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R129型SLへ影響を受けたACカーズ

1980年代後半に生じた世界的な株価暴落、ブラックマンデーに襲われても、当時の富裕層には高価な2シーター・ロードスターを購入する余裕があった。端正なスタイリングの4代目メルセデス・ベンツSLは、多くの人を魅了した。

【画像】メルセデス・ベンツSLとAC ブルックランズ・エース 最新AMG SLと今も現役のコブラ 全107枚

3代目を大きく上回る価格がR129型のSLへ設定されていたものの、ベルリンの壁が崩壊したドイツで、毎年2万台前後が生産された。株式市場が混乱に陥る傍ら、メルセデス・ベンツのディーラーには注文が止まらなかった。同社の目論見通りといえた。


ダークグリーンのAC ブルックランズ・エースと、ダークブルーのメルセデス・ベンツ500 SL

成功者の象徴といえるような、オーナーを満たすグランドツアラーだった。ライバルはほぼ不在といえ、英国には年間1200台が割り当てられたが、納車待ちは最長4年に達したという。

現存する英国最古の自動車ブランドが、それに影響を受けたとしても不思議ではない。ACカーズを買収し、フォードから許可を得ながらコブラ Mk IVを生産していた当時のオートクラフト社にとって、事業を拡大する絶好の機会といえた。

ところが、新モデルの生産ではフォードと対立。「AC」ブランドの利用を認める裁判に500万ポンドを支払い、4年が費やされたが、オートクラフト社を創業したブライアン・アングリス氏の意志は最終的にカタチとなった。

アストン マーティンのように作られたTVR

果たして、1993年のロンドン・モーターショーでブルックランズ・エースは発表された。4.9L V型8気筒エンジンと後輪駆動のシャシーは、英国のインターナショナル・オートモーティブ・デザイン社がスタイリングしたボディで包まれていた。

ドアミラーはシトロエンCX、ヘッドライトはBMW 3シリーズ、ドアハンドルはフォード・フィエスタ由来だったが、まとまりのある仕上がりを得ていた。当初はフォード製V6エンジンに、四輪駆動システムを搭載したモデルが想定されていたという。


AC ブルックランズ・エース(1993〜1997年・1997〜2000年/英国仕様)

以前から、フォード由来のメカニズムをコブラ Mk IVへ利用してきたオートクラフト社にとって、実績のある既存部品を用いることは自然な選択肢だった。開発費用を抑えられ、信頼性が担保され、部品を入手しやすいというメリットがあった。

SLが定義した、高性能で多目的な高級スポーツカーが目指されていた。「実用的なスポーツカーの頂点へ位置するSLのような、普段使いできるクルマです」。と、1992年にオートクラフト社へ加わったジョン・ミッチェル氏は振り返っている。

「SLに接近することができれば、1つ大きな目標を達成したといえます。しかし、クラシカルな英国製ロードスターでもあります。アストン マーティンのように作られた、TVRと呼んでも良いでしょう」

彼は、フォードのスペシャル・ビークル・エンジニアリング部門から移籍してきた腕利きの技術者。高性能モデルに対する経験は豊富だった。

グラマラスな容姿へ期待通りのエネルギー

フォード製V8スモールブロック・エンジンから不足ないパワーを引き出すことは、ミッチェルにとって朝飯前といえた。吸排気系に改良を加え、4942ccの排気量から、 263ps/5250rpmの最高出力と44.1kg-m/3250rpmの最大トルクを導いた。

トランスミッションは、ボルグワーナー社の5速マニュアルか4速オートマティック。リミテッドスリップ・デフが標準装備で、高速ツーリングに適した高めのギア比が設定されていた。


AC ブルックランズ・エース(1993〜1997年・1997〜2000年/英国仕様)

ダークグリーンのブルックランズ・エースを、一般道へ放つ。グラマラスなスタイリングへ期待通りのエネルギーを、V8エンジンは生み出す。やや重めのステアリングホイールや、ダイレクト感のあるペダルなどが滑らかに動き、想像以上に手懐けやすい。

発進時から明らかな熱意を感じる。アメリカンV8らしい唸りを轟かせながら、猛然とダッシュする。重くないボディを地平線まで吹き飛ばしそうなほど、加速は鋭い。

右足の力を緩めれば、レザーとスウェードで満たされた、柔らかなラインのインテリアに見合った走りを楽しめる。着座位置は低い。しかし、開発時間の短さは隠せない。

コーナリング時の負荷が高まると、ソフトなサスペンションは底づきしてしまう。リアアクスルは、耐えきれなくなるとスキップするように跳ねる。フロント側も、落ち着きが充分ではない。

それでも、衝撃は驚くほど抑えられている。幅が9インチ(約230mm)もあるサイドシルを備えた、高剛性なステンレス製モノコック構造のおかげだろう。

天才技術者による新たなモデル群の1つ

快適さを保てる領域にある限り、ブルックランズは上級グランドツーリング・ロードスターらしい、特別な印象をドライバーへ提供してくれる。部分的に洗練性が不充分で、アストン マーティンよりTVRの方へ近いが。

シャシーバランスは優れ、特性はマイルド。ディフレクターなしでルーフを開いても、車内は乱気流に悩まされない。技術的な水準は低くなく、小さな弱点を忘れさせてくれる。


ダークブルーのメルセデス・ベンツ500 SLと、ダークグリーンのAC ブルックランズ・エース

R129型の500 SLへ乗り換えると、着座位置が高く感じられる。複雑な技術が盛り込まれ、必要とされたドライビングポジションだといえる。製造品質は明確に高く、デザインは端正で、登場から30年以上を経ても訴求力を否定することはできない。

メルセデス・ベンツの伝統に則り、取締役会の役員でもあった技術者の主導で、綿密に設計されている。投じられた開発期間は10年で、スタイリングのアイデアは20種。最終的にヨハン・トムフォード氏のスケッチが採用され、118台の試作車が作られた。

お披露目は、1989年のスイス・ジュネーブ・モーターショー。電動でスムーズに開閉するソフトトップが、来場者の目を釘付けにした。横転時に自動的に立ち上がるロールバーを備え、開発費の潤沢さを知らしめた。

設計を率いたのは、1981年のW201型190クラスと、1986年のW124型ミディアム・クラスを生み出した、ヴォルフガング・ピーター氏とヴェルナー・ブライトシュベルト氏。R129型は天才と呼べる彼らによる、新たなモデル群の1つといえた。

この続きは後編にて。