引退競走馬の保護活動を行う「Retouch(リタッチ)」(左・YouTubeより)

写真拡大

 年7000頭に及ぶ引退競走馬の多くが"行方不明"となり、そのほとんどが馬肉として消費される厳しい現状。大きな要因となっているのが、引退後の馬にかかる高額な維持費だ。

【写真を見る】食肉馬専用の施設「肥育場」の様子…1歳とみられる馬も

 引退競走馬の保護活動を行う「Retouch(リタッチ)」の代表を務める野口佳槻さんは「馬たちが自身で価値を生み出していき、生きていく道を広げたい」と展望を語る。【前後編の後編。前編から読む】

 野口さんによると、馬1頭の年間維持費は最低100万円。食事代や、馬が厩舎で快適に過ごすために敷くおがくず、獣医の診察費用や蹄鉄の交換費用などが含まれる。馬の寿命は25〜30年。生涯世話をするには2500万円程度が必要になる計算だ。

 オーナーは引退競走馬を30万円程度で馬を肥育場(引退競走馬の体脂肪を増やし、食肉として相応しい体をつくるための場所)へ売却する。肥育場に流れた後の馬は大きくすることだけが目的なので、競走馬として育てられていた時のように獣医による定期的な診察などはなく、ここで過ごす3か月間の維持費は10万円弱だという。

 体重500kgの馬であれば、半分程度の300kg程度が可食部となる。馬肉の相場にもよるが「一頭あたりは約70万円で売れれば良いほう」(野口さん)だという。馬肉となる馬には、牛や豚のようなブランドはなく、能力にも値付けは左右されない。

「肥育場に送られた馬の詳細はほとんど分かりません。競走馬には、生育歴などが詳細に記された『健康手帳』というものがあるのですが、肥育場に送られた時点で不要として廃棄されてしまいます。ただ、時折馬たちの現役のころを垣間見る瞬間があります。

 肥育場には馬を誘導するために頭につける『無口(むくち)』が捨てられていることがあります。そこに書いてある馬の名前を調べると1億円かけて競り落とされ、レースで数千万円を稼いだ馬だったということもあります」(野口さん)

 リタッチでは一律「税込71万5000円」で肥育場の馬を買い取っている。肥育場に入ってきたばかりの馬でも、明日出荷されるという馬でも金額を変えることはない。71万5000円という金額は、馬術競技会に出て活躍している馬を買い取るのと同等。業界内では引退した馬、ましてや肥育場に出す金額としては破格だ。

「我々としては、昨日引退してきた馬でも、明日出荷される馬でも変わりがありませんから」と野口さんは話す。

「たとえレースで勝てなくても、おとなしく人を乗せて乗馬の楽しさを伝えてくれる馬、障害飛越など馬術競技のセンスを持つ馬、ホースセラピーや観光乗馬で人の心を癒す馬、馬たちには、それぞれの個性と可能性があります。その特性を正しく見つめ伸ばしていけば、馬たちが生きていく道は必ず広がると私たちは信じています」

 リタッチが保護した馬たちは、同団体と提携している「東関東馬事高等学院」などの教育現場で学生たちが馬の世話を学ぶパートナーとして活躍するほか、個人オーナーや乗馬クラブへ譲渡するマッチングも行っている。

 肥育場からの引き取りや、馬の再教育などの様子をYouTubeやSNSで発信することで、リタッチの活動を支持する会員は令和5年11月の募集から600人近くにのぼる。学院運営費や、リタッチの活動に賛同する支援者の寄付によって、現状無理のない経営状態を維持できているという。

 野口さんは今後さらに、キャンプ施設や福祉の場面での馬の活躍の道を模索している。

「千葉県八街市と大阪府河内長野市で『リタッチホースグランピングファーム構想』を進めています。宿泊グループ一つに対して1頭の馬が担当になり、宿泊者が餌を作ったりブラッシングをしたりする。年配の方であれば乗らずに触れ合うだけでよいという方もいらっしゃるでしょうから、人を乗せるのが得意じゃなくても、おとなしく人懐こい馬であれば大丈夫。乗馬クラブで体験してもらうよりもさらに利益が出るような仕組みづくりを目指しています。

 あとはやはり福祉の分野。行政と連携して、子供たちや障害者施設の方などに気軽に馬と触れ合う機会を提供できればいいなと考えています」

 そうすることで、業界全体の活性化も望んでいるようだ。

「肥育場にいた馬は、本来だったら消えていたはずの命。子供たちにはそうした馬たちと触れ合って、『馬って可愛い』『馬と触れ合うのは楽しい』というところを超えて、命について深く学んでほしい」

 野口さんはそう語り、肥育場から引き取ってきた引退競走馬へ、愛おしそうに目を向けていた。

(了。前編から読む)