なにわ男子 長尾謙杜、『木挽町のあだ討ち』見せた美しき進化 “濁らない瞳”がもたらす儚さ
長尾謙杜は、人気グループ・なにわ男子の最年少メンバー。艶めく白い肌、大きな瞳、はにかむ笑顔が愛らしく、その美貌にも定評がある。
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なにわ男子のヒット曲「初心LOVE」では、天使のような笑顔と甘い歌声を披露しているが、長尾の本質的な美しさはその「穢れのない澄んだ瞳」に宿るのではないだろうか。まるでこの世の濁りを知らないかのように澄み切った眼差しは、観る者の心に「この美しさを半永久的に守ってあげたい」と抱かせてしまうほど。
そんな長尾が、過酷な運命に翻弄される役柄に身を置くと、彼が本来持っている「透明感」が「儚さ」に変化し、作品全体に独特の残酷さを醸し出していく。
公開中の映画『木挽町のあだ討ち』では、『室町無頼』以来となる時代劇に再挑戦。殺陣シーンでは、姿勢や仕草、刀の角度など、どれを取っても「絵」として成立する完成度を見せた。
アイドルとして日々「どう見せれば最も美しく伝わるか」を追い続けてきた積み重ねが、「刀をゆっくり抜くシーン」や刀を構える姿勢など、ひとつひとつの動作の細部にまで息づいているのだろう。長尾のアクションを見るたび胸が熱くなるのは、その「美」が努力によって磨かれてきたものだと、自然と伝わってくるからかもしれない。
『木挽町のあだ討ち』を、レイトショーで観た翌日のことだ。時間が経ってもなお、赤い着物をまとい雪の中を艶やかに歩く姿や、刀をさばくときの凛とした表情がふと脳裏によみがえる。どうして彼の演技は、こんなにも強く心に残るのだろう。そこには、ただの「美しさ」では語りきれない何かが、きっとあるはずだ。
『木挽町のあだ討ち』で長尾謙杜が演じるのは、殺された父の仇を討つ、美しすぎる若衆・菊之助だ。物語の冒頭から、父・清左衛門(山口馬木也)を殺害して逃亡していた作兵衛(北村一輝)との激しい殺陣が繰り広げられる。
やがて、血しぶきを浴びたまま作兵衛の首を掴み、観客に見せしめのように差し出す菊之助。しかし、その瞳は驚くほどまっすぐで、無垢そのものだ。本来なら、誰かを仕留めた直後の顔というものは、狂気が宿っていてもおかしくない。穢れを一切感じさせないその眼差しに、どこか奇妙な違和感を覚えた。
その奇妙な違和感は、物語が進むにつれて少しずつ意味を帯びていく。周囲の人々に守られ、支えられて生きてきた菊之助の姿が浮かび上がるたび、長尾がこの役を引き受けた理由が腑に落ちた。あのまっすぐで、美しすぎる瞳こそが、菊之助という人物の「本当の心」を映し出していたのだ、と……。
そもそも菊之助は、本来なら虫も殺さないほど心優しく、真面目で礼儀正しい青年だ。仇討ちのシーンが終わると、仇討ち以前の回想に切り替わり、そこには純真な眼差しを持つ美青年の姿が映し出される。その対比があるからこそ、冒頭の仇討ちの場面で「どうしてあの菊之助が?」と周囲が疑念を感じる様子に、強い説得力が生まれていた。
その後の菊之助は、縁者を名乗る加瀬総一郎(柄本佑)や、木戸芸者の一八(瀬戸康史)といった人情味あふれる人物たちに囲まれながらも、右往左往しつつ、まっすぐに周囲の言葉を受け止めていく。
不器用で、真面目すぎるほどピュアな菊之助は、過酷な運命に翻弄されながらも「望まぬ役割」を引き受けることを決意していく。映画には、父親に刀を向けられ逃げ惑う場面など、残酷な描写も少なくない。それでも彼の瞳だけは、一度たりとも濁らない。どれほど重い運命を背負わされても、菊之助は純真無垢な心を手放さなかった。そして周囲の人々もまた、その心と体を守ろうと、自らの身を投げ出すほどの覚悟で手を伸ばしていく。
過酷な運命を背負う中で、長尾のピュアなまっすぐさが揺るぎなく発揮された作品として思い出されるのが、『室町無頼』と『恋に至る病』だ。
『室町無頼』で長尾が演じたのは、天涯孤独の少年・才蔵だ。ボサボサ頭で粗野にも見える外見とは裏腹に、その心は驚くほどまっすぐで、人生のすべてを教えてくれた恩人・蓮田兵衛(大泉洋)を支え、守るために「命つきようとも」と覚悟を決めて突き進んでいく。
物語が進むにつれ、荒んだ身なりも内面も少しずつ変化していく。その変化を長尾は、目の奥に宿る光が「徐々に、鋭さと凛々しさを帯びていく」という繊細な表現で、丁寧に演じ切っていた。
『恋に至る病』では、人の顔をまっすぐ見ることすら苦手な、不器用で内気な高校生を演じた。愛する人が殺人犯だと知り動揺しながらも、「地獄に落ちたって、世界中が景(山田杏奈)を許さなくなっても……」と、一途に相手を信じ続ける。その揺るぎない想いを、長尾はどんな瞬間も濁りのない瞳で体現していた。
どんな時も濁らず、まっすぐに光を宿すその瞳は、物語が残酷であればあるほど「救い」となる。そして、長尾のたぐいまれなる透明感、美しく見せるために積み重ねてきた努力、役の運命を背負ったときに生まれる儚さなど、それらが折り重なることで、長尾だけが放つ独自の「余韻」が生まれているのだろうか。そして私たちは、その儚さやピュアさに心を奪われ、いつまでも「彼の姿を、記憶に留めておきたい」と願ってしまうのかもしれない。
『木挽町のあだ討ち』には柄本佑、渡辺謙、北村一輝といった実力派が揃うが、その中にあっても長尾の存在は決して埋もれない。むしろ、一点の赤い花が静かに咲き誇るように、画面の中で凛とした輝きを放っている。親の仇を討った菊之助にどんな運命が待ち受けているのか――詳しくは伏せるが、衝撃的な冒頭から物語が進むにつれ、思いもよらない展開が幾度となく訪れる。どうか最後まで、その行く末を見届けてほしい。(文=みくまゆたん)
