人間って怖いから…〈資産3億円〉富裕層なのに築40年木造住宅に住み続け、地味な服装に身を包む75歳男性。「貧しそうな老人」に擬態する切実事情【CFPが解説】
「年金暮らしで余裕がないのだろう」――近所からそう同情される75歳の独居男性。築40年超の木造住宅に住み、地味な服装で静かに暮らす彼の正体は、実は「3億円」を保有する資産家でした。なぜ彼は、その豊かな資産を隠すようにあえて“貧しく見える生き方”を選んでいるのか。そこには、シニア世代が知っておくべき「お金を守る知恵」と、平穏な老後を守り抜くための深い理由がありました。CFPの伊藤寛子氏が詳しく解説します。
“目立たない生活”を選び続けている3億円の資産家
駅から徒歩15分ほどの住宅街に、市川さん(仮名・75歳独身)は一人で暮らしています。 住まいは築40年を超える木造2階建て。ボロボロとまではいきませんが、立派ともいえない一般的な住宅で、お世辞にも資産家の邸宅には見えません。
市川さんはいつも似たような地味な色合いの服を身につけ、持ち物や風貌は全体的に質素な印象です。外食はほとんどせず、買い物は近所のスーパーで済ませます。図書館や公園、家でひとり静かに過ごすことが多い暮らしぶりで、旅行に出かける様子などもありません。
町内会の集まりや地域イベントにも、めったに顔を出しません。ご近所付き合いも最低限で、必要以上に自分のことを語らないため、周囲からは「静かで控えめな独居老人」といった印象を持たれているようです。
「年金暮らしで、あまり余裕がないんでしょうね」
近所の人たちは、そう口にしています。しかしその穏やかな日常の裏で、実は市川さんは資産3億円を保有している資産家なのです。この事実を知るのは、親族と、資産管理に関わるごく限られた専門家だけです。
「もっといい暮らしをしないのか、とよく聞かれます。もともと華美な暮らしが好きなわけではないのもありますが、目立たないようにしているのもあるんです」
市川さんはそう言って、少し照れたように笑います。なぜ市川さんは、資産があるにも関わらず、これほどまでに“目立たない生活”を選び続けているのでしょうか。
地方の地味な会社員が“億り人”になった理由
市川さんは、地方の中堅メーカーで新卒から定年まで勤め上げた、いわば“普通の会社員”でした。派手な昇進もなく、年収も決して高くはなかったといいます。
ですが、若い頃から堅実な性格で、「ボーナスには一切手をつけずに貯蓄する」「流行の車や服には目もくれない」といった無駄遣いをしない生活を40年以上続けた結果、貯蓄は着実に増えていきました。さらに定年後、退職金を受け取った後ほどなくして親から都内の土地を相続し、それを売却したことで手元資産は一気に3億円の大台に乗りました。
「正直、自分でも驚きました。まさか、こんな金額になるとは思ってもみませんでした」
それでも、元から堅実な性格の市川さんは、資産が増えたからといって、急に生活が派手になることはありませんでした。 むしろ、市川さんは“目立たない生き方”を、より意識するようになったといいます。
あえて“貧しそうな人”に擬態して生きる切実な理由
その考えの背景には、資産が増えた直後に起きた、いくつかの出来事がありました。
まず、かつての仕事仲間の変貌です。その知人は、退職金を手にすると高級車を購入し、ゴルフやレストラン、旅行へ頻繁に出かけるようになりました。その様子を周囲に吹聴していましたが、ほどなく怪しげな投資話に乗って大きな損失を出し、さらに空き巣被害にも遭ったという話を人づてに聞きました。
また、親の相続後しばらくすると、それまで音沙汰のなかった親戚から「子どもの留学費用を貸してほしい」「事業の保証人になってくれ」という連絡が相次ぎ、断れば「冷たい人間だ」「身内を見捨てるのか」と言われ、関係がぎくしゃくしていきました。
さらに、どこから情報を嗅ぎつけたのか、怪しげな投資の勧誘電話がかかってくるようになりました。中には後から詐欺だと判明した案件もあったといいます。
「人の本性を見るようで、正直、怖くなりました」
市川さんはそう振り返ります。 お金は生活を豊かにする一方で、厄介な人間関係やトラブルを呼び寄せる力も持っている。その現実を市川さんは身をもって知ったのです。
「だったら、最初から“お金を持っていない人”に見えた方がいい。そう思うようになりました」
こうして市川さんは、よりよい住まいへ移ることもなく、生活水準も上げない選択をしました。 質素な暮らしは、自分を守るための“防御”になったのです。
お金を持っていること自体がトラブルの原因となる
シニア世代にとって、「お金持ち」だと知れ渡ることは、現役時代以上のリスクを伴います。
●親族トラブル
相続をきっかけにきょうだい関係がこじれたり、子ども世帯や親族からの援助要請がエスカレートしたり、資産が“当てにされる存在”になることで、家族関係そのものが壊れてしまうこともあります。
●投資詐欺・金融トラブル
高齢者を狙った詐欺や悪質な金融商品勧誘も深刻です。立派な住宅や高級外車などは、「ここにお金がある」という分かりやすい目印になりかねません。 「元本保証」「必ず儲かる」といった甘い言葉で近づき、大切な老後資金を奪う手口は年々巧妙化しています。
●近隣・知人トラブル
資産があると知られることで、「寄付を多めに」「あの人に頼めばいい」といった空気感が生まれ、対等な人間観関係が崩れていくこともあります。
こうしたトラブルは、お金を持っていること自体が原因となって起こります。だからこそ、「目立たない」「語らない」という選択が、有効な防衛策になります。
「貧しく見えることは、バリアを張ることと同じなんです」と市川さんは静かに言います。「『あの人はお金がないから』と思われていれば、誰も騙そうと近づいてこないし、変な期待もされない。それが一番、自由でいられるんですよ」
増えた資産を守るための3つの防衛策
特に注意が必要なのが、退職金・相続・不動産売却などで急にお金を手にした人です。生まれつき裕福な家庭で育った人は、幼少期からお金との付き合い方を自然に学んでいます。
しかし、多くの人はそうではありません。突然まとまった資産を手にしても、「守り方」や「管理方法」は身についていません。その結果、高揚感から生活レベルを上げすぎたり、他人に寛大になりすぎたりしてしまいます。
一度上げた生活水準を下げるのは容易ではなく、一度ついた「気前のいい人」というイメージも簡単には消えません。 資産が増えた直後こそ、最も慎重になるべき時期なのです。
では、増えた資産を守るために、何を意識すればよいのでしょうか。 特に重要な3つのポイントを挙げます。
1.生活レベルを急に上げない
住まい、車、旅行、外食など、急激な生活レベルの変化は、周囲の目を引きやすく、トラブルの火種になりかねません。「周りにどう見えるか」を意識することは、資産防衛の第一歩です。
2.お金の相談相手は専門家にする
お金の話は、信頼できる専門家と家族の最小限にとどめます。「誰に、どこまで話すか」を明確に決めておくことが、防御につながります。税務・相続・運用・生活設計など、それぞれの分野に適した専門家を頼ることで、判断ミスやリスクを大きく下げられます。また、親族や知人などからの無茶な要求には「自分の意思」で断ると角が立ちますが、「FPや税理士に資産の管理を任せているから、勝手に判断できない」など、専門家を「盾」に使うのも有効です。
3.「もしも」に備えた設計をしておく
遺言書、家族信託、任意後見制度など、元気なうちに整えておくことで、将来の不安とトラブルを減らすことができます。
本当の豊かさと、資産を守ることの重要性
市川さんは自分で淹れたお茶を飲みながら、穏やかにこう語ります。
「派手な生活より、静かで穏やかな毎日が続くほうが、ずっと豊かだと思うんです」
市川さんにとっての贅沢は、高級レストランやブランド品を持つことではありません。「明日、もし大きな病気をしても、誰にも迷惑をかけずに最高の医療を受けられる」という 安心感。そして、「誰にも利用されず、自分の時間を自分のためだけに使える」という自由です。
「見た目を貧しく見せているのは、卑屈になっているからではありません。大切な資産と、それ以上に大切な『平穏な日常』を守るための、私なりの戦略なんです」 そう語る市川さんの表情は、とても穏やかでした。
様々な情報が瞬時に広まり、金融犯罪が巧妙化する現代において、シニア世代にとってお金を「守る」ことの重要性は、これまで以上に高まっています。 見た目と資産は必ずしも一致しない。そして、ときに“貧しく見えること”も、最大の資産防衛になるのかもしれません。
伊藤 寛子
ファイナンシャル・プランナー(CFP®)
