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キャデラック(1959年)

この特徴的なテールライトがどのクルマのものか、推測するのは簡単だろう。もちろん1959年のキャデラックだ。ロケットのようなこの象徴的なテールフィンは、戦後の米国車の過剰なデザインの極致であり、当時の華やかなムードを完璧に捉えていた。地面から約1.2mの高さにそびえ立つテールフィンに、ジェットエンジンの排気口を思わせる弾丸型のツインテールライトを組み合わせている。これは宇宙旅行や未来的なデザインに対する当時の国民の憧れを反映するものだ。

【画像】アメリカン・スポーツの代名詞的存在【シボレー・コルベット(C4)を詳しく見る】 全24枚

クロームと過剰デザインの全盛期であり、キャデラックの斬新なフィンは威信と豪華さを紛れもなく主張する存在であった。


キャデラック(1959年)

フォード・サンダーバード(1965年)

60年近く経った今もこのように美しさを保っていることから、この1965年式フォード・サンダーバードは明らかに大切に扱われてきたことがわかる。かつての所有者が錆の進行を抑えようと努力したにもかかわらず、腐食を止めることはできずに深刻化してしまったようだ。

第4世代のサンダーバードは1964年にデビューしたが、当初計画されていた主要な装備の一部は1965年まで採用されなかった。それはディスクブレーキや、特徴的なシーケンシャルウィンカーなどだ。


フォード・サンダーバード(1965年)

ハドソン・ホーネット(1955年)

鮮やかなピンクと白のツートンカラーが目を引くこのハドソン・ホーネット・ホリデー・ハードトップは、全盛期には人々の注目を集めたに違いない。しかし、長年の酷使や放置を経て、今やその姿は大きく変わってしまった。

これは1955年式、2代目ホーネットの初期モデルだ。先代とは異なり、「ステップダウン」プラットフォームではなくナッシュの設計を基に開発された。当時は直列6気筒またはV8エンジンから選択可能だったが、この個体ではすでに取り外されている。


ハドソン・ホーネット(1955年)

ダッジ・コロネット(1958年)

リアサスペンションが壊れ、タイヤもパンクした1958年式ダッジ・コロネット4ドア・セダンは、今や巨大なリアオーバーハングをミネソタの土の上に横たえている。コロネットはエントリーモデルであり、3.8L 6気筒エンジンを搭載し、新車当時はわずか2410ドルで販売されていた。

その上位にはロイヤルとカスタム・ロイヤルが位置し、最上級モデルのリーガル・ランサーも同年の春にデビューした。


ダッジ・コロネット(1958年)

デソート・ファイアドーム(1953年)

1952年に発売されたファイアドームはデソートのフラッグシップモデルで、4種類のボディスタイルが用意され、ヘミV8エンジンを標準装備していた。最高速度は約160km/hに達し、0-97km/h加速は13秒未満であった。

青色の塗装と比較的錆の少ないボディが特徴で、周囲の茶色一色のクルマの中でひときわ目立つ存在だ。1953年に生産された4ドア・セダンは6万4211台で、そのうちの1台である。


デソート・ファイアドーム(1953年)

フォード・ランチワゴン(1959年)

1959年、フォードは宿敵シボレーから販売台数首位を奪いかけ、わずか1万1187台差にまで肉薄した。ランチワゴンにとっても好調な年であり、販売台数は前年の6万2432台から11万2927台へと急増した。

ランチワゴンは1952年から1974年までフォードのラインナップの主力であり、1963年と1964年を除き全期間フルサイズ車として販売された。


フォード・ランチワゴン(1959年)

シボレー・モンテカルロ(1977年)

この1977年式シボレー・モンテカルロはエンジンとトランスミッションが失われている。ボディは深刻な損傷を受け、内装もボロボロのため、あまり良い状態とは言えない。1988年から1995年まで生産が中断されたものの、この2ドア・クーペは1970年から2007年までシボレーの主力車種として活躍した。モンテカルロの販売台数は1977年にピークを迎え、同年40万台以上が売れた。


シボレー・モンテカルロ(1977年)

マーキュリー・モントレー(1953年)

この1953年式マーキュリー・モントレーは、フレンチレイク・オートパーツの入口付近の舗装された場所に置かれている。おそらく入荷したばかりで手続き待ちなのか、あるいはすでに新たな所有者を見つけ、納車の準備を整えているのかもしれない。エンジンは欠けているが、それ以外は比較的良好な状態で、ボディや内装の大部分はそのまま残っている。1953年、マーキュリーはこの最上級モデルを15万6339台生産し、うち7万6119台が2ドア・ハードトップだった。


マーキュリー・モントレー(1953年)

ポンティアック・ボンネビル(1983年)

この1983年式ポンティアック・ボンネビルは、フレンチレイク・オートパーツの中でひときわ目立つ存在だ。もっとクラシックなクルマに囲まれて、どこか場違いな印象さえ受ける。とはいえ、出荷から40年以上もの時を経た今、貴重な存在であることは間違いない。この4ドア・セダンは約4万7000台生産され、つい最近まで米国の街角の至る所にいるように感じられた。

しかし、この時代の多くのクルマと同様、時間の流れと錆に侵され急速に姿を消しつつある。こうして見つかることはめったにないが、かつて一般的だったクルマが記憶と道路からいかに早く消え去ってしまうかを改めて思い知らされる。


ポンティアック・ボンネビル(1983年)

シボレー・ベガ(1974年)

シボレー・ベガは1970年に登場し、流線形のデザインとスポーティなキャラクターで注目を集めた。コンパクトカーでありながら高い性能を持つと謳われ、手頃な価格で性能の良いクルマを求める若年層をターゲットにしていた。ベガは瞬く間に人気を博し、1970年代の米国自動車文化を象徴する存在となった。

しかし、品質問題が表面化するにつれ、初期の熱狂は冷めていった。腐食、エンジントラブル、リコールが相次ぎ、ベガの評判は傷ついてしまった。この個体は1974年式と思われる。


シボレー・ベガ(1974年)

リンカーン・コスモポリタン(1950年)

1950年はリンカーンにとって悲惨な年だった。総販売台数は前年の7万3507台から2万8190台に急落したのだ。発売2年目にあたる高級車コスモポリタンも深刻な打撃を受け、販売台数は3万5123台からわずか1万692台に激減した。4車種のラインナップ中で最も売れたのは4ドア・セダンだったが、それでも8332台にとどまった。


リンカーン・コスモポリタン(1950年)

ビュイック・スカイラーク(1969年)

流線形デザインが特徴の2代目ビュイック・スカイラーク(1968-1972)は、2ドア、4ドアの両モデルでセミファストバックスタイルを採用した。この1969年式の4ドア・セダンは、意図せず押しつぶされたリアエンドにより、さらに流線形を強調する姿となった。

新車当時は5.7L V8エンジンを搭載し、3644ポンド(1656kg)の車重で0-97km/h加速11秒を実現した。この個体は錆びたリアフェンダーから数ポンド減量したため、少し速くなっているかもしれない……。


ビュイック・スカイラーク(1969年)

キャデラック・シリーズ60(1946年)

ピラーに施された5枚の装飾用クロームルーバーが、かつて豪華だったキャデラック・シリーズ60スペシャルの威容を物語っている。1946年のモデルで、戦前に開発された1942年モデルからほぼ変更はない。主な改良点はフロント部分で、グリルデザインが若干変更されたほか、新しいバンパーが採用され、キャデラックのエンブレム下に「V」の文字が追加された。隣の黒い個体は1年新しいモデルと思われる。

新車当時の価格は3054ドルと高額だった。参考までに、当時の一般的な住宅価格は5150ドル、平均年収はわずか1100ドルだった。


キャデラック・シリーズ60(1946年)

シボレー・コルベット(1988年)

この1988年式シボレー・コルベットC4は、文字通り車体の半分しか残っていない。残念ながら、5.7L V8エンジンは影も形もない。しかし、残された部分は驚くほど良好な状態を保っている。1983年から1996年にかけて、約35万8000台のC4コルベットが生産され、コルベット史上2番目に人気の世代となっている。最も人気が高いのは、54万2861台という驚異的な生産台数を誇るC3である。


シボレー・コルベット(1988年)

ポンティアック・ベンチュラ

1970年代のポンティアック・ベンチュラ4ドア・セダンは熱心なファンが少ないため、この個体がここまで長期間残っているのは意外だ。エンジンとトランスミッションは取り外され、内装はミネソタの気候に荒らされ、ボディパネルもほとんど歪んでしまっている。残りの寿命もそう長くはないだろう。

ベンチュラは1960年から1977年までポンティアックのラインナップに存在したが、他車ほどの人気は得られなかった。


ポンティアック・ベンチュラ

カイザー(1954年)

この個体が出荷された1954年頃、カイザー社は急速に衰退していた。1951年には13万9452台を販売したが、1954年にはわずか8539台に激減。翌年には生産が中止された。1946年から1955年までの10年間で、カイザーは約76万台を生産した。フレンチレイク。オートパーツには、現存するカイザーモデルが少なくとも10台保管されている。


カイザー(1954年)

ビュイック・スペシャル(1957年)

「コレクター(Collector)」というナンバープレートが装着されていることから、このビュイックはごく最近まで公道を走っていたことがうかがえる。ホワイトウォールタイヤは4本ともまだ空気が入っている。1957年式ビュイック・スペシャル、4ドアのリビエラ・ハードトップだ。新車当時、この美しいクルマには2780ドルの値札が付けられ、5万台以上が販売された。


ビュイック・スペシャル(1957年)

スチュードベーカー・プレジデント(1957年)

1957年当時、スチュードベーカーのフラッグシップモデルであるプレジデントは終焉を迎えようとしていた。同社がコンパクトカーのラークに注力する中、プレジデントは翌年まで生産を続け、その後廃止となった。販売台数は1万台に満たず、最終年にはさらに半減した。


スチュードベーカー・プレジデント(1957年)

シボレー・ワゴン(1957年)

エンジンは取り外されているようだが、この1957年式シボレー210 2ドア・ハンディマン・ワゴンは、貴重なスペアパーツの宝庫となっている。1957年、シボレーは20車種で156万台という驚異的な販売台数を記録したが、フォードの168万台には及ばなかった。このラインナップの中で、210ハンディマン・ワゴンは不振モデルの1つであり、わずか1万7996台しか売れなかった。


シボレー・ワゴン(1957年)

クライスラー300(1968年)

1968年式クライスラー300コンバーチブルは、生産台数わずか2161台という希少性から、状態の良い個体であれば非常に収集価値が高い。残念ながら、この個体は完璧とは程遠く、激しい追突事故で走行不能となったようだ。それでもなお、十分な数のスペアパーツが残されている。


クライスラー300(1968年)

デソート(1946年)

1946年式のデソートやその他のアメリカンクラシックカー向けの入手困難な希少パーツを探しているなら、フレンチレイク・オートパーツがおすすめだ。ユニークでヴィンテージな車両を数多く取り扱っており、探しているパーツもきっと見つかるだろう。電話で問い合わせたり、ウェブサイトを閲覧したりするのも良いが、機会があれば一度、現地を訪れてみてほしい。

原文:Will Shiers(ウィル・シャイアーズ)


デソート(1946年)