『すずめの戸締まり』 (C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

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新海誠監督最新作『すずめの戸締まり』Blu-ray & DVDの発売を記念して、新海監督の1万字を越える特別ロングインタビューを前・後編にわたってお届けする。公開から間もなく1年となる本作を、新海監督はいかに振り返るのか。

『君の名は。』や『天気の子』のヒットで日本を代表するアニメーション監督となった新海誠の最新作『すずめの戸締まり』は、2022年11月11日より全国420館で公開された劇場長編アニメーション映画で、17歳の少女・鈴芽(すずめ)が ”閉じ師” の青年・草太と出会い不思議な出来事に巻き込まれ、やがて導かれるように九州、四国、関西、そして東京へと ”戸締まりの旅” を続けていく物語。
東日本大震災というシリアスな題材に真摯に向き合いつつ、想像力に溢れたファンタジーとして卓越したストーリーテリングと美しい映像で観客を楽しませるという、新海監督ならではの極上のエンターテインメント作品だ。

満を持してのBlu-ray & DVD発売、配信開始を受けてのインタビュー前編では、新海監督自身が感じた観客からの反応や、キャラクター描写のこだわりなどに触れつつ、あらためて本作を振り返ってもらった。

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◆やるべきことをやった『すずめの戸締まり』◆

ーー本日(取材が行われた9月20日)『すずめの戸締まり』のBlu-ray/DVDが発売されました。まずは率直に、パッケージ発売を迎えた心境はいかがですか。

新海 あまりいいお答えにならないかもしれないですが、一番緊張するのはやはり世の中に初めて映画を差し出す映画公開の時なので、パッケージ発売のタイミングではそれほど緊張感などの特別な気持ちを抱かなくて(笑)。特に公開から1〜2カ月は本当に生きた心地がしない日々であると同時に、2〜3年かけて作った作品がどう受け取られるのだろうという期待を抱いてお客さんに差し出すという、喜びや緊張を感じる期間になります。作品を世に出すごとに嬉しい言葉、辛いご批判、いろいろな言葉を山のように浴び続けますが、パッケージ発売はそこから時間も経っていますし、それほど特別な感慨はないかなというのが正直な気持ちです。

ただ、パッケージの発売を機に、いろいろな人に再会できるといった嬉しい面はありますね。先日もすずめ役の原菜乃華さん、草太役の松村北斗くんと一緒に食事をしたのですが、その場で完成したパッケージを渡したりもしました。今日(9月20日)もこの後、パッケージ発売に合わせた ”おかえり上映” で、ヒロインの母親役を演じてくれた花澤香菜さんと久しぶりに舞台挨拶でご一緒します。そんな風にちょっとした同窓会的な楽しみはあります。

ーー一方で、様々な感想や意見を受け取られて、あらためてご自身で作品を客観的に捉えられている部分もあるのではないかと思いますが。

新海 そうですね。2022年に公開した映画ですが、今振り返るとあのタイミングでしか作れなかったものを、作るべきタイミングで作ることができたなと思っています。映画を1本作るとそのたびに自分自身が少し書き換わって、ある意味で「別人」のようにもなってしまうので、『すずめの戸締まり』を作り終えた今、ああいった作品は今の自分にはもう作れないし、今の自分が作りたい作品は『すずめの戸締まり』のようなものでもないと感じています。

だけど、振り返ると企画を考えた3年前の自分は確かにあのような作品を強烈に作りたいと思ったし、同時に観客もこういうものを観たいのではないかと信じていました。結果、本当に良い作品になったかどうかはわからないけれど、少なくとも自分自身はベストを尽くしたと感じることができて、そういう意味では、「やるべきことをやった」という充足感を与えてくれた映画だったなと思いますね。

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

◆観客の反応から感じたこと◆

ーーこれまでの『君の名は。』(16年)でも『天気の子』(19年)でも、新海監督は観客の反応と真摯に向き合っていらっしゃいました。今作『すずめの戸締まり』に対する反応はどのように受け止めましたか?

新海 いろいろな反応がありましたが、今までの自分の作品とは少し違う反応で言うなら、アニメーションにおけるキャラクターというものがいかに大切かを今さらながらにお客さんに教えてもらったような気がします。すずめや草太、ダイジン、芹澤などいろいろなキャラクターが登場しますが、僕の今までの作品以上に「このキャラが好きだ」というファンがそれぞれにたくさん付いてくれて。あらためて「こんなに大事だったんだ」と実感しました。
もちろん今までもキャラクターというものが大事なのはわかっていたし、その意識で作っていたつもりだけれど、あらためて「草太ファンです」「芹澤ファンです」と自作のうちわまで持って劇場に来てくださる状況を見ると、キャラクターを愛してもらえるというのはこんなにも幸せで、作品にとって必要なことなんだなと教えてもらったような気持ちです。

また、先ほど、公開時が一番緊張したというお話しをしましたが、「震災」をテーマにした物語に対してどういう声が返ってくるのか。それはとても心配で眠れなくなるほど不安だらけのことでしたが、結果、嬉しい言葉、僕が聞きたかった言葉をたくさんいただけたんです。東日本大震災で実際に被災した方の声もたくさんいただきましたが、『すずめの戸締まり』を観ることができて良かったと言ってくださる方もいらっしゃって、ありがたかったです。そして国内だけではなく海外でも、地震ではないけれど自分の過去の経験と結びつけて「自分もこういう災害に遭ったが、『Suzume』(本作の英語タイトル)を観ることで救われた気持ちになった」といった声をいろいろな国で聞くことができました。

それは、やや卑近な言葉ですが、自分自身が〈癒やされる〉ような体験でもありました。僕は3.11の直接の被災者ではないですが、だけど、あの震災は怖かったし、今だって怖い――そんな自分が誰かにかけてほしかった言葉、誰かから聞きたかった言葉を、僕は『すずめの戸締まり』という映画を通じて言ったんだと思います。そして映画を観たお客さんが、今度はそれをまた別の言葉にして僕に届けてくれて。そんな経験を、国内外で何度もしました。「この言葉を聞きたかったから自分はこの映画を作ったんだな」と思うことができたし、大いに慰められました。
自分が人に言いたい言葉というのは、きっと自分が誰かに言ってほしい言葉だったりもすると思うんです。そういう風に映画を通じて、お客さんとの幸せな循環関係を得ることができたと感じています。

――映画の作り手と受け手の、一種の理想的なコミュニケーションですね。

新海 ただ、もちろん反省もたくさんあって、それは言い始めるとキリが無いです。たとえば、映画の冒頭ですずめが最初に草太とすれ違うシーン。すずめは草太を見て「きれい」と呟いて「私たち、どこかで会ったことがあるような……」と追いかけていきますが、すずめは草太の容姿に目を引かれたのではなくて、実は過去の忘れかけた記憶の中にその存在を感じたから、彼女はすれ違った瞬間に草太に心を惹かれていた、ということが終盤に明かされますよね。そういう二人の関係性を冒頭から描いたつもりだったのですが、少なくない観客に「草太がイケメンだからついて行ったんだよね」と受け止められてしまったようで(笑)。

ーー確かに、表面的にはそうも受け取れますが……(笑)。

新海 「草太がイケメンじゃなければこの物語は成立していない」、「〈ただしイケメンに限る〉の映画だよね」的な反応もあって、結構驚かされたんです。映画を最後まで観たら、イケメンだからではなく、自分の中に隠された秘密のようなものと草太が紐付いているから惹かれたということは誤解しようがないだろうと思って作ったつもりでしたが、実際には「ルッキズムを増長する映画」というような解釈も思った以上に多かったので、ああ、映画を作ることって何て難しいんだ、何て自分は映画作りが下手なんだろうと痛感しました。物語の意図を誤解なく観客に伝えることの難しさ、大衆に向けたアニメーション映画を作ることの難しさを、あらためて強く突きつけられたような気持ちにもなりました。

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

◆「すずめ」ネーミングの意外なヒント◆

ーー今作『すずめの戸締まり』は、新海作品で始めて主人公の名前がタイトルに使われる作品となりました。つまり今作は、当初からキャラクターを重視することを意識なさっていたのでしょうか。

新海 はい、考えていました。『君の名は。』の頃からキャラクターを大事に描くことを考えてはいたのですが、『すずめの戸締まり』では特に「愛してもらえるキャラクターにしたい」と思っていました。そのためにまず大事なのは名前じゃないかと考えて、「すずめ(鈴芽)」という名前を思いついた時に「ああ、これは良い作品になるんじゃないかな」と手応えを感じたことを覚えています。だけど、「すずめ」という名前は最初に思い付いたわけではなくて。今から思うと偶然ですが、当初は実は、原菜乃華さんと同じ「なのか」という名前のヒロインでプロットを書き始めたんです。「なのか」と「環」という名前の登場人物で書き始めて、「環」はおばさん役として名前が残りましたが、「なのか」についてはーーもちろん今でもいい名前だとは思いますがーーヒロインとしてはもう少し抽象化した名前にしたいと思っていろいろ考え、「すずめ」に辿り着いたんです。

「すずめ」のネーミングのヒントになったものはいくつかあって、ひとつは高橋留美子さんの『犬夜叉』。ヒロインの名前が「かごめ」ですよね。「かごめ」は鳥の名前なので、普通はあまり人の名前にはしないけれど、誰もが聞いたことがある響きの言葉で記憶に残るし、女性の名前だともすぐにわかるので、凄く良いなと思ってヒントにさせていただきました。ほかには日本神話、「古事記」が少し作品のモチーフにもなっているので、天岩戸で活躍する日本の神様・天鈿女命(アメノウズメノミコト)の「ウズメ」の響きにも影響されています。

だけどいちばんの理由は、「すずめ」という言葉は僕たちの日常にいる鳥の名前なので、日本人であれば少なくとも1日に1回くらいは見たり聞いたりしていて、頭の中ですぐにイメージが広がると感じたからです。扉を開け閉めするという「日常」を取り戻す映画なので、そんな日常に結びついた名前にしたいな、と。そんな風に、日常的で親しみが持てる名前にしたかったのですが、それはまさに最初に「キャラクターを大事にしたい」と考えていたから、ということですね。

ーーそう聞くとあらためて、『すずめの戸締まり』というタイトルは秀逸ですね。日本人なら何となく昔話や民話のような手触りを感じるし、実際に作品を観るとまさに「すずめが戸締まりをする話」であったことが胸に刺さります。

新海 そう言っていただけるのは嬉しいです。『すずめの戸締まり』というタイトル自体は僕の発案ではなくて、プロデューサーの川村元気さんがサジェストしてくれたんですよ。まだ企画書も書く前に、僕が「次はこういう映画を作りたいんだ」と、口頭で「すずめという少女が草太という青年と日本を旅して、戸締まりをするような話を作りたい」といった内容を彼に話したら、「いいタイトルが思い付きました。『すずめの戸締まり』ってどうですか」と。それは企画のごくごく初期の段階でしたから、本当に最初からこのタイトルが引っ張ってくれた映画とも言えます。

(C)2022「すずめの戸締まり」製作委員会

◆作品世界に相応しいキャラクターのバランス◆

ーーネーミング以外にも、キャラクターに関してこれまでと違う工夫をしたり、こだわったりといったことはありましたか。

新海 キャラクター原案は『君の名は。』やその前のZ会のCM「クロスロード」からご一緒している田中将賀さんですが、初期から田中さんにも脚本を読んでもらって、キャラクタースケッチ的な作業を同時に進めていきました。デザイン的な面で言えば、たとえばすずめは前半と後半で目つきというか、顔つきというか、雰囲気が変わるようなキャラクターにしたいと言っていたのは覚えています。映画のミッドポイント、ちょうど真ん中あたりで草太にあるアクシデントが起きるのですが、そこまでの前半部分が扉を閉めていく物語だったのが、そのイベントを機に、後半はすずめが自分のルーツを探っていく話になり、彼女が旅をする動機が変わるから、顔つきが変わるようにしたいと思いました。前半、少しふわっとした明るい女の子だったすずめが、後半は一点だけをずっと見つめ続けているような子に変わる。そういう話をしたのは覚えています。

草太にしても、彼のバックグラウンドは映画中では詳しくは語られないですが、”閉じ師” として誰も知らないけれど実は日本人にとっていちばん大事なことを行っている。人知れずインフラを支えている人のようなイメージですね。そしてある意味、自分自身の未来の可能性のようなものを犠牲にして仕事をしている青年。つまり「自己犠牲の人」だから、使命を帯びた宗教家のような雰囲気をデザインに入れたいということで、田中さんがイエス・キリストのようなイメージで髪の長い青年でどうかと提案をしてくれたりと、そんなやり取りをしたのも覚えています。
体格がよい、がっしりした青年にしたいというイメージも初期から持っていました。日本を旅しながらミミズのような存在と戦っているので、今までの自分の映画にはあまり登場しなかった、逞しい男性キャラクターにしたかったですね。

――登場人物のバックボーンや作中ではたす役割をより意識的にデザインに反映させて、キャラクターとして立たせたわけですね。

新海 けれど、バランスは大事で。『すずめの戸締まり』のキャラクターはいわゆるカタカナの ”キャラクター” というより、日本語で言う「人物」、俳優であれば「この人」という感覚で、実在の人間と置き換えができるようなバランスがほしいと思っていたんです。アニメのキャラクターではあるけれど、ある種の実在感やリアリティ、「こういう人がいるかもしれない」という感触がほしいというバランスで作ったのが『すずめの戸締まり』の登場人物です。それこそ松村北斗くんは草太のように身体もがっしりしていますし、原菜乃華さんもすずめと見た目が重なるかなと、今から振り返ると感じます。

一方で、前作『天気の子』はもう少し、実際の役者や人間とは置き換え可能ではないバランスの映画を作りたいと思っていました。帆高や陽菜はそれぞれ演じてくれた醍醐虎汰朗くん、森七菜さん自身と重なる部分もありますが、小学生の女の子役は花澤香菜さんに演じてもらいました。大人の声優が小学生の声を演じていたのが『天気の子』だったわけですが、それは「本当は大人がやっているけれど子供だよ」と「見立てる」ようなバランスの世界観が、『天気の子』の時にやりたかったことだからです。『天気の子』はフィクション色が強い展開を描いた話で、それは現実に起きている出来事とは違うので、もう少し「漫画的」なキャラクターにする必要があったんだと思います。

逆に『すずめの戸締まり』は、実際に起きた2011年の災害と映画の世界が重なっていく話ですから、やはりキャラクターにもある種の現実感が必要で、もう少し現実との地続き感があるバランスにしたかった。ですから、たとえば幼い頃のすずめなど子供の登場人物はすべて子役の方に演じてもらいました。自分の中でそういう風に、作品ごとの世界観が求めているバランスの取り方を、いろいろ変えながら試している部分はあります。

ーーそれだけ ”キャラクター” というものの重要性が、新海監督の中で増しているわけですね。

新海 映画を作り始めた初期の頃、僕が最初にやりたかったのは「物語」でした。まず物語があり、その物語を運んでいくためにキャラクターがいる。その時、キャラクターは観客と入れ替え可能なほうがいいのではないかと、かつては思っていました。たとえば村上春樹さんの初期の小説では主人公が名前を持っていないことが多かったですよね。作中で「僕」としか言わない。それはやはり、読者と主人公を入れ替え可能な存在にしたかったからだと思います。僕も同じような考え方で最初は映画を作り始めました。

でも徐々に、アニメーションで作るならアニメーションでしかできないような語り口にしたいという気持ちが強くなってきて、キャラクターが重要なんじゃないかということを遅まきながら自覚していきました。そういう意味では、自分で作品を作るごとに登場人物が ”キャラクターっぽく” なっているかもしれないなという感覚はありますね。

新海誠
1973年生まれ、長野県出身。2002年、個人で制作した短編作品「ほしのこえ」で商業デビュー。以降、発表される作品は高く評価され、国内外で数々の賞を受賞する。
2016年公開『君の名は。』が歴史的な大ヒット、次作2019年公開『天気の子』も高評価を獲得し、日本を代表するアニメーション監督のひとりとなった。
最新作『すずめの戸締まり』は日本国内で観客動員1115万人、興行収入は148.6億円を記録。第73回ベルリン国際映画祭のコンペティション部門へ正式招待されるなど、海外でも高く評価されている。

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