日本の都市部では当たり前の風景になっている「満員電車」。「仕方ないことだ」とあきらめている人も多いだろう。しかし、ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「満員電車はどう考えても異常な空間。それを回避するための行動をなぜ取らないのか。思考停止ではないのか」と指摘する--。
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■逃げ場のない密閉空間、満員電車

季節柄、インフルエンザ関連のニュースを見聞きする機会が増えてきた。

昨今では、多くの企業において、インフルエンザに罹患(りかん)した従業員の出勤を禁止し、周囲に感染を広めないような取り組みがおこなわれている。もちろん会社にもよるだろうが、以前と比べて「インフルエンザにかかっていようとも、身体が動くかぎりは出社すべきである」と強要するような風潮は、かなり疑問視されるようになっているのではないだろうか。

ただ、企業や学校がどんなに対策を講じようが、個々人が感染予防を心がけようが、逃げ場がない空間がある。満員電車だ。さまざまな価値観を持ち、体格・体質・体調もバラバラである赤の他人が密閉空間にすし詰めとなり、拷問のような時間を過ごす。インフルエンザや風邪といった伝染性の病気にかかるリスクは格段にあがるし、心身ともに疲弊する空間だけに、ちょっとしたことで口論や暴力が発生しがちだ。

■「異常な空間」と知りつつ乗っていることの異常性

大都市圏以外の人々はマイカー通勤が一般的で、満員電車に乗る機会はそれほど多くないだろう。そうした人にとってはあまりピンと来ない話かもしれないが、今回は「満員電車に乗らないことが、いかに自身の人生を幸せにするか」について考えてみたい。

このようなことを書くと、「定時出社するには、苦痛だろうとなんだろうと乗らざるを得ないんだよ!」「会社員の日常とは、そういうもの。外野から偉そうに指摘するな」といった反論が間違いなく飛んでくるのだが、「異常空間であると知りつつ乗っている状況のほうが、異常」という捉え方をしてもよいのではないだろうか。

■自宅から会社まで、1時間40分の行程

私は新入社員時代、JR中央線の立川駅からJR山手線の田町駅まで通勤をしていた。自宅から立川駅までは2.5kmほどあるため、まずは最寄りのバス停まで歩くところから通勤が始まる。大動脈の立川通りは1車線のため、朝は渋滞することが多く、12分程度はバスに揺られて立川駅に到着。そこから満員の中央線に乗り、神田駅で山手線か京浜東北線に乗り換えて、ようやく田町駅にたどり着く。ドア・トゥ・ドアで片道1時間40分の行程だった。

当時、満員電車通勤のベテランである父親と、たまたま勤務先が同じ田町だった。彼は「中央線の終点である東京駅よりも、ひとつ手前の神田駅のほうが乗り換えはスムーズなんだよ」と、私に教えてくれた。「乗り換えで歩く距離は少しでも短いほうがいい。これはワシが編み出した通勤術じゃ、ガハハ」と笑っていた。実にいじましいライフハックだが、つまりは、それほどまでに満員電車通勤は苦痛なのだ。

満員電車では、入り口近くに陣取ってしまったら、他の乗降客の動線をふさがないよう、駅に止まるたびいったん外に出なくてはいけない。運よくつり革をつかめたとしても、目の前の座席で気持ちよさそうに寝る人が途中で降りてくれることはめったになく、目的の駅に着くまで、ずっと立ちっぱなしということがざらにある。

■満員電車のストレスに蝕まれる人々

揺れる車内はまるで“押しくらまんじゅう”のような状態になるし、口臭や体臭の強い人、多汗の人と密着することも少なからず発生する。女性と隣り合った場合には、とにかく手が女性の尻や胸に当たらないことを最優先に考え、無理な姿勢でもひたすら我慢することになる。なにより、狭い空間に人が密集しているがゆえの「圧」がすさまじく、全方位から荷重がかかり、身体のどこかにずっと痛みをおぼえたまま過ごすのが当たり前なのだ。

鉄道各社が、通勤ピーク時の過剰な満員状態を少しでも軽減すべく、最大限の努力をしているのは重々承知している。また、東京都など行政が主導する形で、時差通勤を推進しているのも事実だ。しかし現実には、相変わらず満員電車に揺られて通勤している人が大多数であり、それが大きなストレスとなって人々を蝕(むしば)んでいるのである。

■「異常な状態は変えなくてはいけない」という教え

先ほど、満員電車は「異常」と述べたが、これを初めて指摘されたのは予備校の講師からだった。私が大学受験のために通っていた予備校の最寄り駅は、小田急線の東北沢駅もしくは京王井の頭線の池ノ上駅だったが、どちらも朝は超満員状態である。

くだんの予備校講師はこう言った。もう27年も前の話だ。

「キミたちは無自覚のうちに、世の中のいろいろなことを『そういうものだ』と受け入れてしまっているだろうが、それではいけない。たとえば、満員電車。今朝もあの満員電車に乗ってここに来たと思うが、あれは異常である。異常な状態は、変えなくてはいけないのだ」

「そういうもの」と思考停止にならず、異常だと感じるものに対しては「異常だ」と声を上げ、改善するための努力をしなければならない──そう教えたかったのだろう。

東京一極集中により首都圏の人口は膨張の一途をたどり、多過ぎる人々を決まった時間に運ぶには満員電車にならざるを得ない、という概況はわかる。だが、「そういうもの」と受け入れるしかないのだろうか。私は、違うと思う。

■たとえば「定時」勤務を廃止してみる

たとえば、「定時」の概念をなくすことにより、この状況はかなり緩和できるのではないだろうか。「8時30分〜17時」「9時〜18時」「10時〜19時」など、職場によって定時は異なるだろうが、これからは「各人が本当に行く必要がある時間に出社し、必要な業務を終えたら退社する」ということを、これまで以上に意識してはどうだろう。10時台に電車に乗れば、かなりの確率で座れるようになる。

私は最近、某社に週1日だけ勤務しているが、明らかにその日の業務は終わっているのに、「定時前である」という理由だけでオフィスに残っている人が、思いのほか多いことに気づいた。定時の17時30分を前にした16時30分ごろから、雑談をしていたり、ネットを見ていたりしている人が妙に目につくのだ。そうした姿を見るたび、「今日の仕事はもう片づいたんでしょ? だったら、16時30分で帰っても問題ないでしょ?」と、本気で思う。

まあ、こんなことを言うと「もしも17時5分になって、その人に急遽(きゅうきょ)お願いしたい仕事や、取り急ぎ確認したい事柄が発生したら困るじゃないか」と指摘する声が上がりそうだが、アルバイトのように「時給」換算で給与が発生している人以外は、自分でタイムマネジメントをしてもいいではないか。

「あ、Aさん、今日はもう帰った? それじゃあ明日、依頼しよう」「とりあえず、メールを送っておこう」「これだけは早く確認したいから、電話してみるか」で済む場面も少なくないはずだ。

■見ず知らずの他人に触れられてしまう

労働時間に対する意識を少し変えるだけで、満員電車は回避できるようになる……という視点以外にも、満員電車の異常性について強調しておきたい点がある。あなたは、満員電車以外で他人に触れることはあるだろうか?

おそらく、恋人や配偶者、わが子と触れあう場面、そして仕事相手や友人と握手するような場面以外で、他人とじかに接触することはないだろう。それだけ「他人に触れる」という行為は貴重で尊いものなのである。それなのに、見知らぬ人々とそこまで濃密な接点を持たざるを得ないのが満員電車なのだ。

先ほど、満員電車に揺られながら、立川から田町まで1時間40分かけて通っていたことを述べたが、この生活は1年が限界だった。その後、田町まで5駅しか離れていない恵比寿に移り住んだ。それで満員電車に乗る時間は15分ほどに減ったが、やはり不快だったため、1カ月ほどで自転車通勤に変えた。これは非常に快適だった。

■最良のパフォーマンスを発揮するために

その後、フリーランスになってからは満員電車に乗ることがほとんどなくなった。打ち合わせなどがあるにしても、開始時刻を午後にしてもらうことがほとんどだし、頻繁に出入りする取引先には歩いて行ける距離に住むことにしたので、電車に乗ること自体が激減した。

現在、週に2回、東京メトロ千代田線の新御茶ノ水が最寄り駅の会社に出向いて、編集業務にあたっている。編集部での作業開始時刻は11時と11時30分である。それに間に合うような時間帯であれば、私の最寄り駅からはほぼ確実に座れる。仕事の終了時間はだいたい19時と21時である。帰りの千代田線もやはり座れる。だが、仮に出社が9時台、帰りが17〜18時台であれば、満員電車になっていることが多いし、まず座れない。

朝の満員電車の問題は何よりも、「職場に着いたとき、すでに疲れてしまっている」ことだ。それでは最良のパフォーマンスを発揮できないし、気持ちもやさぐれてしまう。

■トラブルやリスクから目を背けるな

ここまで満員電車のデメリットを書いても「時差通勤? 定時の廃止? 無理無理!」「『無理だという理由』は何か? やかましい! 無理なものは無理なんだよ!」と言いたくなる人もいるだろう。あるいは、もう慣れきってしまい、特に苦痛を感じなくなっている人もいるかもしれない。ただ「いかにして満員電車に乗らないか」ということを考えるのは、心身の健康を実現し、仕事や生活の質を向上させるだけでなく、日常生活に潜むさまざまなトラブルを回避することにもつながる。

人間が突発的なトラブルに巻き込まれるのは、多くの場合、周囲に大勢人がいるときである。他人が多ければ多いほど、理解不能な考えを持つ人間に出くわす可能性が高まる。理不尽な暴力に遭遇したり、痴漢冤罪に巻き込まれたりするリスクも上がるだろう。インフルエンザや風邪をうつされる確率も増加する。

なかには、現状をなんとか肯定するために、「長時間の満員電車でも本を読んだり、語学教材を聞いたりしているので有意義です」などと言う人もいるだろうが、果たしてそれは本心なのだろうか? さまざまなトラブルやリスクから目を背け、思考停止しているだけではないのか?

■思考停止になってはいけない。

たとえば、警察官や消防官、役所や公共施設の職員、小売店や飲食店の店員など、市民の生活基盤を守る職種や、市民と相対する形でサービスを提供しなければならない職種を除けば、「所定の時間内は、無条件でそこにいなければならない」仕事など、ほとんど存在しないのではなかろうか。

朝は自宅である程度仕事をこなしつつ、電車が混まなくなる時間を見計らって出社する、といった勤務パターンを各企業が導入するだけでも、満員電車はかなり緩和されるだろう。

27年前に予備校講師から聞いた「満員電車は異常だ」という言葉。文字通りの意味だけでなく、背後に多くの戒めを含んだ警句として、いまでも強く、私の心に響いている。思考停止になってはいけない。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」
・満員電車は異常な空間である。その異常性について、もっと多くの人が真剣に考えるべきではないか。解消するためにできることは、いろいろある。
・何事においても「そういうもの」と受け入れてしまうのがクセになっていないか。違和感や不快感をおぼえるのであれば、それを解消するためにできることを探すべきである。

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中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
ネットニュース編集者/PRプランナー
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。
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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎)