浮気を問い詰められたサイコパス夫の、身勝手な言い訳
夫は、こんな人だった―?
周りに相談しても、誰も信じてくれない。子どもと一緒に夫の機嫌を伺う日々…。
最近、こんなモラハラ夫に悩む妻が増えている。
有能で高収入な男性ほど、他人を支配しようとする傾向が強い。
優衣(32)も、経営者の夫が突然マンションを買った日から、徐々に自由を失っていく。
広告代理店ウーマンから、高級マンションという“籠”で飼い殺される専業主婦へ。
彼女が夫から逃げ出せる日はくるのだろうか―?
帰宅した夫に離婚の意思を伝えた優衣。夫は経営が大変な時に何を言い出すのか?と取り合わない。そして、いつものように優衣への攻撃を始めた。だが、優衣が浮気の事実をつきつけると…
▶前回:「あなたとの生活に疲れたの。離婚してください」モラハラに耐えきれなくなった32歳専業妻の悲痛な願い

「銀座のホステスさんと浮気してるよね?」
優衣がこの事実を知っていたことは、雄二にとってはまったく想定外だったのだろう。瞬間的に目を見開いた。
否定する訳でもなく、だが、何か考え込むようにじっと一点を見つめていた。
「私、いろいろ知っているのよ、彼女のこと」
そこまで言うと、優衣は幾分か気持ちがすっきりした。してやったり、といった気分だ。
すると、ようやく雄二が口を開いた。
「で、それどこで聞いたの?」
口ぶりからは余裕を感じるが、ソワソワと落ち着きがない様子を見て取れる。
それに、優衣としては出元を聞かれることなど想定内だった。
「麻布十番にお住まいでしょ?私の友人があなたの彼女と同じマンションに住んでいるの。二人で買い物しているところ、見られてるのよ」
突っ込まれても答えられるように、東山からマンションの場所は聞いている。
事実とズレがなかったのか、雄二もそれ以上、優衣が握っている事実を追求することはしなかった。
その代わり、開き直りとも取れるような言い訳を並べ始めた。
「あのさ、浮気って言うけど…こんなこと、誰のせいでやったと思ってるの?自分のせいだと思わないんだ?」
― 私が悪いってわけ…?
浮気を妻のせいにするとは、責任転嫁も甚だしい。
優衣は夫の言っていることに驚き、ただ聞き入るしかなかった。
その上、次に彼の口から出た言葉は、優衣の心を深くえぐるものだった。
「僕だってこんなことは言いたくはないよ。だけど、優衣と一緒にいても気持ちが癒されないから、家じゃないところに拠り所を求めたんだ」
瞳の奥から涙が湧き上がるのを懸命に堪え、優衣は問い返した。
「癒されないって…。あなたの方こそ、私のこと癒してくれてた?私だって、雄斗が生まれてから寂しいときもあったのに…」
ところが、その反論、言い方のすべてが、火に油を注いだようなものだった。
雄二は優衣の言葉に対して鼻で笑ったあと、さも当たり前かのように驚くべき言葉を並べてくる。
「これだからなんでも人頼みの女は。旦那の浮気はすべて旦那のせいにする。熱帯魚を飼えば世話をしたくない、やれ、生活費が足りない、夫の病気は看病したくない…。お前は毎日文句ばっかりだな!」
話しながら、段々と感情的になり、優衣を非難し始めた雄二。
そんな夫を前に、優衣は何も言えなくなってしまった。
離婚話を切り出した妻に、夫は次第に本性を現す
確かに、恋人時代は雄二のことを労ろうという気持ちが少なからずあった。
だが、結婚し、子どもが生まれ、余裕がなくなったことで彼にかかりっきりになることはほとんどなくなってしまっていた。
「仕事と育児でいつも余裕はなかった…。あなたの言うとおり、私のせいでもあるのかもしれない」
「でも、全部私のせいなの?あなたが勝手に決めた引っ越しで、仕事もやめることになって嫌な思いもした。それでも、家事はしっかりやっていたつもりよ!」
優衣が必死の反論を始めるが、途中まで言い終わらないうちに、雄二が言葉を遮ってきた。
「えええっ!?あれでー?」
大袈裟に驚く姿に、仕草、声色すべてに、優衣はこれまでで最大級の嫌悪を感じた。
― 目の前にいるこの男が、自分の夫なんて…気持ち悪くて吐きそう…。
受け入れ難い現実を前に、思わずうつむいた。
「ま、別にいいけどね。優衣がやっていたのは掃除してご飯作るだけでしょ?」
追い討ちをかけるように言い放った。
「僕の知り合いの奥さんたちは、みんなもっと夫の体やメンタルを気遣ってるんだけどなぁ。優衣には、所詮、経営者の苦しみなんてわからないんだろうね」
いつの間にか、雄二によって話の主体は浮気をした彼自身の話でなく、怠慢な優衣にすり替えられている。
相手の非を攻め、それに反比例するように小さくなっていくのをあざ笑うかのように、雄二はますます饒舌になっていった。
「離婚したいなら、どうぞご自由に。家事や育児もあのレベル。その上無職で、シングルマザーになってこの先やっていこうなんて。甘過ぎだな」
冷たい笑い声を聞きながら、優衣は体中に鳥肌が立つのを感じる。
急に優しくなったり、脅したり、冷たく突き放したり。極端な喜怒哀楽を繰り返し、雄二は我を貫いていく。
恐らくこれが、東山を介して知り合った森本弁護士のいう「サイコパス」の性質なのだ。
優衣は一言も返すことなく、じっと感情を押し殺して聞いていた。
そして、その様子にようやく気づいた雄二は、あるひとつの提案をした。
「とりあえず、今日は優衣と同じ屋根の下で休む気になれないよ。僕はどっかホテルでも取って止まるから、一晩ゆっくり考えて。俺は、離婚する気なんてないから」
何も言わずその場に立ち尽くしている優衣。そんな妻を、雄二はまったく気にする様子もなく、財布とスマホをポケットに突っ込むと、ふらっと部屋を出て行った。
パタン…とドアが閉まった途端、優衣はその場にへなへなと座り込んだ。
緊張の糸がぷつりと切れ、涙がとめどなく頰を伝って流れていく。
「あなたといても癒されない」
彼の気分を損ねないよう家を整え、食事を作り、常に神経を尖らせてきた優衣の生活すべて、この言葉によって全否定されたのだ。
女、失格と言われたのと同じこと。
優衣は、夜のリビングで一人、しゃくりあげて泣いた。

30分ほど経っただろうか。
落ち着きを取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。ダイニングテーブルの上のティッシュを取り、涙をぬぐった。
そして、鼻をかみ、すっきりとした気持ちでつぶやいた。
「でも、よかった。あいつが出て行って…」
もはや優衣にとっては、雄二がホテルに泊まろうが、女の家に泊まろうが、どうでもいいことだった。
夫は自分の口から浮気を認め、それを優衣のせいだと言い切った。
「幼稚な男…」
優衣は玄関に向かうと鍵がかかっていることを確認し、念の為ドアガードもかけておく。
外に泊まるって言ったのは向こうだ。戻ってこられても困る。
そして、リビングに戻ると、ダイニングテーブルの下にしゃがみ、あるものを手に取った。
どうしても離婚したい。サイコパス夫の弱点を握る妻の秘策が…
― これ、ゴミ箱から拾っておいてよかった!
優衣が手にしているのは、以前、雄二が優衣を監視するために取り付けたであろう、超小型カメラだ。
一度はゴミ箱に捨てたものの、雄二が何か探ってくるのではと考え、捨てるのをやめたのだった。
それだけではない。カメラのメーカーと型番を調べ、取扱説明書をダウンロードした後、カメラを元の位置に固定し直したのだった。
この行為はもしかしたら犯罪になるのでは?という懸念もあった。
しかし、森本弁護士に確認したところ、相手に無断で録音したとしてもそれ自体は犯罪にあたるとは言い切れないという。
それに、カメラはもともと雄二自身がつけたもので、優衣が購入したものではない。
― 浮気をしていたことを認める音声は撮れているはず。
小型カメラをバッグのポーチの中にしまい、同じバッグの中に入っていた数冊の本を取り出した。

その中の一冊、マーサ・スタウトの「良心をもたない人たち」をパラパラとめくった。これらは東山から借りている本だ。
「離婚したい」と思うようになったものの、もしかしたら夫は改心するのかも…といった気持ちが拭えなかったとき、東山が「もしよかったら」と持ってきてくれたのだ。
そこには、100人に数人の割合で存在する「良心を持たない人」たちの実態が書かれていた。ここでいう良心をもたない人とは、サイコパスと呼ばれる人のこと。
彼らの特徴をとらえ、彼らが社会でどのように振る舞うのか?周りをどう巻き込むのか?
いくつもの具体例が挙げられていた。
― 書いてあることは、雄二に当てはまることばかり…。
本を読み終えた時の震撼を、優衣はいまだに覚えている。
良心を欠いていることで、そうでない人よりも思い切った行動や決断がしやすく、それが仕事上有利に働く場合が多いこともわかった。
そして、彼らには自覚がないため、治療の必要性をまったく感じていないということも。
我慢して待っていても夫が改心することはない。すべて自分が悪かったわけではない。
この先、自分の心を守り続けていくためには、雄二から逃げるしかない。心の底から確信できたのだった。
テーブルの上に伏せていたスマートフォンから、LINEの通知を知らせる音が聞こえた。
優衣にはそれが誰からのものかわかっている。
― きっと雄二…。
スマホを裏返し、通知を見る。それは予想どおり、雄二からのLINEだった。
「さっきは言い過ぎた。離婚は子どものために思いとどまらないか?しばらく別居して頭を冷やそう」
優衣は表情ひとつ変えず、そのトークに見入る。
さっきあれほどの悪態をついておきながら、離婚には否定的だ。
優衣を非難し、不安を煽り、優衣をネガティブな沼に引きづりこもうとしていたにも関わらず、なぜ離婚を避けようとするのか?
浮気もしており、結婚に執着する理由は子どもくらいしか検討がつかない。
― でも、違う。子どもじゃない。きっと何か、他に離婚に前向きになれない理由がある。
「少し考えます」
「わかりました」
雄二のLINEに対し、返信を書いてみては消し、を繰り返した。
今の優衣はわかっている。サイコパスを相手に何を言っても無駄だということが。
「ふぅ…」
ひとつ深いため息を吐くと、結局既読無視のまま電源をオフにした。
弁護士の言う通り、調停を申し立てる以外離婚する方法はなさそうだ。
しかし、彼が金にものを言わせてランクの高い弁護士を雇ったら、自分は負けるのだろうか?
子どもの親権は?養育費は?
夫は都合よく出て行ってくれたものの、次から次へと不安と悩みが押し寄せ、優衣の脳裏を占拠していくのだった。
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調停を申し立て離婚への準備を進める優衣。次回最終回!

