「家なんて買わなければよかった」〈年金月19万円〉67歳夫婦、ローン完済の5LDK戸建てを手放し“団地暮らし”を選んだワケ
持ち家は、老後の安心材料と考えられがちです。住宅ローンを完済していれば、家賃の負担がないぶん生活は楽になるように見えます。しかし、戸建てには固定資産税や修繕費、庭の管理、階段の上り下りなど、年齢を重ねてから重く感じる負担もあります。家を持っていることが、必ずしも老後の暮らしやすさにつながるとは限りません。
ローン完済で安心のはずが…5LDKの家に夫婦2人きり
清志さん(仮名・67歳)と妻の雅子さん(仮名・66歳)は、30代のころに5LDKの戸建てを購入しました。
当時は、子ども2人と暮らすために広い家が必要でした。庭ではビニールプールを出し、2階の子ども部屋には学習机を並べました。住宅ローンは長く家計を圧迫しましたが、清志さんは定年を前にようやく完済しました。
「これで老後は安心だな」
完済した日の夜、夫婦でそう話したといいます。
しかし、子どもたちが独立すると、広い家は次第に持て余すようになりました。2階の子ども部屋は物置になり、使う部屋は1階の居間と寝室だけ。庭木の手入れ、外壁の汚れ、雨どいの修理。住み続けるための作業は減りませんでした。
夫婦の年金は月19万円ほど。住宅ローンはなくても、固定資産税、火災保険料、給湯器やエアコンの交換費用、外壁塗装の見積もりなどが重なります。
「家賃がないから大丈夫だと思っていました。でも、戸建ては“住んでいるだけ”でもお金がかかるんです」
ある年、外壁と屋根の補修で約180万円の見積もりが出ました。さらに、浴室の段差をなくすリフォームや手すりの設置も必要になりそうでした。
総務省『家計調査(2025年)』によると、65歳以上の夫婦のみ無職世帯では、可処分所得約22.2万円に対し、消費支出は約26.4万円で、平均では毎月約4.2万円の不足となっています。清志さん夫婦の年金月19万円は、この平均的な支出水準を下回っていました。
家があっても、日々の生活費や修繕費がなくなるわけではありません。むしろ、持ち家だからこそ発生する支出もあります。
ある日、雅子さんが階段の途中で足を滑らせました。幸い大きなけがにはなりませんでしたが、清志さんは初めて「この家にあと何年住めるのか」と考えました。
「家なんて買わなければよかった」
雅子さんがそうつぶやいたのは、外壁工事の見積書を前にした夜でした。
売却して団地へ…「家を持つ安心」より必要だったもの
夫婦は、戸建てを売却することを考え始めました。
最初は清志さんも抵抗がありました。長くローンを払い続け、子どもを育てた家です。簡単に手放せるものではありません。
「この家を売ったら、人生まで否定するみたいで嫌だったんです」
しかし、現実には使っていない部屋が多く、管理は負担になるばかりでした。子どもたちも「無理して住み続ける必要はない」と言いました。
夫婦が選んだのは、比較的家賃の抑えられる団地への住み替えでした。駅やスーパー、病院に近く、階段の少ない低層階の住まいです。部屋数は減りましたが、掃除は楽になり、庭の管理もありません。
「最初は狭いと思いました。でも、暮らしてみると、必要なものはそんなに多くなかった」
内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、65歳以上の人の住居形態について、「持家(一戸建て)」が79.8%、「持家(分譲マンション等の集合住宅)」が3.2%で、持ち家が8割以上を占めるとされています。
持ち家で暮らす高齢者は多く、それ自体は自然な選択です。一方で、家族構成や体力、収入が変われば、かつて最適だった住まいが負担に変わることもあります。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』では、空き家数は900万2,000戸と過去最多で、空き家率は13.8%となっています。住まいをどう維持し、いつ手放すかは、老後の家計だけでなく、将来の空き家問題にも関わる課題です。
戸建てを売却したことで、夫婦にはまとまった資金が残りました。その一部は今後の医療費や介護費に備え、残りは日々の生活費の補填に回すことにしました。
雅子さんは、引っ越し後しばらくしてこう言いました。
「家を失ったというより、身軽になった感じがする」
清志さんも、今では同じ気持ちだといいます。
「買ったことを全部後悔しているわけじゃありません。子どもたちと暮らした時間は、あの家があったからこそです。でも、老後まで同じ家に住み続けることが正解とは限らないと分かりました」
持ち家は、人生の大きな資産です。しかし、資産であると同時に、管理すべき負担でもあります。
老後に必要なのは、広さや部屋数よりも、生活費を抑えられること、移動しやすいこと、掃除や修繕の負担が少ないことかもしれません。
家を持つ安心と、暮らしやすさは同じではありません。長く住んだ家を手放す決断は簡単ではありませんが、老後の生活を守るためには、「住み続ける」以外の選択肢を考えることも必要なのかもしれません。
