記事のポイント
停戦を受けてラグジュアリー株は急騰したが、中東の消費や観光需要は落ち込んでいる。
ホテル稼働率や小売売上が大幅減となり、富裕層の滞在時間減少など構造的な影響も広がっている。
不透明な環境下でもブランドは出店や商品戦略を継続し、「顧客のいる場所」を追う姿勢を強めている。


4月、ラグジュアリー関連の株は、イランにおける不安定な停戦合意がホルムズ海峡を再開通させ、世界の石油市場への圧力を緩和したことを受けて急騰した。

停戦が発表されたあと、LVMH、ケリング(Kering)、エルメス(Hermès)の株価は4月8日の早朝取引で8%以上上昇した。投資家たちが、わずか数日前には不透明さを増す一方に見えた最善のシナリオに反応したのである。

この上昇は、原油価格を押し上げ、消費者心理を悪化させた不安定な時期のあとに続くものだ。

エネルギー価格と旅行需要が市場回復のカギに



米国のガソリン価格は3月の1ガロンあたり3.45ドル(約518円)から4.16ドル(約624円)に上昇し、裁量的支出への圧力が加わるとともに、旅行コストも上昇した。停戦が成立したとはいえ、エネルギー市場が完全に安定するまでには数カ月かかると見込まれている。

ラグジュアリー市場にとって、ホルムズ海峡の再開通は主に、世界的な海運、エネルギー供給、旅行コストに対する短期的リスクを取り除くものであり、これらはすべて観光の流れや裁量的支出に直接影響を与える要因である。

燃料価格の変動が落ち着けば、需要の完全な回復には時間がかかるとしても、夏のシーズンに向けた海外旅行を下支えすると予想される。

中東市場の減速とラグジュアリー需要への打撃



中東地域では、景気回復の兆しはまったくみられない。

イタリアのファッションブランド、ゼニア(Zegna)は3月20日の決算で、同地域の客足がここ数週間で減少しており、店舗の活気が低下し、来店客も減少していると述べた。ただし、同社は引き続き競合他社を上回る業績を上げ、店舗の営業も継続している。

停戦に至るまでの数週間、シンクタンクのファッションサイツ(FashionSights)の創設者であり、マッキンゼー(McKinsey)の元シニアパートナーであるアキム・ベルク氏は、影響が即座に、かつ深刻的なものだったと述べている。

高級ブランド業界では来店客数と成約率の両方が低下しており、ホテルの稼働率は場合によっては80〜90%減、小売売上高は40〜70%減少している。

「この地域が築き上げてきた『安全な避難先』としての地位や観光としての魅力は、明らかに深刻な打撃を受けている」とベルグ氏は述べ、不安定な状況が続けば「資本は流動的であり、新たな行き先を見つけるだろう」と付け加え、裕福な消費者はこの地域に滞在する時間を減らす可能性が高いと指摘した。

中東は近年、世界のラグジュアリー売上の約5〜10%を占めており、この分野において数少ない安定的な成長地域のひとつであったため、持続的な減速はとりわけ重大な意味を持つ。

不透明な環境下でも進むリテール戦略の継続



需要が同地域で弱まっているなかでも、ブランドは紛争のはるか前から計画されていた長期的なリテール戦略を実行し続けている。

シャネル(Chanel)傘下のオールバー・ブラウン(Orlebar Brown)は、2026年の春イビサ島、マヨルカ島、アブダビに店舗をオープンする予定のほか、高級サマートラベルエリアと結びついたホテルやビーチクラブへの展開も拡大している。。

これらの出店は、最近の出来事への対応ではなく、顧客が年間を通じて通常時間を過ごす場所に焦点を当てたブランドの方針を反映している。

富裕層の消費者がドバイ、イビサ島、カプリ島、サントロペなどの目的地を巡るなか、ラグジュアリー業界の年間旅行ルートは、冬は湾岸地域からはじまり、夏には地中海へと移っていく。

「当社にはWebビジネスの大きな基盤がある。直販売上の約40%がオンラインだ。しかし当社は、顧客密度が高まっている場所や、顧客が旅行する場所を特定し、店舗出店を検討している」とCMOのハーディ氏は語った。

「最適な立地を見つけるには長い準備期間を要するが、本質的には、既存の顧客層と、彼らが時間を過ごす場所に寄り添うことが目的だ」。

オールバー・ブラウンにとって、アブダビは既存の湾岸地域における事業展開の一部であり、イビサ島とマヨルカ島はヨーロッパのリゾート市場における夏の事業展開と合致している。

「これは顧客のいる場所に存在するための戦略の一環であり、単に物理的にプロダクトを置くだけでなく、彼らの世界、彼らのコミュニティに入り、彼らが時間を過ごす方法にかかわっていくことでもある」とハーディ氏は述べた。

プロダクト戦略の高度化と若年層へのリーチ



こうした地理的アプローチは、ブランドのプロダクト戦略の転換とも連動している。

「現在、当社の事業のうち水着関連のものは約25%にすぎない。プレタポルテの事業がはるかに急速に成長している」とハーディ氏は語った。

「レジャーや休暇向けの分野にも引き続き取り組んでいくが、顧客が旅行時に求めるシャツやズボン、ニットウエアなどのカテゴリーにより注力している」。

この変化はブランドの生産体制にも影響を及ぼしており、現在はヨーロッパが中心となっている。プレタポルテは主にイタリアで、水着はポルトガルで生産されているほか、ブランドはリネン、シルク、メリノなどのより高品質な素材への投資も行っている。

ブランドは生地、縫製、仕上げのディテールに注力し、より高い価格帯を正当化するとともに、製品を伝統的なラグジュアリーブランドの競合他社に近い位置づけにプロダクトを引き上げている。

「ほとんどのブランドはコスト上昇により価格に下方圧力がかかっている。当社は逆を行ってきた」とハーディ氏は述べた。

「当社はソーシングと生産のレベルを引き上げ、品質を向上させ、それに応じて価格を引き上げることができた。これがプロダクトの認知を高める助けとなった」。

同時に、オールバー・ブラウンは顧客層の拡大にも取り組んでいる。

5月、同ブランドは「ジェームズ・ボンド」の新作テレビゲーム「007 ファーストライト(007 First Light)」と連動したカプセルコレクションを発売する。このゲームでは、若き日のボンドがゲーム内でオールバー・ブラウンのクラシックアイテムを着用する。

ハーディ氏は、このデザインは「ボンドの原点を想起させながらも、若き日のボンドに合わせて現代的にアップデートしたもの」であると語り、ブランドを新しい世代の消費者に紹介するためのより広い取り組みを反映していると述べた。この動きは、ブランドのアップマーケット戦略と、より若い世代の消費者にリーチする取り組みを組み合わせたものである。

停戦は市場の安定化につながると期待されるが、過去1カ月で需要と成長地域がいかに急速に変化するかが明らかになった。

[原文:Luxury Briefing: Luxury brands proceed with retail plans in the Middle East]

Zofia Zwieglinska(翻訳、編集:藏西隆介)