雨が降らないのに豊作? エジプトを潤したナイル川の秘密【眠れなくなるほど面白い 図解 古代エジプトの話】

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氾濫するナイル川が文明を支えていた

砂漠でも水に困らなかった

古代エジプトは、アフリカ大陸北東部を流れるナイル川沿い、アスワンのあたりから北の地中海に面したデルタ地帯までの地域です。国土の90%以上が砂漠で、緑地はナイル川流域と西部に点在するオアシスだけという不毛の地でした。そんな地域でありながら、文明が栄えたのは、ナイル川のおかげといえるでしょう。

ナイル川は、毎年6月の夏至の頃から増水が始まり、9月中旬から10月にかけて最高水位に達しました。そのために雨が降らなくても水に困らず、川底から運ばれる地味豊かな沃土が土地を肥やし、穀物を育てることができました。

氾濫原は「ケメト(黒い土地)」と呼ばれ、大麦やエンマーコムギ、インゲン豆など多くの作物が育ちました。豊作の年には、収穫して余った穀物を備蓄して、洪水干ばつによる飢饉に備えました。

一方、ナイル川の東西に広がる乾燥地帯の砂漠は、「デシェレト(赤い土地)」と呼ばれました。この砂漠の高地には石灰岩や砂岩などの岩盤があり、建造物の石材として採掘されていました。また、東部砂漠の山脈では鉱物も採掘されました。

ギリシアの歴史家ヘロドトスが自著の『歴史』で、「エジプトはナイル川のたまもの」と述べたように、恵まれた環境での農業が経済基盤を安定させ、繁栄をもたらせたと考えられます。

古代エジプト文明はナイル川に沿って栄えた

エジプト:メンフィス~アスワンあたり/下エジプト:メンフィス~アレクサンドリアあたり。

東部砂漠には南北に標高2000メートルの山脈があり、鉱物を採掘することができた。
紅海沿岸地域には港があり、交易がさかんだった。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 古代エジプトの話』著:河合 望(エジプト学者・考古学者/筑波大学人文社会系教授)