「たいそう汚い壺」が500万円に!戦火や震災を無傷で生き延びた奇跡の逸品:開運!なんでも鑑定団
【動画】「たいそう汚い壺」が500万円に! 戦火や震災を無傷で生き延びた"奇跡の逸品"

依頼品は「古信楽の壺『蹲』」。
依頼人の亡き父が、戦前に東京で働いていた際に入手したものである。
1945年5月、依頼人の父は東京大空襲の戦火を避け、この壺を抱えて福島へ帰郷。その後は自宅に飾られていた。
2011年3月11日、東日本大震災が発生。依頼人の自宅は福島県沿岸部にあったが、地震発生時、たまたま内陸にある娘の家におり難を逃れた。
呆然と立ち尽くす中で、ふと目に入ったのがこの壺。割れもせず、ぽつんと残されていたその姿はまさに奇跡だった。戦火を逃れ、大震災も無傷で生き延びた壺を、依頼人は「うちの守り神のよう」と語る。

室町時代中期に焼かれたとされるこの壺。
依頼人によると、子どもの頃は「たいそう汚い壺だなと、見るのも嫌だった」が、年を重ねるにつれ「安定感があってなかなかいい壺だと思うようになった」と笑って話す。

中世から現代まで続く、日本を代表する窯「六古窯」。信楽焼もそのひとつで、特に室町時代までに作られたものを「古信楽」と呼ばれる。
その始まりは13世紀、鎌倉時代後期。そのほとんどは日用雑器であり、装飾には無頓着であった。

しかし、鉄分の少ない白土は焼成によって「火色」と呼ばれる独特の赤褐色に変化。さらに、窯の中で降りかかった灰が、生地に含まれる長石とともに溶け、「ビードロ釉」となる。焼き締めの際に石粒が表面に現れる「石ハゼ」も景色の一つとして評価される。
これらはすべて偶然によるもの、いわゆる「天工」。作為のなさが、かえって見る者を惹きつける。
その魅力にいち早く気づいたのが、千利休ら桃山時代の茶人たち。中でも、二重口でずんぐりとした小壺は、人がうずくまる姿に似ていることから「蹲」と呼ばれ、花入れや床飾りとして珍重された。
多くは高さ20センチほどで、肩に平行線で挟まれた連続文様「桧垣文」が刻まれているものもある。壺の中身を守る魔除け、あるいは結界を意味するとされるが、定説はない。

今回の依頼品にも、胴のほぼ一周にわたって桧垣文が刻まれている。魔除けや結界の意味を持つとも言われ、数々の災難から家族を守り抜いてきたこの壺にふさわしい意匠といえる。
依頼人の本人評価額は100万円。「もし高値がついたらハワイに行きたい」とコメントした。

鑑定結果は…なんと500万円!
予想を大きく上回る金額に、依頼人は思わずガッツポーズ。
鑑定を担当したのは陶磁研究家・森由美氏。
森氏は、室町時代中期の特徴である二重の口、丸みのある肩、鋭い桧垣文を評価。さらに、正面に植物灰が降りかかって自然に生じた釉薬や、焦げたような力強い肌合いを挙げ、「小さな壺の中に豊かな景色がある名品」と評した。
依頼人は「家宝として大切にします」と話し、売却せず持ち帰ることを決意。
MCの福澤朗から「ハワイはどうしますか?」と問われると、「地元のスパリゾートハワイアンズで」と答え、スタジオは笑いに包まれた。
