「今の時間は何だったんだ」と隼澄さんは“その時”を振り返る

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【前後編の後編/前編を読む】自称“愛妻家”なのに…50歳夫はなぜ不倫の沼に落ちたのか 「反省はある。でも妻を愛しているからこそ」の言い分

 「愛妻家」を自任する岡村隼澄さん(50歳・仮名=以下同)だが、現在、妻の美枝子さんとの関係はギクシャクしている。もともと大学の同級生だった2人の関係は、隼澄さんのひと目惚れから始まった。しかし、束縛されたくない美枝子さん彼からのアプローチをかわし、なかなか交際には至らなかった。転機は卒業後、就職先の人間関係で美枝子さんが悩んだことだった。隼澄さんが相談に乗るうちに2人は急接近し、27歳のときに結婚、男女の子に恵まれた。幸せな家庭を築いた隼澄さんだったが、今から2年前、夫婦に大きな試練が訪れた――。

「今の時間は何だったんだ」と隼澄さんは“その時”を振り返る

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 美枝子さんに大きな病気が見つかったのだ。出張が続き、まだコロナ禍ということもあって、その年の会社の健康診断を受けることができなかった。できるだけ早く会社が提携している病院で受けるようにと言われたのだが、忙しさにかまけて受け損なった。翌年、健康診断でひっかかった。

「なんとなく体がだるいとは言ってたんですよね。疲れがたまっているのかなあ、もう更年期だしと言うことも増えた。健康診断でひっかかり、精密検査を受けたところ大病が見つかりました。大学病院を紹介され、意気消沈している美枝子に僕も付き添いました」

 その結果、いきなりの余命宣告。もってあと1年、手術はできないと言われてしまった。美枝子さんは、それでも医師に食らいついていたが、隼澄さんはその場でふらついて倒れそうになり処置室に運ばれたという。

「どうして私が倒れないで隼澄が倒れるのよと美枝子にあとから怒られましたが、それくらいショックだったんですよ」

 化学療法について説明されたが、それがどのくらい効果のあるものなのかはわからない。美枝子さんはセカンドオピニオンをとったが結果はたいして変わらなかった。

泣きながら妻に抱き着いて…「バカですよね」

「さてどうしようと美枝子は落ち着いて言いました。僕は宣告されたあの日から食べるものも喉を通らない状態で。『しっかりしなさいよ』と美枝子にどやされても、どうしたらいいかわからなかった。美枝子は『今はまだ、子どもたちには言わないで』というから、なんとか普通に暮らそうとしたけど、ほんと、あのときは常に頭がこんがらがって、すぐに涙があふれてきて。完全に混乱していましたね」

 美枝子さんは自分で医師と話し合い、新薬も含めた化学療法を受けることに決めた。もちろん仕事も続けていく。効くかどうかわからなくても、それに賭けると言った彼女の顔は覚悟を決めた表情だった。

「『大丈夫、私は生き抜くから』と彼女が言ったとき、僕はビービー泣きながら抱きついてしまいました。まったく情けないんですが、彼女を支えなければなんて思わなかった。美枝子に救ってほしかった。バカですよね……」

 彼は会社に妻のことを伝え、重要な仕事からしばらくはずしてもらえるように取り計らってもらった。決定事項の多い仕事ではなく、下支えするような仕事に変わったという。

「精神的に耐えられなかった。子どもたちには美枝子が病気だとは伝えたけど、その重大さは伏せようと思ったんです。でも妻は、私が覚悟を決めたのだから子どもたちにも話したほうがいいと考えを変えた。ある日、夕飯後になにげなく『私、病気になっちゃった』と話し始めた。さすがに余命宣告のことは避けましたが、何があるかわからないけど、とりあえずは今まで通り暮らしていくと力強く言ったんです。当時、大学生の息子は、わかった、僕も協力すると言い、大学受験を控えていた娘は泣いていました。美枝子は『泣くな! 泣いていても始まらないの。私は闘うからね。あなたも闘いなさい、自分と』って。強いですよね」

 その状況を見ながら隼澄さんは号泣。子どもたちからも「いちばん心配なのはおとうさんだ」と言われた。

女性から声をかけられそのまま…「今の時間は何だったんだ」

 数日後、仕事で外出、そのまま直帰しようと繁華街を歩いていると女性から声をかけられた。

「なんだかわからないけど、ふらふらとその女性のあとをついてホテルへ行ってしまったんです。はっと我に返ったのはホテルを出てから。え? 女性に誘われてそういうことをしてしまったのか、今の時間は何だったんだ……って」

 我ながら何がなんだかわからなかったが、知らない女性とそういうことをしてしまったのは確かだった。自分の精神状態が危ないのか、あるいは今のことで救われたのかも定かではなかった。

「僕の中では、なにもなかったことにしようと思ったんでしょうね、たぶん。妻の治療が始まってからも、僕はなんだかふわふわした日常を送っていました。いろいろなことに現実感がないんですよ。ただ、美枝子を失うかもしれないという思いだけがぐるぐるしていて。しっかりしなくちゃとは思うけどしっかりできない」

 美枝子さんは通院と仕事をみごとに両立させていた。つらいときもあるはずなのに、つらいとは一言も言わなかった。美枝子さんは夫を頼らなかったのか、頼れないと思ったのかはわからないが、ひとりでどれだけいろいろな思いを抱え込んだのかは想像に難くない。

「治療が進んだころ、さすがの美枝子も、医師と相談して少しの間、入院することを決めました。体力がなくなっていた。体力を蓄えて再度、治療を開始することとなったんです。宣告されてから3ヶ月がたっていました」

「僕は美枝子がいないと生きていけない」

 70代半ばになる隼澄さんの母は心配して、泊まりがけで家事をしてくれた。子どもたちも「おとうさんが頼りならないから、おばあちゃんが来てくれてよかった」と言ったそうだ。申し訳ないと思いながらも、隼澄さんは自分を立て直すことができなかった。面会に制限はあったが、隼澄さんは毎日、美枝子さんを見舞った。

「美枝子が『なんだかんだ言っても、私は隼澄と結婚してよかったと思ってるよ』『いつもありがとう。隼澄のおかげで私は私でいられる』なんて言うわけですよ。もうそれだけで僕は泣いてしまう。しっかりしろと言われても無理。『僕は美枝子がいないと生きていけない』と訴え続けました」

 医師からは「あとは本人の気力と、治療を続けられる体力があるかどうか」という話もあった。最終的にはホスピスへという話題まで出た。医師は妻の行く末を「死しかない」と思っているように感じられて反発を覚えたが、実際にそれほど美枝子さんの状態はよくなかったらしい。

気晴らしに出かけた同窓会で

 そのころ隼澄さんは、大学時代の仲間にさえ会えなかった。美枝子さんの病気のことを話す気にはなれなかったが、会えば話して泣いてしまうこともわかっていたから。だが、地元で中学の同窓会があると聞き、そこに足を運んでみた。どんより重い日常から、少しだけ離れてみたかったのだ。

「当時、好きだった真理と再会できてうれしかったですね。一次会が終わったあと、彼女と抜け出してふたりで1杯飲みに行ったんです。彼女は離婚していて、ひとりで子どもを育て上げた。子どもは独立したものの、今度は老親を抱えて大変らしくて。そういえば昔から、クラスのまとめ役でひとりで苦労を背負うタイプだったよなあと思ったら、なんだか急に彼女への気持ちが高まってきちゃって……」

 決してアグレッシブなタイプではない彼が、なぜか「野生」になってしまったらしい。彼は熱心に真理さんを口説き、そのままホテルへと行った。

「町で声をかけられて“浮気”したことで懲りていたはずなのに、同級生の真理への思いを遂げれば、前のことも帳消しになるみたいな気がしていた。それ以上に、中学のときは僕の片思いだったから、忘れ物を回収するような気持ちもあったのかもしれない。いや、いろいろ言い訳しても、そのとき彼女に対して欲情してしまっただけなのかなあとも思うし」

 瞬発的な情欲が発動されてしまったのか、片思いの記憶が刺激されたのか。いずれにしても彼は彼女と「ひとつになりたい」という欲に負けた。

「帰りに彼女が『なんだかわからないけど、これでしばらくがんばれそうな気がする』と笑顔を見せたんです。僕も同じように思っていた。『またね』と言って別れたけど、たぶんもう会わないだろうと僕は思っていた。ひどいヤツですよね」

予想外の展開が

 だがそれから1ヶ月後、彼は連絡を受けて彼女に再会している。なんのことはない、ありていに言えば不倫関係が継続されたのだ。

「ちょうどそのころ妻の治療が再開されて、僕の不安もピークに達していました。だけどその後は意外な展開が待っていたんです」

 再開された治療が予想以上に効果を見せた。効果があったと知ったとたん、隼澄さんは急に元気になっていく。そしてそれから半年、紆余曲折を経たものの、美枝子さんは劇的によくなった。

「医者も信じられないと言ったくらい。激動の1年だったけど寛解となったんです。美枝子は僕の顔を見て、『だから勝つって言ったじゃない』と勝ち誇ったように笑いました。子どもたちも僕も号泣、僕の母親も美枝子に抱きついて喜んでくれた。美枝子は『お義母さんのおかげでどれだけ助かったか』と初めて泣いた。ああ、美枝子はどんなときも泣かなかったのに、感謝で泣くんだと僕もうれしくなってまた号泣」

 美枝子さんは結局、仕事も長期は休まず、なんとか続けたし、入院したときも病室にパソコンを持ち込んでいた。新薬が劇的に効いたこと、さらに仕事への情熱、子どもたちへの強い愛など生き抜く気力がとんでもなく強かったのだろうと医師は言った。

「これで一段落、ホッとして日常を取り戻しました。よく考えると、いちばん参っていたのは僕だったかもしれない。その後、僕、2週間くらい入院したんです。全身疲労みたいになっちゃって」

だが“無傷”ではすまず…

 そのころ、真理さんからよく連絡があったのだが、彼は返事をしなかった。真理さんにまで気が回らなかったのが本音だという。美枝子さんが元気になったから真理さんには用がなくなったということなのだろうか。

「そんなつもりはなかった……。でもそう思われてもしかたがないですよね。結局、真理とは4、5回会った。でもそれきり。ひどいことをしたと思っているけど、どうしても連絡をする気にはなれなかった。継続するつもりがなかったから。大人同士だし、僕が結婚しているのは知っているのだから、真理もあきらめてくれると思っていたんです」

 ところが真理さんにとっては、隼澄さんが「生きる希望」だったのだ。だから執拗に連絡を寄越した。そしてそれがついに美枝子さんに疑念を抱かせた。

「『隼澄、ごめん。携帯見ちゃった』とある日、美枝子に言われました。『こういう人がいるんだったら私たち、別れよう。もう私も大丈夫だし、気にしなくていいから。彼女のところへ行ってあげて』と。そうじゃないんだと言っても、美枝子は『人は自由でいるべきだと思う。私がそう思ってるのは隼澄も知ってるでしょ』って。だから違う、そういうことじゃないんだと、自分の当時の気持ちをすべて白状しました。町で拾われた話はしませんでしたけど」

手紙を書いて妻に説明

 感情をきちんと言葉にするのは苦手だったが、隼澄さんは必死で説明した。言葉が足りなかったから美枝子さんに手紙も書いた。自分がいかに美枝子さんに頼っていたか、美枝子さんを愛しているか。その気持ちがあったからこそ、弱い自分は真理さんに救いを求めてしまった、真理さんを悪く言うつもりはないがたぶん、お互いに誰でもよかったのだと思うと。すべてが本音だった。

「『隼澄の弱さはわかっている。弱いのはいいけど、ずるいのは嫌なんだよね』と美枝子に言われました。確かに僕はずるかった。でも僕の気持ちは変わらない。僕が愛するのは美枝子だけなんだと言い続けています」

 彼の気持ちは変わらなくても、彼のしたことによって美枝子さんの気持ちは変化したはずだ。今でもかつてと変わりない信頼関係を築けているとは思えない。だが、それも理解した上で、「美枝子だけを愛している」と隼澄さんは毎日、言い続けている。今のところ、離婚という話にはなっていないが、美枝子さんを傷つけたことについて、彼はどういう償いをしたらいいかわからないと力なくつぶやいた。

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 妻を愛しているからこそ、失うかもしれない重圧に耐えられず、不倫をしてしまった――隼澄さんの言い分はこういったところだろうか。それを美枝子さんが赦すかどうかはわからないが、【記事前編】で紹介した2人のなれそめを振り返れば、彼の想いの強さはうかがえる。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部