「ムショの中やで」“おすすめの理容室”は少年刑務所の訓練施設だった…博物館・ホテル化で話題の「旧奈良監獄」元地元住民が語る“在りし日の姿”
今年4月、国の重要文化財「旧奈良監獄」が「奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート」に生まれ変わり、大きな話題となった。今月末にはラグジュアリーホテル「星のや奈良監獄」も開業予定だ。
旧奈良監獄は明治時代に建てられ、戦後は「奈良少年刑務所」として少年受刑者たちの更生と社会復帰を支えるなど、約100年に及ぶ歴史を誇る。
一方で、同施設の近隣には住宅街が広がり、教育施設や由緒ある寺院、さらには明治時代から続く牧場もある。刑務所と共にある暮らしとは、どのようなものだったのだろうか。当時の様子を知る元住民に話を聞き、奈良監獄の歴史と今を追った。(ライター・油井やすこ)
旧奈良監獄は、明治政府が全国5か所に整備した「明治五大監獄」の一つ。奈良のほか、千葉・金沢・鹿児島・長崎に建設され、いずれも当時の技術力の粋を集めたものだった。
しかし今では明治五大監獄の中で、全貌が現存しているのは奈良のみとなっている。
そんな旧奈良監獄は、戦後「奈良少年刑務所」と名を改め、主に26歳未満の少年受刑者の更生と社会復帰を支える役割を担った。耐震性や老朽化の問題から2017年に閉庁し、同年に国の重要文化財に指定されている。
その後は、所有権を法務省に残しつつ、国内外で宿泊施設を展開する星野リゾートが運営を行うSPC事業が引継ぎ、今年「奈良監獄ミュージアム」と「星のや奈良監獄」として新たな一歩を踏み出した。
イギリス積みの赤レンガや、建物の中央に位置する中央看守所から複数の舎房が放射状に伸びる「ハヴィランド・システム」の構造などが当時のまま残され、明治の近代建築の美しさを今に伝える。
奈良監獄ミュージアムでは、活用に伴う改修を行わずに保存された建物を見学できるほか、旧奈良監獄の成り立ちや日本の行刑の歴史、現代の刑務所での生活を学ぶことができ、現代アーティストの作品や受刑者による刑務所アートも見どころだ。
奈良監獄ミュージアムは、さっそく週末の予約が埋まるほどの盛況ぶりを見せている。そんなミュージアムの様子を静かに見守る元住民がいた。
新井忍さんは、奈良公園の最寄り駅である近鉄奈良駅の北側、旧奈良監獄に至るまでの一帯に広がる「きたまち」と呼ばれるエリアで約20年間暮らした。
のどかな奈良の空気感に憧れて出身地の大阪から居を移し、一時は自治会の副会長を務めるなど、地域に溶け込んだ暮らしを満喫したという。
新井さんが最初に奈良少年刑務所を目にしたのは、自転車での散策を楽しんでいた時だった。
「近くに刑務所があるとは聞いていましたが、レンガ造りの立派な建物に圧倒されました。なにより、保育園が隣にあって『えっ、いいの!?』と驚きました。でも、先に造られたのは刑務所のほう。それだけ、この地域にとって当たり前のことなんだと納得しました」(新井さん、以下同)
奈良少年刑務所の敷地内で開催される矯正展は、地元の人に人気のイベントだったと新井さんは振り返る。地域の店の出店も可能で、自身も奈良関連の雑貨や本を並べたこともある。
「矯正展では刑務所の作業品が販売されていました。良質な革製品や日用品が安く買えるとあって、多くの人で賑わいましたが、もちろん受刑者との交流はありません。塀のむこうでどんな気持ちなのかと、思いを馳せることもありました」
新井さんは、受刑者と接した唯一の経験が忘れられないという。きっかけは、地域の銭湯での何気ない会話だった。
「あるとき、知らないおばあちゃんたちと散髪の話で盛り上がったんです。『安ければいい』と言ったら口をそろえて『それなら若草理容室に行っておいで』と教えてくれました。場所を聞いたら『ムショの中やで』って」
「ムショの中」で営業している若草理容室は、受刑者の社会復帰を見据えた奈良少年刑務所内の訓練施設だった。申し込めば一般の人も格安で利用できたという。
新井さんが教えられた番号に電話をしてみると、担当者から「ぜひお越しください」と丁寧な返答があった。
予約日に訪問すると、入口で財布や携帯電話を預け、氏名と住所を記入するなどの手続きを経て入室。中にはヘアカットを担当する受刑者のほかに、作業を見守る刑務官や技術指導者など大勢の人が待ち構えていたという。
「訓練とはいえ、受刑者が刃物を手にしている状況。カットしてもらっている間は独特の緊張感がありました。入室前に『受刑者にはむやみに話しかけないでください』と注意があったと記憶しています。そのため、こちらから声をかけることは控えました。
カットの技術だけではなく接客も訓練の一環らしく、担当してくれた受刑者は『いらっしゃいませ』『こちらでよろしいでしょうか』などととても丁寧に接客してくれました。いつもの客層より若い女性が来たからと、ラジオをAMからFMに切り替えてくれたことも印象に残っています」
若草理容室を利用するのは丸刈りの高齢男性がほとんどで、ショートカットの女性の来訪は「勉強になる」と喜ばれたそうだ。
「刑務所の理容室ではなく、『若草理容室』という看板がかかっていることにも感銘を受けました。修行した受刑者が働く場所として、その気遣いが大事だなと」
重々しい雰囲気に気圧されて利用は一度きりとなってしまったが、貴重な体験だったと語った。
現役刑務所時代に見学ツアーに参加。独居房には家族の写真が飾られていた
新井さんは、地域の人と共に奈良少年刑務所の内部見学会に参加したこともある。普段着で行けた矯正展や若草理容室とは違い、この日は「スーツに準ずる服装」と指定があった。
「見学の前に『あなたたちはどの系統ですか。矯正教育、近代建築、それとも地元の人?』と刑務官の方に聞かれました。相手の興味に合わせた説明をしてくださるんです」
刑務官の熱心な説明を聞きながら刑務所の中を歩き、新井さんは改めてその建物の美しさに息をのんだ。
奈良監獄の創建当時、諸外国と結んだ不平等条約を解消するべく、江戸時代の座敷牢から大きく待遇を改善する独居房が整備された。
5つの収容棟の中心に大きなホールがあり、全体を見渡せる見張り台が置かれている。刑務所という重苦しいイメージとは裏腹に、高い天井から自然光が届く静謐な空間がそこに広がっていた。
しかし、受刑者の作業時間を利用して独居房に足を踏み入れたときに、それまでの建築美とは異なる光景を目にすることになる。
「整ったきれいな部屋で、今でいうミニマリストの理想の空間のようにも思えました。その一角に受刑者の家族写真と思しきものが置かれているのを見つけたんです。当たり前のことですが、受刑者にも家族がいて人生がある。それを突然目の前に突きつけられたようで、衝撃を受けました」
地域に親しまれ、近代建築の貴重な遺構として、あるいは矯正プログラムに力を入れる少年刑務所として注目を集めていた奈良少年刑務所。2017年に閉庁することが決まったとき、地域の人々が抱いた想いはどのようなものだったのだろうか。
「迷惑施設だけど誇りだった」--地域の記憶とこれから「刑務所は必要だけど近くにあってほしくない、いわば“迷惑施設”と呼ばれるもの。門外には殉職者を悼む碑が立てられ、かつては危険と隣り合わせな一面もあったようです。だけど、それ以上に『明治時代に建てられた立派で美しい建物』と自慢したくなる。この地域ならではの、特別な距離感を身に付けていたように思います」(新井さん)
奈良少年刑務所閉庁の知らせが届くと、地域では保存を求める署名活動が行われ、新井さんもそこに名を連ねた。すでに明治五大監獄のうち4つが姿を消し、残るは旧奈良監獄のみとなっていたことが保存の機運をより高めた。活動は実り、同施設は国の重要文化財に指定されて保存活用の道を歩み始めることとなる。
そして今年、新井さんは開業初日に奈良監獄ミュージアムを訪れた。広大な敷地の向こうには奈良公園内でハイキングコースとしても親しまれる若草山が見える。
「受刑者もあの山を見ながら塀から出られない日々を送ったのだと想像できました」と新井さん。江戸時代から現代までの刑務所の歴史をたどる、重厚な展示構成にも安堵したという。
「閉庁が決まったときはどうなるかと心配でしたが、『娯楽施設』ではなく、歴史をしっかり伝える施設になったことはよかったと思います。今回は一人で見学しましたが、いずれは家族や友達と何度も訪れてみたいですね。誰と行くか、いつ行くかで感想も違ってくるのではないでしょうか」
かつて多くの受刑者が暮らし、地域住民と共にあった旧奈良監獄。光と影をないまぜにした姿を残しながら、新たな歴史を刻もうとしている。
■奈良監獄ミュージアム by 星野リゾート
所在地:奈良県奈良市般若寺町18
開館時間:9:00~17:00(最終入館16:00)
定休日:なし
料金:大人2,500円~(税込) 予約:公式サイト予約ページより。事前予約を推奨
アクセス:直通バスで「奈良監獄ミュージアム前」下車徒歩1分
近鉄奈良駅より18分/JR奈良駅より25分
URL:https://hoshinoresorts.com/nara-prison-museum/ja
■油井やすこ
奈良県に近接する京都府南部在住。IT企業勤務やフリーペーパー編集部での経験を経て、2013年よりフリーライターとして活動を開始。関西エリアの情報誌やWEBメディアを中心に、地域ニュース、店舗取材、インタビュー記事などを手がけている。
