近隣住民から「呪われるぞ」と...特殊清掃会社社長が明かす「事故物件を子ども食堂に変えた思い」
強盗殺人事件の現場をリフォーム
「おすし、美味しかった」
大阪市生野区の下町に、子どもたちの賑やかな声が響く――。
1月31日、子ども食堂「カンクリキッズキッチン」のオープンイベントが行われた。当日は、大阪市北新地の高級店「鮨場 藤」の協力で、寿司500貫が子どもたちに無料で振る舞われた。チャンネル登録数240万人の人気YouTuber「ジョーブログ」のジョーも応援に駆けつけて記念撮影に快く応じ、子どもたちが寿司を握る体験教室も開催されるなど、イベントは盛況のうちに幕を閉じた。
「カンクリキッズキッチン」を運営するのは大阪市の特殊清掃会社「関西クリーンサービス」。開店にあたって大きなイベントを催したのには理由があった。
’21年12月、大阪市内の住宅に男が侵入し、住民男性(当時82)を撲殺。現金や貴金属が奪われる強盗殺人事件が起きた。この凄惨な事件の現場が「カンクリキッズキッチン」となった。いわゆる“事故物件”である。
事故物件を子ども食堂に――。前代未聞のチャレンジの背景には、数多の孤独死や事件現場を見てきた「関西クリーンサービス」の亀澤範行社長(45)の強い決意が隠されていた。(以下、発言者の記載がない「」内は亀澤社長の発言)
「事件から1年が過ぎた’22年、『遺品整理と特殊清掃をお願いしたい』と仕事の依頼がありました。現場に案内された際、『実はここ事故物件なんです。殺人です』と打ち明けられました。まだ事件の解決前で、血痕のシミが生々しく残っていました」
遺族は清掃に加えて、物件の売却も望んでいたが、現実は厳しい。インターネットで「生野区 強盗殺人」と検索すれば、事件の詳細から建物の外観までが即座に表示される。「デジタルタトゥー」の呪縛だ。
「ご遺族は不動産業者4社ほどに売却の見積もりを依頼したそうですが、どこも『ネットに情報が残りすぎていて扱えない』と尻込みして、見積書すら出してこなかったそうです」
そんななか、唯一物件の買い取りに手を挙げたのが亀澤社長の会社だった。亀澤社長は一つだけ条件を提示した。
「事件を隠すことはできない。逆にすべてを告知して活用する、と告げました」
物件を買い取ったはいいが、その後、どう活用するかが難題だった。コリアンタウンに近い立地を生かして民泊施設にする案も計画したが、築45年と古い建物なので、防火法などの規制をクリアするには莫大な費用を要する。最終的に、2階と3階をフルリノベーションして住居用にし、1階の一部を倉庫として貸し出すことが決まった。かつて店舗として使われていた1階のメインスペースが、用途が決まらずに残されたままとなった。
「飲食店をするには駅から遠く、何より人々の記憶から事件が消えていない。1階部分をどうするか、何年か悩みましたね」
物件として資産価値はない――そう判断した亀澤社長が辿り着いた答えが「社会的価値」を高めるという発想だった。
「地域貢献や社会貢献に活用すべきだと思ったんです。子どもたちの笑顔が集まる場所に育て上げれば、過去の事実は消せなくても、人々の記憶やイメージを塗り替えられるんじゃないかと」
立ちはだかる壁
その第一歩として企画されたのが、冒頭のオープンイベントだ。地元・生野区出身であり親善大使も務めるYouTuberのジョーのほか、生野区長も参加した。
「子ども同士、お母さん同士でつながる場所になれば嬉しいですよね。子どもの頃の記憶って大人になっても残ると思うんですよ。高級なお寿司は特に。僕が子どものとき、高いお寿司なんてそう何回も食べられなかったですからね」(ジョー)
不動産投資の常識では計り知れない再生へのチャレンジ。その前には、厚くて高い現実の壁が立ちはだかっていた。最初に直面したのは、金融機関の冷ややかな反応だ。
「事故物件を買い取ってどれだけ綺麗にリノベーションしても、銀行は融資してくれませんでした。殺人事件の現場となると、資産価値が算出できないからです」
物件をリノベーションして売却する際、たいていの購入者はローンを組むが、事故物件となると抵当としての価値が見出せず、融資を受けられないのだ。
亀澤社長によると、孤独死の現場は市場価格の8割程度、自殺では半値になることもあるという。強盗殺人の現場となれば、さらに価値は暴落する。
「ご遺族からすれば、肉親を殺された上に物件の資産価値まで奪われる。これも事件の現実なのです」
「関西クリーンサービス」は自己資金を投入して、採算度外視でこのプロジェクトを進めている。ビジネスとして見れば割に合わない。亀澤社長を突き動かしているのは、特殊清掃の現場で見てきた「孤立」への危機感だ。
物件を買い取った当初、同社を悩ませたのは近所の目だった。リフォームのために現場を訪れると、通りがかりの高齢者から声をかけられることが多々あったという。
「『兄ちゃん、ここ買った業者か?』『ようこんなとこ買ったな、呪われるぞ』なんて辛辣な言葉を投げかけられました。生野の下町なのですごい噂が出回っていて……」
亀澤社長を困惑させたのが、月命日に玄関先に置かれる「お供え物」だ。誰が置いているのかは分からない。おそらく被害者の知人や、世話になった人なのだろう。花束やお菓子、飲食物が毎月、置かれた。
「2年、いや3年近く続きましたね。善意でやってくれているのは痛いほど分かるんです。でも、新しい所有者としては、いつまでも『ここは殺人現場です』とアピールされているようで……。張り紙するわけにもいかないですし、勝手に処分していいのかも悩み、スタッフと『置いてもらっては困るとは言えんよな』と頭を抱えました」
事故物件の再生とは単に建物を直すだけでなく、地域に残る「記憶」や「感情」とも向き合い続けることを意味する。いま、最も懸念しているのが、子ども食堂の運営における根源的な課題だ。
どうすれば孤立を防げるか
「役所の方や社協(社会福祉協議会)の方とも話したんですが、本当に支援が必要な家庭の子どもや親御さんほど、子ども食堂には来ないんです」
貧困家庭だと思われるのが嫌だ、近所で噂になるのが怖い、いじめられるかもしれない――そんな恐怖心やプライドが壁となり、本当に必要としている家庭に支援が届いていないのだ。
その一方で、中流以上の家庭の親が「タダだから」と子どもを預け、自分はママ友とお茶に行ったり、酷いケースでは不倫の時間に充てたりするという話も耳にするという。
「ご飯がない子は、店の前を何度も行ったり来たりしている。積極的にこちらから声をかけて誘わないと入って来ない。社会的孤立を防ぐ手立てが必要なのです」
自治体もこの問題に対して明確な答えを持っていない。亀澤社長が子ども食堂を運営する理由は「扉を開く何かのヒントがつかめるかもしれない」と思ったからに他ならない。
「社会的孤立は、ある日突然起こるわけではありません。離婚、借金、失職など、何らかのきっかけがあって徐々に孤立していく。そして最後は、誰にも知られずに亡くなっていく。そんな現場ばかり見てきました。
役所の方や民生委員と見守り活動をしていますが、見守る側も今は高齢化してきて大変なんです。実際に見守りに行くと、頑固な方も多くて『俺なんか見守らんでもええわ』とか、『お前らの世話にはならんわ』と文句を言われます。いわゆる見守りの拒否です」
孤立する前に何とか止める手段はないか。そう考えた時に、近所の人たちが“触れ合える場”を思いついた。
「子ども食堂のような子どもが集まる場を作れば、自然と大人も集まるじゃないですか。今日も親御さんがたくさん来ていましたけど、これを縁に親御さん同士も知り合いになる。出入りしていたお子さんたちが大人になった時に、『そういえば、子どもの時にあんな場所あったな』と思い出す。ひとりひとりの孤立を防ぐためにも、子ども食堂は必要だと思います」
大事なのは、孤立する前のセーフティネットだ。大人の目が行き届くコミュニティが誕生すれば、孤立を防げるかもしれない。
「資産価値はゼロに近いかもしれないけれど、この場所が地域にとって必要な場所になれば、社会的価値は計り知れないじゃないですか」
かつて凄惨な事件があった場所は、地域の人々をつなぎとめる「命のセーフティネット」として新たな時を刻み始めている。
取材・文・写真:加藤慶
