RSK

写真拡大

2022年11月、当時中学3年生だった岡山県倉敷市の梶谷恭暉(かじたに・みつき)さんが行方不明になり、13日で1年になります。帰りを待ち続ける恭暉さんの家族。母親が、今の息子への思いを語ってくれました。

【画像と合わせて記事を読む】「何かの手掛かりになれば」母親が提供してくださった恭暉さんの写真・画像

玄関で物音がしたら、息子が「帰って来たかな」と

(梶谷恭暉さんの母親)
「自分の子どもが行方不明になると思っていなかったので、まず現実を受け入れられなくて。ご飯を食べられなくって、髪の毛がいっぱい抜けたりとかした」

「だいたい家に帰ったら『かあちゃん腹空いた』と言うんで。玄関で物音がしたら帰ってきたかなと思ったりする」

「思い出すんですけど…会いたいですね」

1年前「塾に行く」と自宅を出たのを最後に行方不明に

行方不明になっているのは、当時中学3年生だった岡山県倉敷市の梶谷恭暉さんです。去年11月13日の午後2時半ごろ、家族に「塾に行く」と言って自宅を出たのを最後に、行方が分からなくなりました。

その後、最寄りのJR倉敷駅付近で自転車が発見され、広島県三原市では防犯カメラの映像に、恭暉さんとよく似た人物が移動している姿が映っていました。

さらに翌日の14日には尾道市の生口島の路上で、恭暉さんのスマートフォンと本が見つかっています。母親によると、当時の所持金は1万円ほどだったといいます。

中学卒業を前に進路のことで悩んでいたといいますが、いなくなってしまった理由は分かっていません。

いなくなったその日 母は唐揚げを作って待っていた

(梶谷恭暉さんの父親)
「スマホが路上に置いてあって、それ以降の足取りが分からなくなっています」

両親はこの1年、目撃情報があった岡山・広島・愛媛県内でチラシを配り、情報提供を呼び掛けてきました。

(梶谷恭暉さんの母親)
「人を探しています。見かけられたら警察へ連絡を」

公開捜査を行う倉敷警察署に寄せられた目撃情報は、きのう(8日)までに150件。しかし有力な手掛かりはなく、当初は月10件あった提供件数も最近は1~2件にまで減っています。

3月で15歳になった恭暉さん。寄せ書きをくれた同級生たちは中学校を卒業しましたが、母親の時間は止まったままです。

(梶谷恭暉さんの母親)
「去年11月13日の夕方は、恭暉の好きな唐揚げを作っていたんですよ。最近ずっと唐揚げを作っていなかったので、山盛りを作って待っていたんですけど、もうちょっと好きなものを作ってやれば良かったなとか」

「やっぱり、お母さんを思い出して帰ってきてほしいなというのがあって…」

「今は目撃情報が全然ない状態で、今度はどこに探しに行っていいか、活動自体ができない状態にあるので、ご協力をお願いしたいと思っています」

母のスマホに残された恭暉さんの動画「僕は元気です」

息子との再会を信じて…最後に母親は「何かの手がかりになれば」と、恭暉さんの姿を映したスマートフォンの動画を見せてくれました。

行方不明になる8か月前・恭暉さん14歳の誕生日と、曾祖母にあてたメッセージです。

(母親)「誕生日、おめでとう」
(恭暉さん)「ありがとう」

(恭暉さん)
「おばあちゃん、元気にしていますか?梶谷恭暉です。僕は元気です」

「宿題とか結構やらないといけないことが多いけど、日々頑張っています。そちらも頑張ってください」

恭暉さんが「もしこの記事を見ていたら、電話でもメールでも連絡して」

梶谷恭暉さんは、身長1メートル70センチくらい。行方不明になった当時、黒色の長袖に白または灰色の長ズボン、カーキ色のサンダルを履いていました。

情報提供は、倉敷警察署・生活安全課
086-426-0110までお願いします。

母親は、恭暉さんが
「もしこの記事を見ていたら、電話でもメールでもいいから連絡だけでもしてほしい」、とも話していました。

恭暉さんの母親は11月14日にJR倉敷駅で、倉敷警察署の署員とともにチラシを配り、情報提供を呼び掛けることにしています。