気を取り直して。起雲閣自体がま〜〜素敵な建物でして。なかなか展示にたどり着けませんでした。何しろ私は古い日本の洋風建築が大好き。神戸の異人館や福島の「天鏡閣」都内ですと「前田侯爵邸」「庭園美術館」など、あちこち訪れております。「住みたい」「もうここに住む」しか言わないんですけど(笑)。

 起雲閣は庭を囲むようになっていて、中央にある美しい日本庭園を建物のどこからでも眺められるようになっています。根津美術館と同じ根津氏の設計なのですが、やっぱり通じるものがありました。建築やデザインもその人がにじみ出るのが興味深いですよね〜。

 起雲閣が旅館になってから、熱海を訪れる有名人が多く宿泊したそうです。中でも文豪とはゆかりが深く、『金色夜叉』の尾崎紅葉はもちろん、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、坪内逍遥といった宿泊・訪れた文豪の展示が宿のお部屋それぞれにあります。

 ひとつひとつの部屋に上がってのぞくのが、なんだか編集者になった気分。本の虫なのでここでいくらでも時間が溶けそうでした。どれもいいお部屋!

◆いよいよ企画展示室へ

 ぐるっとすべての部屋を回って、ついに最奥の「企画展示室」へ。ここで橋田先生の展示があります。盛況でした!

 まず目に入るのは、石井ふく子先生とのツーショット。去年の橋田賞のパーティーでも展示されていた写真ですが、実によい写真です。もう一枚、お若いころのおふたりもありました。

 昭和〜平成のテレビ黎明期から女性プロデューサーと脚本家、というタッグで文字通り道を切り開いてきた最強バディのおふたり、喧嘩はしょっちゅうだったと聞き及んでいますが、唯一無二の雰囲気が写真からのひしひしと。いいなあ……憧れます。

◆たまに混じる見覚えのあるもの

 先生の資料庫か書斎での写真だと思うのですが(渡鬼の単行本が映り込んでますね)、かつて先生のおうちで、遊び飽きた私、ここでくつろいで『春日局』のコミカライズを読んでいた記憶があります。怒られろ……親戚の家に来てるんじゃないんだから……。その節はまことに申し訳ありませんでした。

 ちなみに、渡鬼の台本に関しては「これ撮らなくていいかも、家にある」と言っていました。ちょいちょい家にあるものがあったんですよね☆

 台本の隣には幸楽のメニュー。私はメニュー表を立てかける芝居がついていたことが多かったので、よく触っていましたね。何食べたいか、とか話していた記憶。

◆黎明期からの女性脚本家としての胆力

 橋田先生は松竹脚本部で最初の女性社員として抜擢されたそうですが、思うようにキャリアが築けなかったようです。テレビの脚本家という道にたどり着きますが、当時はテレビを書く人の立場は低かったとか……。

『西郷どん』中園ミホ先生、『アンナチュラル』野木亜紀子先生、『虎に翼』吉田恵里香先生、『国宝』奥寺佐渡子先生、綺羅星のように活躍される女性脚本家の先端にはこの方がいたわけで……。

 先生が南極でペンギンといるかわいらしい写真もありましたが、ご当人がまさに「ファーストペンギン」だったんですよね。

 今を生きるわたくしは、ちょっとした女性差別を受けるとゲーーーーー!!!!!!!! 信じられない!!!!! ここは令和! お前は昭和! 遺物と決別! と叫びそうになるんですが、(すぐ韻を踏む癖がある)当時のエンタメ業界で、先生はいかに大変だったことでしょうか。どれだけの辛酸を舐めながら、逃げずに書き続けたのでしょう。私は、小柄なその背中に背負ったものの重みとすごみに、いつも圧倒されていました。

◆ほんの少し混じりあって

 実をいうと、先生との思い出は実はそう多くないんです。現場に来る方ではなかったですし、私なぞ、番組の末席に座らせていただいていた子どもでしたからね。でも、わずかな記憶でも強烈に残り、今の私に強い影響を与えています。