間に、そうだなぁ…1週間に一度の計算で、3回はオレとデートしてくれないかな」

両手を合わせて拝むようなポーズでこちらを伺う伊東さんがまるで子どもっぽく見えて、私は思わずクスッと笑ってしまう。

「付き合ってもらえるのか、フラれちゃうのか。宝ちゃんの返事は少なくとも3回目のデートが終わってからにしてほしい。そこまでオレに頑張るチャンスをくれたら嬉しいんだけど」

― なんというか、伊東さんって憎めないな。

押しもゴリゴリに強いけれど、人懐っこさも強い。伊東さんがパリのレストランのオーナーに可愛がられて今に至るという話に今更ながら妙に納得した。そして気がついたら伊東さんの提案通り、最低3回のデートをすること、そして返事はそのあとで、という約束を交わしていたのだった。





デートの翌日。土曜日12:00過ぎの西麻布。


「大人が恋愛を始めるにあたっての覚悟というか…必要なものってなんでしょうか?」

私の質問に愛さんのテンションは一気に上がり、なになになになに!?もしかして急展開!?と前のめりに、矢継ぎ早になった。

急展開といえば急展開(私の恋愛レベルにおいては)なんですが…と私は昨日の伊東さんとのやりとりを説明した。昨日の報告を聞きたいと愛さんにランチに誘われたここは、西麻布の裏路地にあり、創業30年を超える洋食レストランだ。

「今日はどうしてもこのオムライスを食べたくて♡」

と、愛さんおススメの、ホワイトソースのオムライスを私も頼んだ。焦げ1つなく艶々に焼かれた黄身の上に、濃厚ミルクのホワイトソース。その上にはパプリカパウダーがかかっていて色味のバランスもかわいらしい。

崩すのがもったいなくなるほど整った美しい楕円の山に、思い切ってスプーンを入れる。口に運ぶと、うわっおいしい!!という言葉しか思いつかずに、伊東さんならなんと表現するだろうと聞いてみたくなった。

「あービール飲みたかったなぁ」

このあと仕事があるから飲めないのと嘆きつつ、愛さんは私の話を一通り聞いてくれた。伊東さんが結婚という単語を出したことには驚いていたものの、でもまあ運命を感じたらすぐ動く人だからねと納得顔で頷いてもいた。

「ほら伊東さんってさ、運命の一皿に出合ってそのレストランで働き始めたでしょ?それで今の大成功に至るわけだから、自分の直感に素直に動けば人生がうまくいくタイプというか、直感に自信があるんだよね。

宝ちゃんが何で私なの?と思うのも理解できるんだけど、伊東さんにそれを聞いても、宝ちゃんに運命を感じてビビビっときたっていう説明しかできないんじゃないかな」

直感に自信があるなんて私には未知の世界だと思っていると、愛さんが、宝ちゃんのさっきの質問なんだけどさ、と話を戻してくれた。

「大人が恋愛を始めるための覚悟は?ってやつ。それを聞いてくるってことは、伊東さんとの関係を始めることに一応前向きってことだよね?」
「前向きっていうのはなんだかおこがましいんですけど、伊東さんが良い方なのは理解していますし、お話していても楽しいです。だから好きになれたら…というか恋愛ができたらいいなとは思うんですけど」
「…けど?何か不安なことでもあるのかな」

優しく次の言葉を促してくれた愛さんに甘えて、私は伊東さんとのデートにより蘇ったトラウマ…そして新たに生まれた不安を素直に話してみようと思った。


「また、祥吾の時と同じようになってしまったら?って思ったんです」
「祥吾って、宝ちゃんの元カレのことだよね?」

眉をひそめた愛さんに、私はそうですと答えて続けた。

「伊東さんも押しの強い方ですけど…祥吾もそうだったんです。宝にはオレが必要だから一緒にいようと言われて付き合うことになって。付き合っている間は、宝はオレがいないとダメになる、オレが宝を守るとか、そういうことを沢山言われてましたし、実際にそんな側面もあったと思います。

確かにいろんな事で助けてもらいましたし…そのことで私は彼に対してずっと受け身だったというか、彼の言う通りに行動してたと思うんです。しかもそこにあんまり疑問がなくて」

言葉に変換していくことで、忘れていたはずの過去が再び形を持って明瞭に迫ってくる。そのことにじりっとした痛みを感じながらも、うん、うん、と相槌を打ってくれる愛さんに勇気のようなものをもらって私は言葉を続けた。

「今思えば、彼といる時の私には自分の意志が消えていたんじゃないかなって。そう考えると、つまらない女って言われたことも納得できるし、彼が浮気したことも彼だけの責任じゃなかったなって思えてきて。もちろん伊東さんと祥吾を一緒にするつもりはないんですけど、伊東さんとのデートのあとで…なんか色々思い出してしまって」

随分幼いことを言っているのはわかっている。グジグジした自分が本当にイヤになる。私は愛さんの視線から逃げるように、食後にと出されていた紅茶に口をつけた。蜂蜜とリンゴがブレンドされた甘い香りがなぜか切なさを助長させ、私はつい溜息をついてしまった。

しまったと思って顔を上げ、愛さんに溜息をついたことを謝ると、どうして?むしろうれしいよと笑ってくれた。

「出会ってから私に気を遣ってばっかりだった宝ちゃんが、今は溜息をつけるくらいリラックスしてくれてる。そんな関係になれたってことでしょ?」

それに、と愛さんが続けた。

「なおさら、いい機会じゃない?」
「なおさら?」
「まず断言できるのは、宝ちゃんの元カレのクソ男と伊東さんは全然違うってこと。その上で…押しの強さってところで、宝ちゃんが2人を同じタイプだと感じるんだったら、過去の上書きには、伊東さんはもってこいの相手なんじゃないかな」

理解が追い付かない私に、愛さんは優しい微笑みのままだ。

「伊東さんにトラウマを克服する練習台になってもらうというかさ。それこそ宝ちゃんが西麻布に引っ越した理由って、元カレさんの浮気…そして“つまらない女”って言われちゃったことが原因でしょう?ついにそれを克服する時が来たと思ったらどうかな?

元カレと同じような押しの強いタイプにでも、今の宝ちゃんならきっと違う対応ができるはずだし。オトコにつけられたトラウマは、新たなオトコで上書きしないかぎり消せない。私、世にはびこる恋愛のHOW TO論とか全部ウソだと思うし、全く信じてないけど、それだけは絶対だと思うんだよね」

愛さんがなんだかイキイキしてきた。とても楽しそうだ。

― トラウマを上書きして消す…?

「でもそれって、伊東さんを利用するみたいで、申し訳なくないですか…?」

おずおずと尋ねた私に愛さんが、申し訳なくない!問題なし!と明るく言った。

「伊東さんは宝ちゃんが好きで、どんな理由であっても宝ちゃんと一緒にいたいわけだから。自分と過ごしてくれるその間に自分に惚れさせてみせるっていう人だと思うし。それでも後ろめたいと思うなら、正直にそれを伝えて見たら?

そもそも宝ちゃんだって、伊東さんと過ごすのがイヤじゃないからデートの約束をしたわけでしょ?その時間を有意義に使うってだけなんだから、そんなに難しく考えなくて良いと思うけど。宝ちゃんの恋のトラウマ克服大作戦だよ」

恋のトラウマ克服大作戦。それって全然色っぽくない響きですねと私が笑うと、大丈夫、色気に関しては別の作戦があるの、と愛さんが私の方にずいっと前のめりになった。

「色っぽさといえばさ。大輝先生の登場でしょ?」


なぜここで大輝くん?と首を傾げた私に、愛さんが言った。

「パリでさ、宝ちゃんが変わるために、雄大、大輝、私がそれぞれプランを用意するって話、覚えてる?」
「はい、もちろんです」

忘れるわけはない。

『自分を変えるためには、どんなことをしたらいいのか、まずは皆さんにアドバイスしてもらいたいです』

そう言った私に、宝ちゃんが変わるための練習、ヒントになりそうなプランを3人で1つずつ考えるね、とそれぞれがこんな提案してくれたのだ。

?雄大プラン:雄大が紹介する、芸術・料理・学問など各分野の一流の専門家3人から1対1で学ぶ時間を作る。

?大輝プラン:大輝と疑似デートを繰り返し、男性に自分の主張、わがままを言う練習をする。

?愛プラン:良質なBarに1人でカウンター席に座り、近くに座った客に話かけコミュニケーションを自分から始めてみる。

「雄大は自分のプランに沿って、宝ちゃんに伊東さんを紹介したわけだけど、今こそ大輝の出番な気がして。伊東さんとのデートの前に大輝とデートして慣れておくみたいな。押しの強い男性への対策も教えてもらえそうじゃない?」

確かに大輝くんにデートの練習をさせてもらうのは良いのかもしれない。何より大輝くんと2人きりでももう緊張しないし、気兼ねなく質問もできると思う。

でも…大輝くんに押しの強さはなくて、伊東さんとは全然タイプが違うと思うんですが、参考になるんでしょうか?と聞いた私に、愛さんがにやりと笑った。

「…え。何ですか、愛さんその顔。なんだか悪い笑顔になってますよ」

私の突っ込みに、ウフフと含みを持たせてから愛さんは言った。

「宝ちゃんは、まだまだ大輝のことを知らないってことよ。大輝ってね、なんにでもなれるの。女の子が望む、なんにでも、ね。それに…色気スイッチオンした大輝って本当に…恐ろしい子よ」

色気の先生になって欲しければなってくれるだろうし…と言いながら愛さんが時計をみた。仕事の時間が迫っていたらしい。私の紅茶がまだ残っているのを見て、宝ちゃんはまだゆっくりしていって、とレシートを手に取ろうとした愛さんを止める。

「今日のお会計は相談料として私に支払わせてください」

愛さんは嬉しそうに、じゃあお言葉に甘えるねと去りかけたものの、数歩で立ち止まるとこちらを振り向いた。その動作で黒いマキシスカートの裾がフワッと広がって、それがきれいだなと見とれていると、言い忘れていたと戻ってきた。

「宝ちゃんはさ、絶対につまらない女の子じゃないよ」
「…え?」
「つまらない女の子は、他人の元夫にブチギレて謝罪を求めたりしないし、初めて会った10歳の子どもの心を掴んで、本心を聞き出すこともできないから」

またもにやりとわらって今度こそ去って行った愛さんに、私は呆気にとられ。

― …あれって、ブチギレたことになるのかな。

と、不思議な気恥ずかしさがこみ上げたまま、見送った。


大輝の葛藤:2人の大切な女性


「…もう着替えたのね」

虎ノ門ヒルズ、ホテルの一室。窓際のソファーでコーヒーを飲んでいた大輝は恋人と呼べない愛しい人、京子の声に振り返った。

「起きちゃったんだ。もう少し眠れるのに」

ベッドルームから出てきたばかり、オーバーサイズのシャツを一枚羽織っただけのその人に近づき、ぎゅっと抱きしめながら、京子がホテルを出なければならないと言っていた時間まで、まだ1時間半程はあることを告げる。

「でももう目が覚めちゃったから。お腹空いてない?私、軽く何か食べたいな」
「レストランに行く程の時間はなさそうだから、いつものラウンジでいいかな?」

電話で注文しておくからシャワーを浴びてきたら?と大輝が促すと、京子は頷いてシャワールームに向かった。その後ろ姿に、いつものでいいよねと告げるとありがとうという声が聞こえて、大輝は部屋の受話器をとった。

ラウンジにつながる内線番号を押し、大輝は京子のいつものメニューを頼む。

「ビーフパティのチーズバーガーを1つ。チーズはチェダーチーズで、オニオンを多めでお願いします。ソースは…今日はアボカドソースかな」

京子はその華奢な外見とは裏腹に、食べることが大好きでしかも肉食…ということさえも、大輝は常々愛おしいと思っていた。

お食事は御一人様分でよろしいですか?と聞かれて大輝は、はい、と答えた。今は16:30を少し過ぎたところ。この後大輝は宝とデートなので、自分は食事をするのはやめて、コーヒーだけで京子に付き合うつもりだった。

― 好きな人とホテルで過ごした直後に、別の女の子とのデートとか。

流石に不謹慎、節操がなさすぎかな、と少し後ろめたくなった。でもこのあと宝とデートをするということは、京子にもさっき…彼女が眠る前に説明済みだ。同世代では初めてできた異性の友達で、その友達の新しい恋のために、デートの練習台になることを。

「宝ちゃんもさ、京子さんと一緒で恋愛が苦手なんだって。恋愛がよくわからないんだって言ってた」

大輝と京子は、元々はただの教師と生徒だった。脚本家である京子が大輝の大学で特別講義を受け持ったのがきっかけ。

やがて、大輝が好意を向ける形で2人の距離が縮まっていき、不倫と呼ばれる関係が始まったのは京子の夫の浮気がきっかけだった。その後、自分は本当の恋を知らないのではないかと悩んだ京子が大輝に「私に恋を教えて欲しい」と言ったことだった。

「その宝ちゃんっていう女の子も…あなたに救われるといいわね」

ベッドでまどろみながら…大輝の腕の中で、そう言った京子の穏やかな微笑みに、大輝の胸がジリっと小さく焦げた。

「京子さん、やきもちとかないの?」
「…?」

キョトンとされて大輝は密かにムキになった。

「オレが他の女の子とデートしても、全然、全く、なんとも思わない?」

大輝は、ぎゅうっとその腕に力を込める。苦しいわと笑った京子が、小さな声で言った。

「あなたに他の女の子がいたとしても、私に何かを思う権利なんてないでしょう?」
「京子さんだけの権利なのに」

え?とくぐもった京子の声が、直接胸に響いたけれど、大輝はもう何も答えず、優しくゆっくりと京子の背中を撫ぜ始めた。そのうちに京子の瞳がうとうとと閉じられて、その吐息が規則正しいものに変わってから、大輝はそっと体を離しベッドを出た。

京子と宝。大輝にとって大切な2人。2人とも恋が苦手と言い、その不器用さは似ているのに、正反対にも思える。

京子は大輝にとって唯一だ。とてつもない痛みで切り刻み、とてつもない甘さでとろけさせてくれる唯一の存在。

― でも。

宝と一緒にいると胸がじわじわと温かくなる…そのぬくもりが心地よい理由を、“特別な友情だから”なのだと片づけてもよいものなのか。大輝は今、人生初めての戸惑いを抱えていた。

▶前回:「5cmヒールで、会社からお店まではタクシーに乗って…」気合を入れた初デートで男からの思わぬ告白

▶1話目はこちら:27歳の総合職女子。武蔵小金井から、港区西麻布に引っ越した理由とは…

次回は、6月22日 土曜更新予定!

いつも『アオハルなんて甘すぎる』をご愛読いただいている皆さまへ

6/15、6/29の『アオハルなんて甘すぎる』は休載いたします。次回は6/22となりますので、引き続きどうぞ『アオハルなんて甘すぎる』をよろしくお願いいたします。

東カレWEB編集部