穂川果音さん

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 3月27日の放送でABEMAの報道系看板番組「ABEMA Prime」(以下・アベプラ)を「卒業」する気象予報士・防災士の穂川果音さんは、「美人過ぎる気象予報士」などと称されることが多く、エンタメ枠扱いされることもある。彼女は2016年4月の開局以来その仕事をし続けたが、これは同番組において最長である。お天気コーナーを担当していたのだが、この10年で多くのファンが誕生し、今では「美人過ぎる気象予報士」などと呼ばれてウェブメディアの記事にも自身のInstagram投稿が採用されている。同番組を3月で卒業する彼女に、報道とは何か、そしてファンへのメッセージを伺った。【取材・文=中川淳一郎】(全3回のうち第3回)

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共演者への感謝

 穂川さんが最も鮮明に覚えているのは、2016年4月14日発生の熊本地震だ。これこそがウェブメディア隆盛のターニングポイントにもなっていると感じる。というのも、現地ではテレビが見られず、スマホでネット発の情報に頼らざるを得ない面もあったからだ。アベプラは被災地の熊本でも視聴できた。

穂川果音さん

「私は気象予報士であり、防災士の資格も持っているので、そうした立場で番組に臨みました。私もヘルメットをかぶって、こういう準備をしましょう、など、被災者の方へ向けた情報を発信しました。それをきっかけに、スマホでニュースや天気予報を見られる、と考える人が一気に増えたと感じています。私はこの時、『これで人の役に立てるんだ!』と嬉しく感じたことを思い出します。

 この時、『帯』(月〜金を通じて出演する、の意味)の番組が初めてでした。週2とかのレギュラーはあったのですが、週5はアベプラが初めてです。開始直後に急に災害対応というのはすごいプレッシャーでした。被災地では土砂崩れや鉄砲水が起きやすく、天気予報が極めて重要になります。私の発言ひとつで二次的な被災者が出かねないため、常に胸がヒリヒリしていました。

 結局、アベプラには10年出演させてもらいましたが、実際は不安の連続でした。お笑い芸人の方々と違って、私は笑いのプロではありません。芸人さんのフリはうまいのに、私が普段の“ほかのん”(穂川さんのあだ名)でい続けたため、視聴者からは“流れが違う!”“芸人つぶしだ!”と言われてしまいました。芸人さんのファンから嫌われてないかな、と思う日々が続き、オンエアが終わった後はいつも謝っていたんです。

 それでも芸人の皆さんは、「そんなことないよー!」と言ってくれました。そして苦笑しながらも、番組を進行してくれて。本当に感謝しかありません。

ファンの皆さんに感謝

「お笑いについては近年は、コンプラ重視の風潮もあって、平和なお笑いが増えています。私のボケにやんわりツッコんでくれ、大変ありがたいでね。

 そして大変ありがたいことといえば、番組を通じて、元々私のことを知らかった人が、ファンになってくれたこと。おそらく視聴者さんの多くは、当初は、人気のある出演者さんを目当てにアベプラを見てくれたわけですが、そこでたまた私のことを知って、ついでじゃないですけど、私のことも応援してくださるようになったのではないかと思います。こうした出会いの場ともなっていたアベプラ、そして出演者の皆さん、視聴者の皆さんにも、改めて感謝したいです。

 さて、私はアベプラから離れることになりました。そんな発表をした後のリアルタイムのコメントで多かったのは、『日々のルーティンだったから、それがなくなるのが凄くイヤ』とかです。ありがたいことです。10年間にわたって月〜金曜日に気象予報と、謎の空気を発したと思います。

 そうしたことはベースにし、今後も皆さんに役立つ情報は発信していきたいです。気象情報だけでなく、『美』に加え『気象と美の関係』とかも発信できればいいなァ……。気象をいかにして活用して皆さんに役立てる情報を出せるか、を考えてこれからの10年間を過ごしていきたいです。これまでの10年、ありがとうございました!」

第1回【「アベプラ」名物のコスプレ気象予報士「穂川果音さん」が卒業! セーラームーンから鯉のぼりまで…“ほかのん”ご本人が振り返る「最もヒドかったコスプレ」】では、3月に「アベプラ」を卒業する“ほかのん”こと穂川果音さんに、10年間を振り返っていただき、これまでに披露したコスプレや、番組の思い出について伺っています。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部