M-1グランプリ2010王者の笑い飯・哲夫(撮影/山口京和)

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 M-1グランプリ2010王者にして、仏教への深い造詣、学習塾の経営など、多様な顔を見せる笑い飯・哲夫(51)。彼は「小説家」の一面も持ち合わせ、この5月に新作『頭を木魚に』を上梓した。昨今はオードリー・若林正恭の『青天』、ピース・又吉直樹の『生きとるわ』などお笑い芸人が執筆する小説が相次いで話題となっているが、哲夫はどのように執筆と向き合っているのか。ノンフィクションライター・中村計氏がインタビューした。

【写真】M-1グランプリ2010王者にして、仏教への深い造詣、学習塾の経営など、多様な顔を見せる笑い飯・哲夫(51)

--忙しい中、どうやって執筆時間を捻出したのですか?

哲夫:移動中です。電車とかタクシーとか。ほぼ毎日、どこかへ移動しているので。

--夜な夜な、机に向かってパソコンのキーを叩く、みたいな感じではなく?

哲夫:全部、移動中ですね。携帯に直接書いたり、Bluetoothでつないだキーボードで打ったり。ただ、それで去年、大失敗したんです。電車で家に帰る途中、ウトウトしてしまって。シートがポカポカと暖かい時期やったので、4月か5月やと思うんですけど、目が覚めたら、画面が真っ白になっていたんです。寝ている間に「全選択」「削除」という操作をしてしまったらしくて……。

--どれくらいの量だったのですか?

哲夫:だいたい6万8000字です。

--目の前が真っ暗になりそうです……。原稿用紙にして、170枚分ですよ。

哲夫:半分以上、書いてたので。思わず携帯を振っていました。振ったら、復活するかと思って。

--そんな復元方法は、聞いたことないですけど。

哲夫:うん、振っても、振っても出てこない。なので、アップルストアに持ち込んだのですが、どうにもならなくて。この小説は普通の人の人生に訪れた試練をいかに乗り越えるかみたいなのが1つの大きなテーマになっているんですけど、それと原稿を自力で復元する過程が見事なくらいシンクロして、書き直した原稿の方がより気持ちを込めることができました。そのせいで刊行が半年くらい遅れてしまったんですけども。

--それだけの絶望的なハプニングを平然と振り返ることができるのも、仏教に精通している哲夫さんだからなのかなと思ってしまいます。

哲夫:直後は相当、心が乱れましたよ。でも、書いている内容自体、言ってしまえば、世の中は諸行無常なんやということなわけで。つまり、形あるものはいつかなくなる、あらゆるものは儚いものなんや、と。なので、割とすぐに気持ちを整えることができたんですよ。

「電車の中で、笑いを堪えながら書いた」

──『頭を木魚に』というタイトルも象徴的ですが、全編に仏教思想が通底していますよね。つまり、哲夫さん自身の投影でもある。タクシー会社の忘れ物係である主人公が、嘘をつけずに客に詰められるシーン。あそこも「あ、これ哲夫さんだな」と思いました。

哲夫:詰める方(客側)ですか?

──いや、逆です。以前、2024年秋にインタビューさせてもらったとき、哲夫さんに深い意味もなく「M-1の審査員はやらないのですか?」と聞いたら、急にしどろもどろになってしまって。これは、もう内定しているんだなと思ったら、やっぱりその年の大会から審査員を務めることになったんですよ。

哲夫:ははははははは。それ、嘘つけへんやつやな。あのタイミングで、そこ突かれたら。しゃーないわ。

──ただ、全体的に職業柄、笑わせたいけど、いかにもな感じにならないよう、小説の世界を壊さないよう、すごく抑制しているんだなというのは伝わってきました。 

哲夫:いちおう何個かは入れてるんですけどね。やっちゃいけないこと、やっちゃってるところがある。電車の中で、笑いを堪えながら書いたんですけど。そこは読めばわかると思うんで、許して欲しいなと思います。

--こうして長いものを書くという行為には、それなりのモチベーションが必要だと思うのですが、哲夫さんにとってのそれは何なのですか?

哲夫:印税です。

--直球ですね。でも、売れるかどうかは水物ですし、労力に見合わない気がします。

哲夫:でもね、移動中、これを書かないでいいなら、ぼーっと寝てたと思うんですよ。その時間を利用して内職をしているんやと思うと、すごい有意義な時間の過ごし方じゃないですか。

──精神的に本を書く必要のない人は、おそらく寝てしまうのだと思うし、本当にお金を必要としているのなら電車の中で他のことをやると思うんですよ。やはり、この本を読みながら、哲夫さんは今の仕事では表現できないもの、吐き出せないものを抱えている人なんだと思いました。

哲夫:まーねー、『探偵ナイトスクープ』の局長も、まだやらせてもらえてないしな。早くやらせてくださいよって言ってるんですけど。そういうストレスを本を書くことで発散しているのかもしれませんね。

「現代人なんて、みんなそこそこ精神を病んでるんじゃないですか」

──この小説の紹介文に「私たちは人間をやるのが下手なのではないか」という文がありますけど、主人公はどうしようもなく人間なんですよね。読みながら、おいおいおいって思いつつ、でも我が身と重なって身につまされる部分もある。真面目に、誠実に生きようとし過ぎて、どこか壊れていくところとか。現代社会では、まともな人ほどまともではいられないんじゃないかという気もしました。

哲夫:自分も含めて、誰の人生にも起こりうる試練だと思って書いていました。だから、自分だけ、なんでこんなんなってしまうのかって思わなくていいんやで、って。会社が嫌やったら辞めたらええし。どこの会社だって同じだ、そんなに甘くないという人もおるけど、場所を変えたら、優しい人、助けてくれはる人に出会えることもあるし。精神安定剤なんかに頼る必要もないんですよ。自分だけじゃなく、みんなどっかしら「へんこ」(関西弁で変わっているの意味)やし。現代人なんて、みんなそこそこ精神を病んでるんじゃないですか。僕もそうですよ。

--でなければ、あんな漫才ネタ、思いつきませんよね。

哲夫:それ、喜んでええのか、わかりませんけど。

──小説の主人公は謙虚に慎ましく生きるのだと思っていても、出世をちらつかされると、完全に自分を見失ってしまうところも愚かだなと思いつつ、それが人間だよなと思いました。

哲夫:苦しみのもとって結局、欲なんですよ。仏教の言葉では我執(がしゅう)と言います。自分への執着です。それを消せば、煩悩も消え、苦しみから解放される。今回は、そのメカニズムを小説で表現しているんです。

──最後、心が浄化される感覚がありました。

哲夫:ただ、結末の部分で、納得いかんところ、あったでしょう?

──あ、ありましたね。読み間違えたのかと思って、思わず、最初の方に戻って読み直しました。これどういうこと? って。やはり、意図的な演出なわけですね。あそこは仏教的な意味が込められているのですか?

哲夫:そうとも言えますね。まあまあ、変な世界なんですよ。僕もわかってないと言えばわかってない。それも答えになりうる。でも、みなさんを納得させる答えも1つ、持ってはいます。それはおいおい、どこかで明かしていきたいと思いますけど、まずはそれぞれの解釈を見つけていただきたいなと思っています。

──哲夫さんもこれまでの人生で、この主人公のようになんでこんなに生きにくいんだろうと感じた時期があったのですか?

哲夫:もちろん、ありました。なんで俺だけこんな変なこと考えてしまうんやろう、って。小・中学生のときまでは、そんな感覚でしたね。でも、高校1年のときに太宰治の『人間失格』を読んで救われました。同じこと考えてる人、おったわって。こんな昔の人やのに人間の本質って結局、ずっと変わってないんだなと思いました。

「本屋大賞、よろしくお願いします!」

──哲夫さんも、どこかで正直者は損をすると思っていますか? この本を読みつつ、そんな理不尽さも過りました。

哲夫:まあまあまあ、そうでしょうね。

--最後に、ずばり、目標部数はどれくらいに設定しているのですか?

哲夫:やっぱり、108万部ですね。

──煩悩の数「108」×1万ですか。にしても、哲夫さんもめちゃめちゃ欲深いじゃないですか。

哲夫:僕もまだ修行が足りてませんね……。

──あわよくば文学賞とかも?

哲夫:正直言って、ねらってます。本屋大賞、よろしくお願いします! 俺も煩悩の塊やん。