■イヴィツァ・ヴァスティッチ
名古屋グランパスエイト(2002-2003)
オーストリア代表(2008)

破壊的な右足のシュートでゴールを量産し、端正なマスクと“イヴォ”の愛称で親しまれたオーストリアの国民的ストライカー。旧ユーゴスヴァア時代のクロアチアで生まれたが、内戦の影響によりオーストリアに移住し、名将イビチャ・オシム監督率いるシュトゥルム・グラーツで8年にわたりエースとして活躍した。オーストリア代表としても1998年のワールドカップに出場し、1ゴールを挙げるなど輝きを放った。
2002年に名古屋グランパスに入団し、ブラジル人FWウェズレイとの破壊的な2トップで1stステージはチームを3位に導いたものの、2ndステージは一転、自身の負傷もあって13位に転落。翌年に退団を表明し、ラストマッチでは劇的なミドルシュートを叩き込んだ。オーストリアへ帰国後も4シーズン連続で二桁得点を記録するなど衰えは見られず、2008年、地元開催のユーロ2008に合わせて代表復帰を果たす。グループステージ敗退となったが、ポーランド戦では終了間際に同点のPKを決め、祖国にユーロにおける史上初の勝ち点をもたらした。38歳257日でのゴールは、現在に至るまで大会最年長記録となっている。

■マト・ネレトリャク
大宮アルディージャ (2009-2010)
クロアチア代表(2004)※出場機会なし

空中戦に圧倒的な強さを武器とする大型センターバック。左足の威力と精度にも定評があり、所属チームではしばしば直接FKのキッカーを任された。クロアチア国境沿いにあるボスニア・ヘルツェゴビナ出身だが、国籍を持つクロアチア代表を選択し、2001年に代表デビュー。2004年、名GKオリヴァー・カーンを擁するドイツとの親善試合で得意のヘディングから代表初ゴールを奪うなど結果を残し、ユーロ2004のメンバーに選ばれたが、本大会において出場機会は訪れなかった。クロアチアは2分1敗で大会を後にしている。
クロアチアの強豪ハイドゥク・スプリトを経て、2005年に移籍した韓国の水原三星では4シーズンに在籍してリーグ優勝など多くのタイトルを獲得。2009年に大宮アルディージャに引き抜かれ、在籍した2年間で公式戦70試合とフル稼働し、DFながら15ゴールを挙げるなど、得点源としても存在感を示した。

■イゴール・ツビタノヴィッチ
清水エスパルス(2002)
クロアチア代表(1996)※出場機会なし

左足の正確なシュートと空中戦の強さを武器に、クロアチア国内で歴代2位となる122ゴールを挙げた大型ストライカー。ユーロ1996の代表メンバーに選ばれたものの、ダボル・シューケルやアレン・ボクシッチら既に世界的名声を手にしていたFWたちの活躍もあり、出場機会が訪れることはなかった。チームは初の国際メジャートーナメントにも関わらず、ベスト8進出を果たしている。
2度の母国リーグ得点王に輝いた一方、国外でのプレーは精彩を欠いた。2002年に加入した清水エスパルスも例外ではなく、公式戦6試合に出場したのみで退団に至った。唯一のゴールは、ホームのFC東京戦で挙げた延長Vゴールで、清水の開幕からの4連勝に貢献した。