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 「知りたくないの」「今日でお別れ」などのヒット曲で知られ、昭和の歌謡界を彩った歌手の菅原洋一(すがわら・よういち)さんが5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため都内病院で死去した。92歳。兵庫県出身。今月1日に家族葬を行った。喪主は妻のアケミさん。お別れの会を開く予定はない。亡くなる1カ月半前までステージに立ち、生涯現役の歌手人生を全うした。

 「今日でお別れ」の菅原さんに対して、「手紙」で1970年の第12回日本レコード大賞を最後まで競った由紀さおり(79、写真)は「とても残念の一言」と言葉をのみ込んだ。その時、緊迫のステージ上で並んでいた2人だが、受賞が決まると菅原さんは由紀さんの頬にキスをして健闘を称えたという。「そういうことされるタイプだと思ってなかったので、凄く驚いた」と振り返る。

 中学生にもかかわらず、銀座のクラブ「モンテカルロ」で歌って修業を積んだ由紀。その店に「ぜひバンドで歌わせてほしい」と連れて来られたリーゼントヘアだった菅原さんの姿を忘れられないという。「ともに売れる前、必死に努力していた頃が懐かしい」という。「最近まで番組でご一緒させてもらった。歌の仕事が1カ月ぐらい空くと、ご自分でスタジオを借りて発声練習をされていたそう。プロだから自分の声をちゃんと保つ姿勢。それを身をもって私たちに教えてくれた本当に大好きな歌手」と尊敬する先輩をしのんだ。

 ▼加藤登紀子 私がデビューした頃、なかにし礼さんの日本語詞で歌われていた「知りたくないの」が大ヒットしていて、それがとても支えになりました。それ以来、ずっと一番近くにいる大先輩。18、19年に、ジョイントコンサートを開き、一緒にステージに立ったことが、ついこの間のようです。いつも変わらぬ笑顔で、胸に染み入る歌を歌われる。その声は年齢とともに艶やかさが増すようで、どうしたら、そんなふうに歌えるのかなあといつも聴き入っていました。本当に寂しい。でもきっと、空の上でも、同じように歌い続けられると信じています。

 ▼クミコ 歌い手なら、こう生きたい、こう歌いたいと願う全てを、菅原さんは見せてくださいました。コロナ禍の最後の頃、ご一緒にレコーディングした「今日でお別れ」で、突然湧くように涙があふれたことを思い出します。素晴らしい歌、素晴らしい人生、ブラボーは菅原さんのためにある言葉です。ブラボー!