※この記事は2017年08月23日にBLOGOSで公開されたものです

入院中だった実母(享年89)に対して十分な説明もなく、治療を中止し、死なせたとして、林田悦子さん(71)が、立正佼成会付属佼成病院の経営主体の宗教法人立正佼成会などを訴えていた控訴審で7月31日、東京高裁(河野清孝裁判長)は、林田さん側の控訴を棄却した。

争点の一つとして浮上していたのは「キーパーソン」だ。判決ではキーパーソンの設定に問題はない、としている。林田さんは判決不服として、最高裁に上告した。

実母が脳梗塞で入院。呼吸状態悪化で入院から83日で死亡

訴状によると、2007年6月18日、林田さんの実母が脳梗塞で倒れ、佼成病院に救急搬送され入院した。経過がよかったために、7月2日から、退院に向けてリハビリが始まる。4日には車椅子に乗るようになり、リハビリ室にも来れるようになる。5日には平行棒内で起立もできた。12日には介助なしで、ベッドの横に足を下ろして座る姿勢(端座位)ができるようになった。

林田さんは、病院に行った日はいつもリハビリに付き添った。当時、実母は、理学療法士の指導で名前を書いたり、輪投げをして、機嫌がよかった。しかし林田さんの認識では、長男が少なくとも7月27日までには、実母の経管栄養の流入速度を速めた。その頃から、元気がなくなっていく。長男は8月15日にも流入速度を速めた。その後、実母は嘔吐して具合が悪くなった。

さらに、8月20日、医療記録によると、「長男は延命につながる治療すべて拒否、現在DIVで維持しているのも好ましく思っていない」ため、「本日にてDIV(点滴)終了」と書かれている。つまり、点滴も酸素治療なども中止した。この治療拒否について、林田さんは長男から説明を聞いていない。また27日の、医師記録では「抗生剤変更、増強したいところではあるが、(長男が)高度医療を拒否されている」と書かれている。

9月3日には、実母の呼吸状態が悪化したが、長男は酸素吸入も断っている。

ただし、夜間だけは、呼吸が止ると病院が手薄だからあたふたする等の理由で酸素マスクをした。担当医師は、「もとより、酸素がある方が本人は楽であろうが」とも書いている。しかし、朝になるとはずされるため、日中は呼吸状態が悪化し、夜は持ち直す、という苦しい日々が繰り返された。結局、8日、実母は亡くなった。

病院側は裁判になってから「キーパーソン」を持ち出した

この訴訟では病院が適切な治療をしていたかどうかも争点だが、病院側が長男の意向に沿った治療をしたことの是非が問われた。病院側は、裁判の途中で「キーパーソン」という言葉を持ち出し、キーパーソンの長男との間でかわされたやりとりを中心に治療方針を決めたことにしている。

一方、林田さんは「病院側は当時。長男にもキーパーソンという言葉も出してないし、その役割についても説明していない」と述べ、病院側の説明が十分ではないことを主張していた。林田さんがこうした経緯を知ったのは、実母が亡くなって2年後だった。また医師記録を見て長男が「自然死させてください」との旨を医師に伝えていたこともわかった。

たしかに、患者本人の意識が曖昧な場合、終末期医療をどう決めていくかのプロセスは問われることになる。

林田さんが医師と会ったのは2回。実母入院後11日目・6月29日のときは、「驚くほど経過は良い」「7月からリハビリを始める」などの説明があった。実母の病状が悪化した9月7日にも会っているが、長男が延命につながる治療や酸素投与を拒否したことについて、またそのリスクについての説明を受けていない。それどころか実母の治療には最善が尽くされているものと思っていた。

林田さんは「医師は長男がキーパーソンだと、裁判になって突然言い出した。キーパーソンを誰にするのか、その役割は何かという説明は受けていない。長男もキーパーソンという言葉を口にしてない。仮に長男がキーパーソンなら、役割を果たしていない」と指摘している。

さらに続ける。

「具合が悪くなったときには医師と話し合いで、異論を述べなかったことが、判決では延命治療拒否についての『同意』とみなされた。このとき、少なくとも家族間では話し合っていない。医師は、母について、『苦しそうに見えますが、今、お花畑です』と言っていた。母は、苦しくなく、持ち直すのだろうと私は思っていた。家族の一人が同意をすれば、高齢者は死なせていいのだろうか」

合意形成のプロセスは適切か

厚生労働省は07年5月、「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を発表している。林田さんの実母が亡くなったのは9月だ。これによると、「終末期医療及びケアの方針の決定手続き」という項目がある。それは1)患者の意思が確認できる場合と、2)患者の意思が確認できない場合、とがある。

林田さんの実母の場合、どの段階でのやりとりが「患者の意思の確認」とするのかも問われるところだ。林田さんは「母は90歳までは生きたいと言っていた」と主張するが、長男は「万が一の場合は、延命は不要との意思表示をしていた」と主張し、親族間でも、「意思の確認」が共有されていない。ガイドラインの注釈にはこうある。

<患者の意思決定が確認できない場合には家族の役割がいっそう重要になります。その場合にも、患者が何を望むかを基本とし、それがどうしてもわからない場合には、患者の最善の利益が何であるかについて、家族と医療・ケアチームが十分に話し合い、合意を形成することが必要です>

そうなると、合意形成のプロセスが問題になる。判決では「たとえ、控訴人(林田さん)が頻繁にお見舞いに来ていたとしても、実母の家族の全員に対して個別に連絡をとることが容易な状況であったことを具体的に認めるに足りる証拠はなく、そうである以上、キーパーソンを通じて患者の家族の意見を集約するという方法が不合理であるとは認められない」「医師がキーパーソンである長男から延命措置に関する家族の考え方を聴取していた当時、林田さんがキーパーソンと異なる意見を持っており、医師がそのことを認識し得たとは認められない」として、キーパーソンの設定には問題がないと判断した。

林田さん「判決は真実ではない。高齢者の命が大切にされていない」

林田さんは患者の自己決定権が無視されていることも含めて、判決には納得してない。そのため、最高裁に上告した。最高裁が上告を認めるためには、憲法違反や訴訟手続き違反、明らかな法令違反が必要になる。

そのため、上告が認められるかどうかは未知数だ。それでも林田さんが上告したのは、「地裁や高裁判決を認めたくないことの意思表示。判決は真実ではない。インフォームドコンセントは、単に説明だけするのではなく、納得と同意が必要なはず。高齢者の命が大事にされていないのではないか」と述べている。

最後にこう付け加えた。

「患者の事情は、一人一人違うのだから、医師達、家族達、関係者複数人で何が患者にとって最善の医療であるのかを話し合うことが必要であると思う。仮にも人として一番大事な「命」を絶つ決定が簡単に実行されたことに驚いている。これでは病院は姥捨てに悪用されかねない」