「“この映画といえば、あのシーン” という作品には、したくなかったんです。観終わったあとで、お客さんが『あの場面、よかったね』『えっ? あそこじゃないの?』なんていう会話が生まれる映画になったんじゃないかな、と思います」

 甲本雅裕(54)の初主演映画『高津川』(錦織良成監督)は、島根県を流れ、“日本一の清流” ともいわれる「高津川」の流域が舞台。地域の過疎化、跡継ぎ問題、伝統文化の継承などに向き合いながら暮らす人々の、どこにでもあるようでいて、特別な日々を描いた作品だ。

「役者は、自分の思いを訴えかけちゃいけないんです。伝えるんじゃなくて、観た人が感じればいい。観てくださったお客さんが自由に感じてくれて、『高津川』は完成するような気がしています」

 2019年に役者生活30周年を迎えた甲本だが、小学校1年から大学卒業時までは、剣道中心の毎日だった。

「小学校に通いはじめたころ、下校途中で見かけた野球に興味を持ったんです。それで、少年団の申込書を見つけ、野球だと思いこんで母に記入してもらいました。

『集合場所が体育館なのは、おかしいな』と思ったら、剣道というものらしくて。野球はバットだけど、こっちも棒、のちに竹刀とわかるんですが(笑)、それを振ってるし、『おもしろそうだな』と思ったんです」

 こうして始めた剣道を、大学4年生まで続けた。

「負けると、ただ悔しかったのと、いちど始めるとやめられない性格なので。武士道精神なんていう思いは、まったくなかったですね(笑)。

 でも、剣道はずーっとついてくるんですよ。とにかく剣道から離れたいという思いで、自分の中で真逆にあった、婦人アパレルの会社に就職しました。

 兄貴(ミュージシャンの甲本ヒロト)が音楽の道へ進んで大学を中退してしまったので、『僕までレールから逸れてしまったら、両親は気絶するぐらいじゃすまないな』と(笑)。当時は、『大学を出て就職するのが、最高の親孝行だろう』って考えていました」

 それぞれの道で活躍する兄弟は、「ここだけは曲げられない」という生き方について、よく語り合うという。そんなまっすぐな性格で、会社の仕事にも没頭した。

 だが、まっとうに生きようと思えば思うほど、「レールから外れたい」という思いが溢れてきた。

「あるとき映画を観たら、同じ俳優が、映画によってまったく違う職業を演じていて、『自由にやっているな』って。俳優というものになれば、自分が心に抱えている思いを、少しは軽くしてくれるような気がしたんですね」

1989年上演の『サンシャインの世界は廻る』にて。三谷(左)・梶原(右上)と

 同じころ、同郷で兄の友人でもある俳優の梶原善(54)から、荷物運びを手伝ってほしいという依頼があった。それが、三谷幸喜(58)率いる劇団「東京サンシャインボーイズ」との出会いだった。

「その日、稽古場の前に郵便受けを作ることになったんです。一緒に作っていた人が、『もっと高くしよう』と言い出して、3階建てのポストになった。

『おもしろい人だな』って思っていたら、その “ポストの人” が三谷さんでした。研究生として入団したのに、すぐに劇団員に格上げ。理由は、研究生だと劇団費が取れないから(笑)。翌月から、8000円の劇団費を払いました」

 入ってすぐ、三谷は今後の方向性を決めるため、劇団員との個人面談の場を設けた。

「『キミには、まだ役者としての方向性すらないから、とりあえず1年は残す』と。ならば、結果はわからないけど、『1年間自由に好きにやってみよう』と決めました。

 1年後、稽古場に張り出された役者の名前の中に、自分の名前があった。『おおーっ、残れた!』って。本当に嬉しくって、今でもそのときの感激を思い出します」

 1995年、劇団は “充電期間” に突入。甲本は、活躍の場を映像の世界へと広げ、『踊る大捜査線』シリーズでは、武闘派の刑事・緒方薫役で人気を確立した。それでも、「いまだに舞台の初日は、舞台袖で吐きそうになる」という。

「『無理だ〜』って思いますもん。でも不思議と、舞台に立つと温泉に入ってるような気持ちになって。長いあいだ、仲間と一緒に稽古を積んできたから、安心感があるんでしょうね」

 同じ安心感を抱けるのが、東京・中目黒にあるバー「サンダーボルト」だ。

「僕ね、じつはアルコールが飲めないんです。大学の剣道部の先輩と飲んでいるときにぶっ倒れて、病院で診てもらって、初めて気づいた(笑)。そんな僕でも、この店に来ると本当に楽しいし、安心感があるんです」

 知り合いの役者に連れてきてもらったのがきっかけで、もう10年ぐらいのつき合いになる。

「ここでルパンさん(オーナー)、マーボー(店長)と他愛のない話をしているだけで、居心地がよくて、何時間でもいられます。

 ほかのお客さんと盛り上がって、乾杯になったときは、ルパンさんが、僕にはこっそり “特注” を作ってくれる(笑)。頼りになる男なんです」

 甲本の定番・シークワーサージュースを片手に、今夜もカウンター越しの話は尽きない。

こうもとまさひろ
1965年6月26日生まれ 岡山県出身 京都産業大学卒業。剣道は四段で、高校では中国大会3位、大学ではインカレ3位に。1989年、「東京サンシャインボーイズ」に入団。在籍中は三谷幸喜の全作品に出演。『踊る大捜査線』(フジテレビ系)でも、ほぼ全シリーズに出演。主演映画『高津川』が全国公開予定

【SHOP DATA/Bar Thunder Bolt】
・住所/東京都目黒区上目黒1-3-19 上目黒SSビル2F右
・営業時間/21:00〜翌10:00
・休み/なし

(週刊FLASH 2020年3月31日・4月7日号)