エンブレム発表時(写真:田村翔/アフロスポーツ)

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「もうこれ以上は、人間として耐えられない限界状況だと思うに至りました」――。2020年東京五輪公式エンブレムの取り下げが正式発表された2015年9月1日夜、デザインを手がけた佐野研二郎氏(43)は事務所のホームページ上にコメントを掲載し、現在の心境を打ち明けた。

コメントでは盗作や模倣の疑惑を改めて否定する一方、これまでインターネット上で受けてきたという誹謗中傷やプライバシーの侵害を告白した。

「家族やスタッフを守る為にも、取り下げを決断」

エンブレムに「パクリ疑惑」が浮上して以降、ネット上では佐野氏の過去作品についての「捜査」が始まり、新疑惑が次々と取り沙汰された。トートバッグデザインのトレース問題が発覚してからは、大手メディアもいくつかの疑惑を報じるところとなった。

佐野氏は1日に発表したコメントの中で、マスコミの報道方法や取材姿勢を批判している。だが「人間として耐えられない」と思うに至った最大の要因は、無数の人々によるネット上の「私刑」だったようだ。コメントでは次のように綴っている。

「私個人の会社のメールアドレスがネット上で話題にされ、様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日、誹謗中傷のメールが送られ、記憶にないショッピングサイトやSNSから入会確認のメールが届きます。自分のみならず、家族や無関係の親族の写真もネット上にさらされるなどのプライバシー侵害もあり、異常な状況が今も続いています」

実際、8月5日の会見時にはツイッターのなりすまし被害(会見では『乗っ取り』と表現)を訴えていた。佐野氏が5月まで使用していたアカウント名を何者かがツイッターに再登録し、疑惑に対する挑発的な投稿を繰り返しているとのことだった。

また8月18日には事務所広報担当者がJ-CASTニュースの取材に対し、何者かが佐野氏の個人アドレスを使って「ピンタレスト」のアカウントを取得したとも説明していた。

さらにネット上では、過去のインタビュー記事などから佐野氏の兄や子供の名前も特定されていた。兄はキャリア官僚ということもあり、顔写真は容易に探し当てられた。また、アートディレクター・佐藤可士和氏のマネージャーで妻の悦子氏がブログに掲載していた佐野氏の家族写真も発掘され、広く拡散されることとなった。

佐野氏はこうした事態を受け「繰り返される批判やバッシングから、家族やスタッフを守る為にも、取り下げを決断致しました」と説明している。

テリー伊藤「実は被害者は国民の部分もある」

このコメントは賛否を呼んだ。ネット捜査官たちによる「私刑」については批判的な声も少なくなく、

「いくら問題があったとしてもひど過ぎる」
「私刑にたいする罰則を真面目に議論する段階まできたのかもしれない」
「真実を追求するのは良い事だが私刑はいけない。この区別がついていない人が多すぎる」

といった声が上がっていている。だが一方では、

「リンチは許されんがリンチを理由にして降りるというのは筋が違う」
「本当に胸を張れるのなら絶対に取り下げるな!」
「嫌がらせはいかんが、説明責任は果たしてね」

などと、これを取り下げの理由としていることに対する冷めた声も目立つ。

9月2日放送の「白熱ライブ ビビット」(TBS系)では演出家のテリー伊藤さん(65)も「自分のことを被害者的な言い方をしているけれど、実は被害者は国民の部分もある。日本が世界で恥をかいているわけだから、そういうところを意識しなくちゃいけない」などとコメント内容に疑問を呈した。

佐野氏はエンブレムについて「模倣や盗作は断じてしていないことを、誓って申し上げます」と強い言葉で訴えているものの、ネット上では「説明責任が不十分」という意見が今なお根強いようだ。だが、事務所広報担当者によれば「今後について、佐野本人が会見を開く予定は現在のところございません」とのこと。エンブレムについて、佐野氏の口から直接これ以上何かが語られることはなさそうだ。