「真面目に働けば報われる」は嘘だったのか。50歳氷河期世代の絶望、ねんきん定期便に記された「月12万円」の衝撃
長年、懸命に働き続けてきた就職氷河期世代が、老後を前に厳しい現実に直面しています。将来の生活を支えるはずの年金受給見込み額が、到底生活できない水準。ある男性のケースから、当時の労働環境と社会保険制度の問題をみていきます。
真面目に働けば報われるという言葉を信じた、50代男性の現実
東京都内の築40年を超える木造アパートに住む田中健一さん(50歳・仮名)は、自身の「ねんきん定期便」を机に広げ、記された数字を繰り返し確認しました。
田中さんは1975年生まれ。高校卒業後、大学に進学。しかし、ちょうど就職活動を行うタイミングで、絶対につぶれないといわれていた大手証券会社が倒産し、さらなる就職難の時代へ。田中さんも希望する業界への就職はおろか、正社員としての内定はゼロ。やむを得ず大手家電量販店の配送助手として、派遣社員の形態でキャリアをスタートさせました。
「当時は、とにかくどこかで働いて実績を作れば、数年で正社員になれると考えていました。周りの友人も同じような状況でしたし、自分だけが特別に不遇だという感覚はありませんでした。仕事は過酷でしたが、若さもあり、深夜までの残業も休日の呼び出しもすべて応じてきました。いつか報われると信じていたからです」
しかし、田中さんの期待に反して、景気後退の影響は長く続きました。30代になっても正社員登用の機会は訪れず、勤務先の経営悪化による雇い止めを何度も経験しました。その都度、製造現場のライン作業や物流倉庫のピッキングなど、職種を変えて食いつなぐ日々が続きました。
「転々とした職場の多くは、社会保険への加入に消極的でした。加入条件を満たさないように労働時間を調整されたり、そもそも制度の説明すらされなかったりすることも珍しくありませんでした。当時は手取りを少しでも増やしたいという思いもあり、国民年金の保険料を未納にしていた時期も数年あります。それが今になって、これほど重い代償になるとは思いもしませんでした」
何とか40代になってから正社員となり、現在に至りますが、思わず呆然としたのが冒頭の「ねんきん定期便」です。それまでの加入実績に応じた年金額が記されていましたが、50歳を迎え、このままの状況で年金保険料を納付し続けたと仮定した見込み額が記されるようになりました。
その額、月12万円。
「これまでの人生で、一度も仕事を辞めて遊んでいた時期はありません。常にフルタイム、あるいはそれ以上の時間、働いて働いて働いてきましたよ。それなのに、年金12万円なんて……。国に対して、思わず『舐めるなよ』と悪態をつきたくなります。真面目に働いてきて、こんな金額ですから」
年金を受け取れるような年齢になったからといって、仕事を辞める気はないという田中さん。働けるうちは働くつもりだと言いますが、最近は腰痛が悪化し、いつまで身体がもつかわからない不安を抱えています。
「大した貯金もない。親も他界しており、頼れる親戚もいません。一度レールから外れた人は、まともな暮らしもできないんですかね、この国では」
個人の努力では抗えない…氷河期世代、低年金の現実
田中さんのように、就職氷河期に社会へ出た世代が直面する低年金問題は、個人の努力不足ではなく、当時の労働市場の歪みと社会保険制度の不備が招いた事態といえます。
厚生労働省『令和6年度 厚生年金保険・国民年金事業の概況』によると、厚生年金保険(第1号)の平均受給額は基礎年金を含めて15万1,142円。これは加入期間が40年近いケースも含まれた平均です。田中さんのようにキャリアの前半を非正規雇用として過ごし、厚生年金の加入期間が短い場合、受給額が大幅に減少するのは現在の仕組み上、避けられません。
背景には、当時の非正規雇用に対する社会保険適用の壁があります。かつては「週30時間以上」かつ「正社員の4分の3以上」の労働時間が加入条件であり、多くの企業がコスト削減のためにこの基準を下回る契約を徹底していました。内閣府が公表した『就職氷河期世代支援に関する施策の現状』によると、同世代の非正規雇用者は現在も約300万人を超えており、そのうち「不本意ながら非正規で働いている」層が一定数存在し続けています。
また、月額12万円という受給見込み額は、家賃負担のある都市部の単身世帯にとって、生活保護基準額を下回る可能性があります。総務省『家計調査 家計収支編 2025年平均』によると、65歳以上の単身世帯の月平均支出は15万5,782円。そのうち、持ち家/賃貸で大きな差が生じる「住居費」を引くと、13万2,653円。額面月12万円の年金では平均的な生活はかなうはずがなく、その分、貯蓄を取り崩すという対応になります。
しかし、現役時代から不安定な雇用に置かれ、十分な資産を築けなかった人々にとって、その選択肢さえ用意されていないのが現実です。真面目に働いてきたはずの年月が、老後の困窮という形で返ってくる――。このあまりに不条理な格差こそが、今の日本社会が抱える根深い問題といえるでしょう。
