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受刑者が一般人の髪をカットする理容室が、埼玉県の刑務所にある。

日本では、刑が確定すると、基本的に受刑者と面会できるのは、家族などの近しい関係者に限られる。

事件や加害者のその後を取材している筆者として、塀の中で受刑者と直接会える場所はそれだけで興味深い。

普段は自宅でセルフカットしているが、好奇心に背中を押され、足を運んでみることにした。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)

●セキュリティのドアを超えた先にサインポール

2月27日、訪れたのは埼玉県川越市にある「川越少年刑務所」。JR川越駅からバスで約20分の場所にある。

誤解されやすいが、少年刑務所に収容されているのは「主に26歳未満の男子受刑者」で、実際には20歳以上が多くを占める。

2024年の矯正統計年報によると、川越少年刑務所の「1日平均収容人員」は802人。このうち19歳以下の少年受刑者は7人にとどまる。

刑務所の門近くにある警備員の詰め所に近づくと、窓際に「2月の理髪休業日」と書かれた案内板が見えた。

「取材で来ました」と伝えると、担当の刑務官が迎えに来てくれた。

敷地内に足を踏み入れ、まず向かったのは正門の右手にある建物。事務系の仕事を担当しているとみられる1階の部屋に案内された。

職員に利用メニューを尋ねられ、「カットだけでお願いします」と伝える。料金は先払いで、レシートを受け取る。

刑務官の後をついて歩くと、セキュリティ付きのドアの前で足が止まった。いよいよ塀の内側だ。

鍵が解除され、ドアが開いた瞬間、目の前に見覚えのある「サインポール」が現れた。

その横の壁には、「理容所」と書かれたプレートが貼られている。

●上下白の服をまとった受刑者

室内に入ると、上下白い服を着た男性が待っていた。今回のカットを担当してくれる受刑者のようだ。

受刑者と聞いて、てっきり黄緑色の作業着を想像していた。

川越少年刑務所には、全国でも珍しい「受刑者を理容師として育てるコース」がある。

希望者の中から選抜された受刑者が、2年間の訓練を受けて理容師免許の取得を目指す。

筆者を担当する受刑者は、昨年その国家試験に合格したという。出所までの間、さらに技術を磨くために外部から訪れる客の髪を切っている。

室内にはクラシック調の音楽が流れ、ピカピカの鏡と椅子が6台ずつ並ぶ。筆者が想像していた刑務所のイメージとはまるで別世界だ。

先ほど受け取ったレシートを手渡すと、「お席にご案内いたします」と中央の椅子に誘導された。

「椅子を回しますね。それでは、本日担当させていただきます」

受刑者は鏡越しに一礼し、「本日どのようになさいますか?」と丁寧に尋ねてきた。

●客の要望を入念に確認

筆者が「どんな感じでできますか?」と逆質問すると、「刈り上げだとか、フェードだとか、ツーブロックだとか…」と説明してくれた。

「フェードってなんですか?」と聞くと、「けっこう短めの0ミリとかの刈り上げもできますし、普通の耳を出すだけのすっきりしたものもできます」とわかりやすく教えてくれる。

「全体的に短くしたい」と伝えると、「何か参考になるものを取ってきていいですか?」と言って、カットモデルのカタログを持ってきた。

筆者があるモデルの髪型を指差して「こんな感じで」と伝えると、「刈り上げたくない、とかはありますか?」「そんな短くしちゃって大丈夫ですか?」「トップの毛はどうですか?」など、細かく確認してくる。

目線を合わせながら話を聞き取り、「では様子を見ながらで」と言ってカットが始まった。

まず、鏡の前にある洗面台に上半身を倒し、温水シャワーで髪全体を濡らす。

「お湯加減いかがですか?」

ちょっとした気遣いも忘れない。

次にタオルで水を拭き取り、くしで髪をとく。

「普段、前髪は下ろされていますか?」
「前髪、今どうですか?」
「眉毛よりも上になっちゃって大丈夫ですか?」

入念な確認が続く。

●事件に関する会話はNG

いよいよカットが始まった。

サクッ、サクッという小気味よい音が耳元に響く。

ところで、筆者はかなりの近眼で、メガネが手放せない。そのため、カット中に鏡を見ても、自分の髪がどう切られているのかよく見えない。

中学と高校では野球部に所属し、丸刈りが当たり前だった。髪型を気にする暇もなく、自分でバリカンで刈っていた。

大学生になってから店でカットしてもらうことがあったが、仕上がりを見たときに「なんか違う」と感じることが度々あった。

社会人になってからは、転勤するたびに新しい店を探すのも面倒で、足が遠のいていった。

そんな経緯もあって、今でもバリカンやスキバサミを使い、自宅でセルフカットするのが習慣になっている。

今回、塀の中の理容室を利用するにあたって、どんな髪型になるかというよりも、現役の受刑者に髪を切ってもらうという体験そのものに強い興味があった。

どんな事件を起こしたのか。
なぜ犯罪に手を染めてしまったのか。
刑務所の生活はどうか。
出所後は何をしたいか。

あわよくば、そんな話を直接聞けるのではないか、という期待もあった。

ただ、この点については、事前に刑務所の職員から説明を受けている。

「散髪に関する受刑者との会話はOKだが、事件に関することは話せない」

そう言われていた。

話しかけたい気持ちを抑える中、担当の受刑者は手慣れた様子で、頭全体の髪の量を整えるようにハサミを動かしていく。

●髪がハサミに引っ張られる違和感がない

カット開始から30分ほど経った頃、受刑者の手が止まった。

手鏡を筆者に差し出しながら「今ざっと長さを切ったんですけど、後ろの感じとかどうですか?」と尋ねてくる。

前髪と後ろ髪をもっと短く切ってほしいと伝えると、「わかりました。では、全体的にもう少しスッキリさせる感じですね」と確認し、再びハサミを入れ始めた。

ここでふと気づいたことがある。

理容室や美容室でカットしてもらうとき、髪がハサミに引っかかって頭皮が引っ張られる、あの嫌な感覚を覚えることがある。

だが、今回はそれがまだ一度もない。

ハサミの切れ味がいいのか、それとも担当してくれた受刑者の腕なのかはわからない。ただ、心の中で「痛っ」と思う瞬間が一度もなかったことは驚きだった。

その間も、受刑者は目の前の筆者と鏡に映る姿とを交互に見ながら、黙々とハサミを動かしていく。

前髪を切る際は、人差し指と中指で髪を挟み、斜めにハサミを入れていく。

眉毛の長さも整え、最後はスキバサミで全体のボリュームを調整していく。

●切り直しを2度お願い

「いかがですか?」

50分ほどが経ち、再び仕上がりを確認する時間になった。

後頭部を確認しやすいように、折りたたみ式の鏡を頭の後ろに構えてくれる。

後ろ髪をもう少し切ってもらうか悩んでいると、「これ以上いくと刈り上げっぽくなってしまいます。今がギリギリかと。スッキリさせますか?」と助言してくれた。

その言葉に背中を押されて、さらにカットをお願いした。

数分後、「これでオッケーです」と伝えると、受刑者は床に落ちた髪を手際よく掃き集め、ゴミ箱へ入れた。

●カミソリは刑務官の許可を得て借りる

床を片付け終えると、受刑者は席を離れ、近くで見守っていた刑務官のもとへ向かった。灰色の細長い物体を受け取り、戻ってくる。

キャップを外すと、どうやらカミソリだった。

刑務官によると、刃物であるカミソリは安全管理のため、使用のたびに職員の許可を得て貸し出される仕組みだという。

刑務所の理容室を利用する際、外部の人が最も心配するのが、この瞬間かもしれない。

受刑者が、切れ味の鋭い刃物を首元や耳元に当てる、いわゆるシェービングの時間だ。

今回注文したのはカットのみだったが、襟足ともみあげ部分のシェービングはサービスで付いてくるようだ。

もっとも、外部客への接客を許されている受刑者は、刑務所側が信頼できると判断した人物に限られる。そのため筆者自身、不安を感じることはまったくなかった。

●シャンプーやマッサージも付く

カットが終わると、次はシャンプーだ。

ちょうどいい力加減で頭全体を洗ってくれる。これまで利用してきた理容室や美容室と比べても遜色ない心地よさだ。

洗い終えると、タオルで軽く水を拭き取り、続いてマッサージが始まる。

指先で頭をつかむように揉みほぐし、両手で軽くチョップするような動作へ。首筋をほぐし、最後は肩揉みまで。

「お疲れさまでした」

その一言で、はっと我に返った。

「このままセットをおこなっていきます。最後に整髪料をお付けしてよろしいですか?」

言われるままにお願いすると、ドライヤーで髪を乾かしながら形を整えていく。

ワックスを手のひらに広げ、髪全体になじませる。頭頂部に立体感を出し、前髪の分け目を整える。

「お待たせしました。最終確認をお願いします」

メガネをかけて鏡を見ると、なかなかの仕上がりだった。

●カット、シャンプー、マッサージ込みで650円

この時点で、入店から約1時間が経っていた。

取材前、刑務所の担当者からは「受刑者なので、カットには時間がかかります」と聞いていたが、体感としてはあっという間だった。

髪を切る前と切った後を比較した写真がこれだ。

気になる料金は、シャンプー、カット、マッサージ、襟足のシェービング込みで650円(税込み)。

現在、もう一つのメニューに顔そりのシェービング付きカットもあるが、こちらも975円と破格だ(なお、所要時間は1.5時間の見込み)。

もちろん、この価格は受刑者の刑務作業として位置付けられているからこそ可能になっている。一般の理容室が同じ料金で営業することはまず不可能だろう。

●知る人ぞ知る「塀の中の理容室」

今回カットを担当してくれた受刑者は、「ここに来る前は、自分が知っている人以外に興味がなかった」と振り返る。

だが、客から「ありがとう」と言われるときにやりがいを感じるという。

「自分を認められるというか、自分がしたことによって喜んでもらったり感謝されるっていうことはやっぱすごくいい気分になります」

川越少年刑務所の看守部長も、彼が理容師の資格を取ってから変化を感じているという。

「若いうちに施設に入っているので、社会経験が浅く、言葉遣いが未熟なところもあって、以前は人に流されやすいところがありました。

1、2年かけて自分の考え方を改め、資格を取って責任感を持って仕事をするようになり、どんどん変わってきました。

今はダメなものはダメだとルールを守れるようになってきている。すごく向上心が高く、彼なりの夢を持っています」

地域住民の中には、20年以上も通い続けている常連もいるという。知る人ぞ知る「塀の中の床屋」だ。

立ち入った会話はできない。それでも、事件を起こした受刑者もまた「普通の人」なのだと実感できる場所なのかもしれない。

●川越少年刑務所の理容室

・住所:埼玉県川越市南大塚6-40-1
・受付時間:平日の午前8時〜9時半、午後1時〜2時半
・備考:予約不可。不定休のため、利用希望者は事前に川越少年刑務所(電話:049-242-0226)に問い合わせを。