千葉戦で79分からピッチに立った熊坂。写真:滝川敏之

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 J1百年構想リーグの地域ラウンドを8位で終えた柏レイソルは、5月30日に行なわれるプレーオフラウンドで京都サンガF.C.と対戦する。この最終盤においての大きなトピックスが、熊坂光希の帰還だろう。23日のジェフ・ユナイテッド千葉戦(4−2)に79分から途中出場し、363日ぶりの復帰を果たした。

 柏U-18出身で、アカデミー仕込みの高い足元の技術に加え、東京国際大で培った球際の強さを兼ね備えるMFは、大卒2年目の昨季にリカルド・ロドリゲス監督体制下で大ブレイク。その活躍は森保一監督の目にも留まり、6月の日本代表に初招集された。

 世代別代表はおろか柏U-18時代に至っては2年時に右膝半月板の怪我もあってAチームでの出場も叶わなかった熊坂にとっては、悲願の代表選出だったに違いない。ただ待ち受けていたのは、リハビリ生活という苦しい現実だった。

 代表でのトレーニング中に右膝前十字靱帯を断裂。前述したユース時代やプロ1年目にも度重なる怪我で離脱を強いられた熊坂は、「またか…」と素直に忸怩たる思いを募らせたという。

「自分の一番いいタイミングで怪我をしてしまったので、ショックも大きかった」

 復帰に向けて懸命にリハビリに励んだが、やはり前十字靭帯断裂による手術後すぐにはコンディションを戻すことはできず。ボールを扱えるようになってからも試合で起用できるまでには時間を要した。自身も特に辛かった時期だと話す。

「自分ではいけそうと思っても、(復帰に向けた)過程があって、あまりやってはいけなかった。やりすぎて腫れてしまうこともあり、そこが難しかった」

 そんな姿を近くで見ていたロドリゲス監督も「三歩進んで二歩下がるようなプロセスは、彼にとっても辛い時間だったと思う」と慮る。
 
 そして約1年弱という長いリハビリ生活を経て、千葉戦でメンバー入りを果たすと、試合終盤に指揮官から声がかかる。

「やっとだな。長かったな」

 交代のアナウンスが告げられてピッチに立った。黄色い仲間たちから万感の拍手が送られたなかで、緊張感を持ちながら彼はそう感じたという。

 出場時間も限定的で、自らも「まだまだ」と振り返るなどトップコンディションからは遠い。それでも、実戦の中で状態を確認できる喜びは何にも変え難い。

 その思いは若くして左膝十字靱帯を断裂し、プレーヤーから指導者への道へ進んだ指揮官も、自身の経験を踏まえて熊坂の現状を冷静に見つめる。

「プレーするところまで戻っても、そこからまたさらに難しいプロセスが待っています。より良いプレーができているのかといえば決してそうではありません。それを取り戻すには時間がかかるものです」

 だからこそ、焦りは禁物だと皆が理解している。スタッフたちとともに時間をかけながら、昨季のような最高のパフォーマンスを取り戻していく。

 熊坂にとって初めての日本代表招集は、結果的に長期離脱という苦い経験になった。しかし、それとともにその場で得た時間は貴重な財産にもなっている。

「世界の舞台で戦っている選手たちと一緒にやれた事で自分もそのレベルやらないといけないのではないかと思うようになったし、視野が広がったのかなと感じています」

 6月には北中米ワールドカップが開幕するなか、さまざまな経験を糧に、誰よりも早く4年後に向けて1人のサムライがリスタートを切った。

取材・文●藤井圭

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