近年は月に着陸した宇宙飛行士の滞在拠点となる月面基地の建設計画が議論されるようになっていますが、月面は健康に長期的な悪影響を及ぼす可能性がある宇宙放射線量が高く、寒暖差がセ氏280度を超えるという過酷な環境です。そんな月面基地の建設スポットとして、「月の溶岩洞」が有望な候補地に挙げられています。

Thermal and Illumination Environments of Lunar Pits and Caves: Models and Observations From the Diviner Lunar Radiometer Experiment - Horvath - 2022 - Geophysical Research Letters - Wiley Online Library

https://doi.org/10.1029/2022GL099710

UCLA scientists discover places on the moon where it’s always ‘sweater weather’ | UCLA

https://newsroom.ucla.edu/releases/places-on-moon-where-its-always-sweater-weather

Strange Moon Pits Could Have Temperatures Comfortable Enough For Humans to Live In

https://www.sciencealert.com/scientists-identify-parts-of-the-moon-that-could-have-mild-steady-temperatures

月では太陽が昇ってから沈むまでの「1日」が地球上における約29.5日もあるため、昼と夜が非常に長く続きます。太陽の光が当たる日中の表面温度はセ氏127度に達する一方、夜になるとセ氏-173度まで低下するという厳しい環境であるため、人間と各種機器をこの極端な温度変化から保護することは、長期的な月面研究プロジェクトにおいて避けては通れない工学的課題です。

そんな中、月面基地の建設候補地として注目を集めているのが、かつて月で火山活動があった時期に形成されたとみられる月の溶岩洞です。溶岩洞は、地上を流れる溶岩流の表面が冷えてフタとなり、溶岩の流量が減ると共に内部が空洞になっていき、最終的に地下の洞窟が残されることで形成されます。

月面では2008年に日本の月探査機・かぐやの観測データから溶岩洞の天窓が崩落したとみられる縦穴が初めて発見され、それ以降も200を超える溶岩洞の天窓の可能性がある縦穴が確認されているとのこと。カリフォルニア大学ロサンゼルス校で惑星科学の博士課程に在籍するTyler Horvath氏は、これらの縦穴のうち16個は崩落した溶岩洞である可能性が高く、内部で洞窟につながっているとみられると説明しています。

以下が月の溶岩洞とみられる縦穴の1つ。幅が60〜70メートルで、深さも約100メートルほどあるとみられています。



by NASA Goddard Space Flight Center

こうした月の溶岩洞は、月面の極端な温度変化や宇宙放射線からの保護を提供する可能性があり、月面基地の建設地になり得ると考えられています。そこでHorvath氏らの研究チームは、NASAの月周回無人衛星であるルナー・リコネサンス・オービター(LRO)に搭載された地表熱放射測定機・Diviner Lunar Radiometer Experiment(DLRE)のデータを分析し、月の溶岩洞における温度変化がむき出しの月面とどれほど違うのかを調査しました。

研究チームは、月の赤道付近にある静かの海のサッカー場サイズの縦穴について、岩石や月のチリの熱特性をコンピューターモデルで分析し、一定期間にわたる温度変化をチャート化しました。その結果、縦穴の中で太陽光が当たる部分は日中温度がセ氏149度に達し、周囲の月面より20度以上も高いことが判明。これについてHorvath氏は、「静かの海の縦穴は月の赤道に近いため、真昼時に照らされている床はおそらく月全体で最も熱い場所です」と述べています。

一方、縦穴の影になる部分は1日の寒暖差がむき出しの月面より少なく、日中はセ氏17度と非常に過ごしやすい温度で推移することがわかりました。また、縦穴の中は熱放射が制限されるために夜間の温度がむき出しの月面よりセ氏100度ほど暖かいとのことで、深夜でも氷点下を上回る可能性があります。

もし縦穴が溶岩洞であり、上空から見えている範囲より広い地下空間が存在するのであれば、快適に過ごせる範囲もそれだけ広くなります。また、縦穴や洞窟の壁は宇宙放射線や微小隕石からの保護も提供するとみられており、宇宙飛行士や観測機器にとって快適な空間を提供する候補地になり得るとのこと。

カリフォルニア大学ロサンゼルス校の惑星科学教授であるDavid Paige氏は、「人間は洞窟に住みながら進化しましたが、月に住むようになったら再び洞窟での生活に戻るのかもしれません」と述べました。