日本最大の市「横浜」が進める巨大再開発でも… “スラム化”の足音が聞こえる
横浜市が主導しての再開発
神奈川県横浜市は人口が約377万人で、東京23区を除いた日本の市区町村ではもっとも多い。それにしては、1959年に竣工した旧市庁舎は問題が多かったという。移転時点で築60年を迎えて老朽化していたうえに、拡大した業務に対してかなり手狭で、市役所の機能が周囲の複数のビルなどに分散していた。このため、市役所内の連携の悪さや事務効率の低下が指摘されていた。だから新市庁舎への移転は、必要なことだったのだろう。
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約823億円におよんだ総事業費が妥当かどうかはともかく、地上32階、地下2階、市庁舎としては日本一を誇る高さ155メートルの8代目庁舎は、新型コロナウイルス感染症の流行を直後に控えた2020年1月31日に竣工。JR桜木町駅から徒歩3分、みなとみらい線馬車道駅直結という交通至便な場所で、コロナ禍真っただ中の同年6月29日から全面的に使われている。

では、JR関内駅前の旧市庁舎はどうなったか。コンクリート打ちっ放しと暗褐色のタイルを組み合わせた、村野藤吾設計のモダニズム建築は、昨年8月に戦後の建造物としてははじめて「横浜市認定歴史的建造物」になった。そのこと自体は評価できる。ただ、この旧市庁舎を中心としたエリアが大規模複合街区「BASEGATE横浜関内」として、3月19日に開業したことは、追って述べるような理由で、とても評価することはできない。
この再開発は旧市庁舎を中核にしたものなので、いうまでもなく横浜市の主導で進められた。「横浜市旧市庁舎街区活用事業」として、公募型プロポーザル方式(もっともすぐれた提案者を契約の候補者として選ぶ方式)で土地が貸し付けられた。そして三井不動産を代表企業に、鹿島建設、京浜急行電鉄、第一生命保険、竹中工務店、DeNA、東急、星野リゾートの計8社により、横浜スタジアムに隣接する約1万6500平方メートルが再開発された。
星野リゾートによる旧市庁舎を活用したホテル(少し遅れて4月21日開業)を中核に、ライブビューイング施設、没入型体験施設、商業・飲食エリア、地上33階建て、高さ170メートルのオフィスビルなどで構成されている。だが、「市庁舎移転後の関内・関外地区の賑わい創出を図る」という横浜市の認識には大いに疑問をいだかざるをえない。
再開発前より大幅に増える床面積
予想を超える速度で進む少子化を受け、これから日本の人口は減り続ける。住宅需要も商業施設の需要も減少せざるをえない。人口が減り続ける以上、どこかが賑わえばどこかが衰退し、空洞化が起きる。それなのに、横浜市がみずから主導して大型の再開発を進めるということは、日本最大の市である横浜市には、人口減社会に対する認識がまったく欠如しているか、あるいは、わかっていても無視しているかのどちらかである。
というのも、こうした再開発は床面積の拡大が前提になっている。市有地を活用する旧市庁舎が中心といっても、その周囲も巻き込んでの再開発だから、地権者たちの同意が要る。都市再開発法の規定では、地権者の3分の2が賛成しなければならない。しかし、多くの場合、地権者は賛成する。旨味があるからだが、それはなにか。
建物を大型化して床面積を増やし(保留床と呼ばれる)、その売却益を建設費に充てるのが、この手の再開発のスキームだ。つまり保留床の売却益のおかげで、地権者はあらたな費用はほとんど負担せずに、新築されたビルの床(権利床)を得ることができる。それが地権者にとっての旨味だが、その代わりに必ず、再開発前より床面積が増える。しかも、保留床の売却益を十分に確保するために、大幅に増えることが多い。だから、ほとんどの再開発事業が超高層ビルとセットなのである。
ところで、旧横浜市庁舎周辺の再開発は、「BASEGATE横浜関内」だけでは終わらない。すぐ西側の港町地区には、地上32階、地下2階、高さ約170メートルのビルが建ち、オフィスを中心に、高層部には高級賃貸マンション、低層部には飲食店やミュージアムなどが入る。その西隣の北口地区にも、高級賃貸マンションとオフィス、飲食店などが入る地上20階、地下1階、高さ約100メートルのビルが建てられる。この4月には、いまあるビルの取り壊しがはじまり、2031年1月に全体が完成する見込みだという。
こうして3棟の巨大な超高層ビルが建ち並ぶのは、拡大を前提にした再開発スキームが利用されているからだが、人口減社会を前にしては、無謀な事業というほかない。
既存のビルの空室率が高まるだけ
横浜市は現在377万人の人口が、50年後には約2割減って301万人になると推計している。だが、国や自治体の人口推計は往々にして甘い。
国立社会保障・人口問題研究所は2023年の時点で、2025年の出生数を74万9000人と見込み、66万人台になるのは2041年だとしていた。ところが、現実には2025年の出生数が66万人台になりそうだ。つまり、少子化は国の推計より16年も早く進んでいる。横浜市の人口が50年後に、まだ300万人台にとどまっているというのは、おめでたいほど甘い見通しだ。
人口が増え、経済が発展しているならまだいい。人口の減少局面でこのように大規模な再開発を行い、大型のビルをいくつも建てるとどうなるか。たとえば、横浜市の新市庁舎に隣接するみなとみらい地区では、オフィスの新規供給が増え、既存のビルでの空室率が高まるという問題が生じている。その状況に拍車がかかるだけである。
オフィスでもマンションでもそうだが、交通至便の一等地にあらたな空室が供給されると、築年数が経過したビルや立地がよくない物件の空室率が増える。人口減社会においては、その度合いは強まらざるをえない。
オフィスや住宅だけではない。商業や飲食のエリアも同様だ。「BASEGATE横浜関内」とはJRの線路をはさんで反対側の関外(港側の中心街を関内、その外側を関外という)には、伝統的な繁華街イセザキ・モールがあるが、空洞化を心配する声は多い。
賑わっても周囲はスラム化する
本来、先行きの人口減少が確実な状況下では、第一歩として街を巨大化しないこと、できれば縮小することが必須である。再開発する場合も、規模は小さいながら、従前よりも魅力的な街をつくることが求められる。拡大するかぎり、その街が魅力的でも、いや、魅力的なほど、周囲から人が集まってしまう。すると、人が足りないのだから、周囲がどんどん空洞化する。
横浜市の空き家率は2023年現在で8.7%(約17万戸)と、全国平均の13.8%より低い。前回調査からは減少したものの、なお約17万戸の空き家を抱えている。大型の再開発は、空き家やシャッター商店街が増えるというかたちで、周辺に波及する。むろん、空き家が増えた地域はスラム化が進む。
各地域がそうならないように目くばりすることこそ、住民の安心、安全な暮らしを支えるためにある地方自治体の役割だろう。ところが、固定資産税や住民税の増収という短期的な利益に目がくらみ、大規模で派手な再開発に熱心で、それによる不利益には目を配らないとは、あまりにも情けない。いい加減、拡大という発想を捨てないと、地域が壊れ、日本が壊れる。
香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。
デイリー新潮編集部
