子育て政策が進むほど出生率が下がる皮肉…北欧の論文が示唆する日本の少子化対策が行き着く最悪のシナリオ

■世界で実証された「残酷なパラドックス」
子育て支援政策は少子化対策にはならない――。
これは近年、欧米諸国の少子化の専門家が口を揃えて言い出していることです。欧州諸国は、子育て支援政策に関する予算(家族関係政府支出GDP比)が高い傾向にあります。かつては「日本の出生率が低いのは、それらの予算がフランスや北欧などに比べて低いからだ。予算を増やせば出生率は改善する」という主張が、まことしやかに語られていました。
しかし、現在ではそうした声は、すっかり鳴りを潜めています。なぜなら、子育て支援政策では出生率は改善されないことが世界的にも実証されているからです。
OECD統計に基づき、出生率(TFR)と予算GDP比との長期推移を各国比較したものが以下のグラフです(図表1)。

フランス、スウェーデン、フィンランドなどは予算比3.5%前後と高いレベルで一定していますが、出生率は軒並み低下しています。日本、韓国は、予算こそ増えていますが、むしろ増やせば増やすほど出生率は低下しています。米国は予算の割合そのものは日韓より低いですが、だからといって出生率が低いわけではありません。
ここからもわかる通り、予算を増やそうが、予算の割合が低かろうが、高いレベルでキープしようが、出生率は低下しており、予算と出生率の間に明確な正の相関は見られません。
私は、以前から「少子化ではなく少母化」であり、第一子出生率を上げない限り、少子化は改善できないと言い続けてきました。
第一子の出生率をあげるとは、日本など東アジア圏でいえば婚姻数を増やすことに尽きます。そもそも婚姻が成立しなければ第一子は生まれてこないからです。そして、最近では、欧州でも「カップルが成立しなければ少子化は止まらない」と言われ始めています。
■ノルウェー発の「衝撃的な論文」
そんな中で、今年、『Politics and the Life Sciences』誌に掲載された論文が大きな波紋を広げています。
論文は「Toward individualistic reproduction: Solving the fertility crisis could require a further marginalization of men(個別主義的再生産に向けて〜少子化危機を解決するには、男性の排除が必要となるかもしれない)」(ノルウェー科学技術大学Mads Larsen他)というもので、タイトルからして不穏な空気が漂います。
とはいえ、この論文の前段の課題の整理は実に真っ当です。同論文では、現在全世界で起きている少子化のメカニズムを、以下のように喝破しています。
・女性の教育・就労が進み、経済的に自立すると、パートナー選択の基準がより厳格化する。
・経済力・社会的地位・性格・容姿など「価値の高い上位の男性」しか選ばれなくなる。
・マッチングアプリなどのツールは、この選好をより加速させ、上位の男性に女性の注目が集中する。
・しかし、一部の男性に希望が集中しても、選ばれる女性もまた一部でしかない。
・「価値の高い上位の男性」とマッチングしないなら、経済的に自立した女性は一人を選択する。
・最終的には、カップル成立が困難となり、非婚が増加し出生率も低下する。
ここまでは全く異論はありませんし、欧州だけではなく、日本および韓国や中国で起きていることもその通りです。
■「国家が子どもを金で買う」という世界
が、この論文が衝撃的なのは、それら課題をふまえての処方箋のほうです。
もはや、カップル成立増も、伝統的な夫婦による出生増も現実的に困難であると結論づけ、女性が単独で子を産み育てる「個別主義的再生産」を推進せよと提言しています。
要するに、もはや男女によるカップルなど作らなくてもいい。「国家が未婚女性に対し、経済的・社会的資源を十分に提供し、一人で子どもを妊娠し出産し、出産後も一人で産み育てられるようにする。一人で産み育てたほうが子無しになるより合理的だと女性が価値観転換できるまで支援する」という内容です。そこには、もはや夫・父という存在は消滅します。
この論文の著者らはこれを「理想的ではない」と一応断りながら、「国家の存続のためには避けられない現実策だ」と位置づけています。
拡大解釈すれば、「国家が子どもを金で買う。女は国の妾として子を育て、男はただ労働して納税すればいい」という世界です。
当然、この論文には多くの批判が集まりました。海外では、「国家が父親の代わりになるなど国家主義の極み」「家族を解体させる考え」「金目当ての出産が増える」との声が相次ぎました。日本国内でも同様です。
■こども家庭庁「解体論」が叫ばれるワケ
この論文は日本で「見習え」と言われ続けてきた北欧・ノルウェーの研究者によるものですが、手厚い福祉国家の論理的帰結がこれだとしたら、もはや「見習う」べきものなのでしょうか。
しかし、これを他人事といえない雰囲気が日本にもあります。深刻な少子化とは、同時に家族が減ることを意味しますが、日本ではすでに「児童のいる家族」という形態は激減しています。
国民生活基礎調査より、1975年から2024年までの推移を見ると、世帯数は1743万世帯から907万世帯へと48%減。全体の世帯に占める割合は、53.0%から16.6%へと69%減です。

そして、今後もこの傾向は加速します。なぜなら、日本の少子化対策は新たな子を生み出すものでも、その前提となる婚姻を増やすものでもなく、生まれてきた子に対する子育て支援策ばかりだからです。子育て支援では出生も婚姻も増えないことは、すでにご説明した通りです。
先頃、「こども家庭庁解体論」がネットで話題になりました。そのきっかけとなった三原じゅん子前大臣の発言も、それを象徴するものでした。
■予算3倍増でも、出生数は3割減の現実
三原氏は「こども家庭庁は少子化対策だけをやっているわけではない」と繰り返し、子育て支援の実績を並べ立てました。確かに同庁は子育て支援はやっています。が、お言葉を返せば「子育て支援だけをやっていればいいというものでない」わけです。法律の規定により、少子化対策は同庁の目的であるにもかかわらず、出生増どころか毎年のように過去最低を更新中です。
国民が問題視しているのは「何をやったか」ではなく「何の成果をあげたのか」のほうであり、そこをウヤムヤにするから炎上するのでしょう。
もちろん、これは三原氏やこども家庭庁だけの責任でもありません。そもそも、2007年少子化担当大臣が設置されて以降も、終始子育て支援一辺倒で、予算自体は2007年から3倍増になったのに出生数は逆に3割減になったという事実があります。
また、政府も自治体も「共働き・共育て」をやたらと推奨します。すでに共働き世帯は専業主婦世帯の2倍以上に増加している点だけを強調しますが、これは実態を正確に表してはいません。
■なぜ「切実な声」を無視するのか
内訳はフルタイム共働き3割、パートタイム共働き4割、専業主婦3割というものです。そしてフルタイム共働き3割は1980年代から一貫して変わっていません。

むしろ、パートで働きに出ないと家計が回らないという苦しい経済環境を示しているのであって、「時代は共働き・共育て」などと悠長なことを言っている場合ではないはずです。
もちろん、これには政府側の思惑があるのでしょう。第3号被保険者制度や被扶養制度を縮小し、国民全員に働いて納税していただく方向です。しかし、個々の家庭にはそれぞれ事情があり、働きたくても不可能な場合もあります。子が小さいうちは働かず、子との時間を大切にしたいという人もいるでしょう。
そうした多様な声を無視して、「共働き・共育て」および、保育園やベビーシッターなど「子育ての外部化」を一様に推奨する様は、前述した論文のように、「国が金を出して子育て支援するので両親は働いて」と言っているかのようです。
■善意の道は、地獄に向かう
子どもを「国家が買う商品」と化し、それぞれの夫婦が築き上げるはずの「温かい家族」そのものを壊す。夫婦が、労働も家事育児も同じ個人の義務を果たすことだけを是として、本来夫婦が互いの足りない点を補い合う共同体的互恵関係を崩壊させる。
家族や夫婦を壊した先にあるのは、自立ではなく「孤立した個人」だけです。そんな状態の結婚や家族を今後の若者は作りたいと思えるでしょうか。その上、支援はタダではないので、税・社保料負担は増大し、結果ますます若者は結婚できなくなる。何もかもが「結婚と家族と夫婦を滅亡させる」方向へと向かっていると言えます。
子育て支援も子ども福祉も誰も否定はしない善意の道です。しかし、そうした善意らしきものによる政策とは、家族そのものを消滅させ、子どもがいなくなるという地獄の道の舗装をしているのではないでしょうか。
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荒川 和久(あらかわ・かずひさ)
コラムニスト・独身研究家
ソロ社会論及び非婚化する独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・Webメディアなどに多数出演。海外からも注目を集めている。著書に『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』(小学館新書)、『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』(ぱる出版)、『結婚滅亡』(あさ出版)、『ソロエコノミーの襲来』(ワニブックスPLUS新書)、『超ソロ社会』(PHP新書)、『結婚しない男たち』(ディスカヴァー携書)、『「一人で生きる」が当たり前になる社会』(中野信子共著・ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
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(コラムニスト・独身研究家 荒川 和久)
