建築家の石上純也氏 ⒸCHIKASHI SUZUKI

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 自治体が「表現の自由」の侵害をしているのではないか――ともとれる事態が、徳島県で発生した。県が管轄する施設で展覧会を開催する予定だった建築家・石上純也氏に対し、直前になって「使用を認めない」と施設管理者に連絡があった。この異例の事態に、県民だけでなくネット上でも賛否の声が上がっている。

 今回、「デイリー新潮」では渦中の石上氏にインタビューを行った。終始、無念な思いをにじませる石上氏は、果たして今、何を語るのか。【取材・文=山内貴範】(全2回のうち第1回)

【画像】建築家・石上純也氏が設計した「徳島文化芸術ホール(仮称)」のイメージ図

石上氏が選出、計画変更されるまで

 事の発端は、徳島県が「徳島市立文化センター」の跡地などを活用し、「徳島文化芸術ホール(仮称)」という新しいホールの建設計画を立ち上げたことから始まる。2021年、石上氏がこのホールの設計者を決めるコンペで勝利し、正式に設計が始まった。気鋭の建築家である石上氏による日本での大規模な公共建築は初めてとあって、注目度が高かった。

建築家の石上純也氏 ⒸCHIKASHI SUZUKI

 計画通りに進んでいたならば、ホールは2026年に開館する予定だった。ところが、2023年の徳島県知事選挙で、ホールの整備計画の見直しを訴えた後藤田正純氏が当選。後藤田氏は石上氏の案の基本協定が継続中であるにもかかわらず、別の場所に、新たな設計者を選び直して建設することを決定したのである。つまり、二重契約のような状態が起こりうる事態となった。

 ところが、進捗は芳しくなかった。設計者がなかなか決まらないまま、開館は2030年にずれ込んだが、近年の資材高騰や人材難の影響でさらに遅れるという予測もある。当初約194億円とされた建設費よりも高額になる可能性も出てきている。結ばれている協定を放置されている最中も、石上氏はなんとかホール建設を実現させるという希望は捨てていなかった。

開始3日前、県から突然の中止要請

 石上氏のホールの案はすでに約2000枚の図面を仕上げ設計が終わり、図面も完成し、見積もりも提出し、工事を担当する業者も決まっている。協定も継続中なので、県がGOサインを出せばいつでも工事を始められる状態なのだ。そこで、ホールの問題について考えるきっかけにしたいという理由で、日本建築家協会徳島地域会(JIA四国支部、以下JIA)などの呼びかけのもと、6月1日から石上氏の展覧会の開催が決まった。ホールの模型や図面などの展示される予定だったという。

 ところが、開催2日前となる5月30日、県からイベントスペースを運営する事業者に、書面で中止の要請があった。理由として「県が推進するまちづくりの計画にそぐわない」旨を挙げている。これに対し、JIA及び石上氏側は受け入れざるを得ない状況となった。6月1日、石上氏は徳島市内のホテルで記者会見を開き、「県側と争う意思はない」としつつも、困惑していると語った。

 後藤田氏はこれまでも、徳島県内で行われていたアニメのイベント「マチ☆アソビ」について、県の財政負担の大きさを問題視。県外からも集客していた日本有数のアニメイベントの開催が中止されるという事態を招いた。「徳島県の文化行政はこのままでいいのだろうか」と、石上氏は問いかける。

中止要請を受けて大混乱に

――県から展覧会の開催に対する中止要請を受けた時の、率直な感想を教えてください。

石上:話を聞いたとき、にわかには信じられなかったです。とにかく驚きました。5月29日、JIAの担当者から連絡があり、「県の担当者から電話で中止の要請を受けた」と聞きました。びっくりしましたが、その時は口頭でのやり取りだけだったこともあり、開催自体は問題なくできるだろうと考えていました。ところが、翌日の夜、JIAに正式に書面で中止要請が届いたのです。

 6月1日の開催に向けて準備作業を進めていたのですが、中止要請に従い、準備も取りやめざるを得ない状況になりました。しかも、30日は土曜日。31日が日曜日でしたから、中止になったことを知らせるプレスリリースなどを、マスコミなどの関係機関に出すこともできなかったのです。

――中止要請を受けてからの混乱ぶりがわかります。そもそも今回のプロジェクト自体が二転三転し、混乱に陥っています。石上さんの案で進んでいれば、ホールは来年には開館していたわけですが、まだ設計者すら決まっていない状況にあります。

石上:僕たちのプロジェクトは既に実施設計が終わって、GOサインさえ出れば、いつでも工事が始められる状態にあります。ところが、県は僕たちの案を放置し、新しく公募を始めました。その最初の条件は、施工業者と設計者がジョイントベンチャーを組み、応募するというものでした。ところが、2回とも応募者がいなかったのです。

 これだけの大規模なホールの場合、参加できる施工業者は限られてきます。事実上、スーパーゼネコンクラスしか出られない状況ですし、ゼネコンが選んだ建築家しか参加できないともいえます。今やスーパーゼネコンも仕事が多いですし、混乱のなかでリスクを冒してまでやりたくないというのが本音。だから不調に終わったと考えています。

――迷走するなかで、3回目の公募が始まりました。奇妙なのは、ジョイントベンチャー形式をやめ、設計者だけの公募に変更している点です。確かに、施工業者を外し、設計者だけなら応募者もいるでしょう。来年の知事選の争点になるのは間違いありませんし、後藤田知事も成果を見せるためにも3回目の公募は成功させなければ、と思っているのかもしれませんね。

石上:しかし、設計者がいくら決まっても、そのあとに図面を書くために最低でも2年は要することになるでしょう。さらに、いくら図面を完成させたところで、建設業界はどこも多忙な状況にある。果たして、これだけ混乱したプロジェクトをすぐに引き受けてくれる業者が見つかるでしょうか。前途多難であることは確実だと思います。

展覧会の企画がまとまるまで

――今回の石上さんの展覧会は、どのような経緯で行われることになったのでしょうか。

石上:地元の建築家のみなさんも、ホールの計画が遅々として進まず、暗礁に乗り上げていることを懸念していました。そこで、JIAの方が僕に声をかけてくださり、講演会を開催したのです。JIAの講演会は普段なら建築関係者しか来ないのですが、地元の関心の高さの表れか、一般の方々や地元メディアもたくさん来てくださいました。

 僕の講演を通して、既に2000枚の図面が完成していることを、初めて知った人も多かったようです。その後、JIAの方から、県民の方にプロジェクトの詳細を知ってもらい、目にも触れてもらう機会を作ろうと提案があり、展覧会の話が進んだというわけです。

――県民のみなさんにも、ここまで計画が進んでいたということが、十分に知られていなかったのですね。

石上:僕たちと県が結んだ協定は破棄されておらず、実は今も続いているのです。並行して新しいプロジェクトが進められているので、横におかれている状況にあります。今回の県の中止要請の根拠は、県の占有地で、県のプロジェクトの方針に反する展覧会をしてほしくないというものでした。

 しかし、繰り返しますが、県との協定は残っているのです。僕たちの計画のほうがふさわしいと、県民の機運が盛り上がってくると困るわけです。協定も存続していて、しかもここまで図面ができていて工事が始められる状況なのに、なぜやらないんだ、という声が上がって来る可能性があるわけですから。

思いのこもったプロジェクトの全容を見てほしい

――知事選の段階では、石上さんの計画を白紙にしてゼロからプロジェクトを進めた場合は半額の削減、つまり約100億円が削減できるという話も出ていたようです。しかし、時間がかかってこじれた結果、建設費や人件費の高騰で、当初の建設費を上回るのではないかという予測も挙がっています。

石上:僕の口からははっきりとは言えないことも多いのですが、大幅に予算が増える可能性は十分にあると思う。であれば、経済的、時間的、都市計画的な観点でも、藍場浜(注:県が現在進めているホールの建設予定地)にする意味がなくなってきます。こうした事実を踏まえた冷静な比較は、これまでにほとんどなされていません。

 言うまでもなく、ホールは県民のための施設ですよね。本来であれば、県民が僕たちの案と現在進んでいるプロジェクトの比較ができるようにすべきなのです。今回の展覧会で県は混乱をきたすと言っていますが、混乱は行政側の問題。県民からすれば、展覧会を通して民主主義的な形で知る機会になったと思うので、中止要請は驚きでした。

――石上さんはこのホールの建設に情熱を傾けてきました。展覧会は、県民のみなさんに、その思いを知っていただく機会にもなるのではと思います。

石上:ありがとうございます。実際、僕はこのホールの計画に強い思いを抱いてきました。2000枚描き上げた図面があるし、模型も作りました。それらが葬り去られてしまうのは心が痛かった。建築家としての思いを、展覧会を開くことでみなさんに伝えたかったのですが、それすら踏みにじられた形になりました。

 僕は何年もかけ、真摯にプロジェクトに取り組んできました。その成果を見てほしいという思いを、県が許容してくれなかったのは悔しいですね。県からしたら、建築事務所なんて一業者にすぎず、図面を描いているだけだと思うかもしれません。しかし、僕たちは徳島県の未来を見据え、将来の都市の姿を思い描きながら図面を描いてきました。

 そもそも、展示する内容は、県の別の部署とやりとしてきて、確認してもらっているものです。にもかかわらず、異なる部署から夜に電話が入り、翌日に中止の書類が届いている。僕は世界中で建築のプロジェクトに関わってきましたが、そのなかには、言論や表現の自由が厳しく規制されている国もあります。まさか、現代の日本で、そんなことが起こってしまうとは夢にも思いませんでした。

第2回【「徳島県民の“知る機会”が奪われてしまう」…県はなぜ建築家「石上純也氏」の展覧会を中止に追い込んだのか 背景に後藤田県政で迷走する「県立新ホール」建築問題】では、気鋭の建築家・石上純也氏が設計した徳島県の「徳島文化芸術ホール(仮称)」の建築の可否を巡って県との間で起こっているトラブルについて、石上氏本人に詳しく話を伺うとともに、石上氏の設計案を紹介する展覧会が急遽中止に追い込まれた理由について、県の担当者にも話を伺っています。

ライター・山内貴範

デイリー新潮編集部