彼女が女子アナという冠を捨て、1,800万を稼ぐ女社長になった理由
SNSに複数の肩書を連ねる女たちがいる。
サロネーゼ / ライフスタイルプロデューサー / パーソナルスタイリスト / PR...。
会社には属さず、自らの力で生きる“フリーランス”の道を選んだ女たち。
彼女たちは本当のところ、どんな仕事をして、どれほどの収入を得て、どのような生活を送っているのだろうか。
一見、好きなことしかしていないような彼女たちの、その実態に迫ってみよう。

<今週のフリーランスの女性>
名前:理子(30歳)
前職種:地方局アナウンサー
現職:PR会社経営
年商:1,800万円
年収:約600万円
住居:麻布十番
結婚:未婚
年商約1,800万、手取り月収50万の生活
元々地方局でアナウンサーをしていた理子さんは、現在は東京でPR会社を経営し、代表取締役として忙しい日々を過ごしている。
そんな彼女の月収は、約50万。
理子さんの会社は第2期目を迎え、ようやく軌道に乗ってきたところだ。
「地方局を辞めたあと、最初はフリーアナウンサーとして、新製品発表会や映画試写会のMCなどを個人で請け負っていたのですが、それだけでは満足できなくて。」
そう思っていた矢先、知人の一言がきっかけで、勢いだけで起業したという。
しかし思いのほか会社は順調に売上を伸ばし続けており、昨年の年商は約1,800万。
内訳としては単体のPR案件が毎月約40〜70万。そしてPR戦略のコンサルタントとして契約している会社が2社ほどあり、そこから定期的に40万と50万、計90万入る。
現在、従業員は雇っておらず、仕事は全て理子さん一人でこなしている。また、在庫などの経費は一切かからないため、売上は全て利益となる。
そんな理子さんの支出には、経営者ならではの哲学と特徴が見えた。
支出額は多くても、リターンが望めるから気にしません。
アナウンサーではなく経営者の道を

<2017年5月の支出>
理子さんの支出内訳では、食費(接待・交際費)と旅費が目立つが、この2つの項目は経費計上できる分もあり、旅費に関しては20万で収まらない月の方が多いとか。
「でも、それ以上の仕事になって返ってくることがあるので、接待・交際費、及び海外視察費に関する支出は気にしません。」
そう語る彼女は、経営者としての自身にあふれている。
たまにお小遣い稼ぎで、企業のパーティーのMCやナレーション業をしているそうだが、それはあくまでも“自分が好きな仕事だから”と言い張る。
「でも現状、アナウンサー系の仕事は、基本的に1案件10万円以上の仕事しか請け負っていません。」
地方局アナ、フリーアナウンサーを経て確立した今の地位だが、以前は“仕事が好き”だけでは生きていけない時もあったそうだ。
そこには、アナウンサーとして厳しい現実に直面した、彼女ならではの苦労があった。

地方局アナウンサー:年収約600万(22歳〜26歳)
元々東京のキー局志望だった理子さんだが、アナウンサーの就職活動では後一歩及ばず、最終的に地方でアナウンサーという憧れの職業に就いた。
しかし地方局は経費が厳しいところが多く、スタッフの数も少ないため、基本的に全ての作業を自分で行わなければならない。
「毎日が試練の連続でした。でも今となっては、全て良い経験となっていますが。」
地方局に勤めながらも、休みがあれば東京へ戻り、人脈作りに勤しんだ。
地方で経験を積んだ後に、東京に戻ればきっと仕事が舞い降りる。そう信じて疑わなかったのだ。
結果として、3年半地方局に勤め、(半年間遊学し)、東京でフリーアナウンサーとしての生活が始まった。
うまくいくとは限らない、厳しすぎるフリーアナウンサーの実態
フリーアナウンサー:年収約360万(27歳〜28歳)
意気揚々と東京に戻り、フリーでアナウンサーとして活動を開始した理子さんだが、現実は厳しかった。
「連日オーディションに行き、どんなに仕事を詰め込んでも、稼げて月30万。しかも売れていない時は“衣装は持参”などの仕事も多く、衣装代がかさみ、実質マイナスになることの方が多くて...」
売れていないフリーアナウンサーは、テレビのレポーターとして少し出演できたとしても、ギャラは数万円。
そしてそのギャラも事務所にほぼ取られるため、丸一日拘束でロケへ行っても、実際に理子さんの手元に入ってきたのは1万5千円だけ、ということもあった。
「フリーアナウンサーで稼げるのは、キー局系出身の、ほんの一握りの方々のみ。他の人はかなり厳しい現実を強いられていますよ。」
売れないと悲惨なアナウンサーの懐事情。
この時、家賃を払うのもままならず、理子さんはご両親に家賃を払ってもらっていた(そして生活費も少し援助してもらっていた)。
「当時お付き合いしていた彼と結婚して、専業主婦に逃げようかなぁ、なんて思ったこともありました。でも、このままじゃダメだと、東京に戻ってきてから半年で目が覚めたんです。」
ちょうどその時、友人から“理子ちゃん、PRとか似合いそう”と言われ、急に理子さんの頭にアイディアが浮かぶ。
「そうだ、PR会社を立ち上げよう。」
元々ブログが人気だった理子さんは、個人で商品のPRをお願いされることが多く、そのノウハウは何となくわかっていた。
しかしそれ以外、起業に関する知識もなければ、何のツテもなかった。ただ直感で会社を興した。

PR 会社経営:年収600万(28歳〜現在)
そんな無謀とも言える起業だったが、人当たりも良く、元々知り合いが多い理子さんには、起業してすぐに仕事が舞い降りる。
最初は知人の会社のPRを頼まれ、それが実績となり、今に至るまで仕事は途絶たえたことがない。
また、PRで付き合いのあるクライアントから「今度MCをして欲しい」と頼まれることもあり、活躍の場は広がるばかり。
「不思議なもので、アナウンサー1本で生きようとしていた時よりも、今の方がギャラも高く、また大きな仕事ばかり。本当に、感謝しかありません。」
法人化しているため、給料は会社から支払われる形になっているが、今後給料を上げるつもりはなく、その分他の事業に投資していこうと考えている。
「流れに身を任せつつ、チャンスが来たらしっかり掴み取る直感力を鍛えておくこと。そのセンサーが働くかどうか、が大事だと思います。」
起業し、1つの職にこだわらないことで、理子さんは自分で自分の可能性と道を、切り開いていた。
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