2001年に始まった『はねるのトびら』で一躍有名になり、現在はそれぞれ絵本作家、YouTuberとしても活動しているキングコング。

梶原さんことYouTuberカジサックさんは、自身の動画のゲストに相方の西野亮廣さんを招待。

梶原さんの失踪、西野さんの絵本作家への転身など、これまでコンビが乗り越えてきた出来事について、当時の思いをぶっちゃけながら、2人で振り返りました。


キングコング西野亮廣さん(左)、カジサック(キングコング梶原雄太)さん(右)

お前が先飛ぶの?ハードスケジュールのなかで梶原が失踪

カジサックさん:
これは聞いておきたかったんだけど、俺が22歳のとき精神的に参って、2カ月半ほど休養したことがあったやん。

あのときってどう思ってたの?

西野さん:
最初の感想としては、「お前が先飛ぶの?」って思った(笑)。

あのときって月〜木は大阪で仕事、毎週金土は東京ではねトびの収録だったやん。

それで日曜日は始発で大阪に戻って、お昼の生放送に出演して、さらに毎週月曜には『ガブンチョLIVE』の新ネタを日曜日の深夜に書くから、毎週金土日の3日は完徹だった。

カジサックさん:
そんなスケジュールやったね、当時は。

西野さん:
レギュラーがほかにもいっぱいあったし、休みも1日もなかった。1日の平均睡眠時間は2時間以下って日々が何年も続く。それで、梶原がいなくなったんですよ。

睡眠時間だけで比べたら、俺が先に壊れるはずやぞと(笑)。

でもまあ、飛ぶのはわかってたんですよ。梶原はその半年くらい前から、人として機能してなかったから。

カジサックさん:
もう記憶もない状態になって。携帯もなくなってた。

挙動もおかしかったやろうね。無理して頑張ってたけど、多分西野にはバレてたと思う。

西野さん:
うん。

(壊れる直前に)文化放送のラジオが終わって、夜中の3時ぐらいに帰ろうとしたら、梶原さんが全然違う方向に歩いていって「あ、終わった」って思ったよ。

カジサックさん:
俺それ覚えてない。

西野さん:
ヤバそうだなって思ってたら、案の定翌朝『?マジすか!』のロケに来なかった。

スタッフから、「梶原さんが多分寝坊されてます」って言われたんだけど、当時マネージャーだった鈴木さんに、「寝坊じゃないですよ、あいつ多分もう来ないっすよ」って話したの覚えてるもん。

カジサックさん:
西野とも一切連絡とってなかったよね。

で、俺が聞きたいのは、俺が2カ月半休んでたときのこと。その期間、よく待っててくれたなぁと思ってて。

西野さん:
マネージャーの鈴木さんと相談したんですよ。

梶原が飛んだってことがわかって、しばらくもう帰ってこないだろうから、「キングコング梶原は体調不良で活動休止です」って情報を出した。

そしたらいろんな番組が終わっていった。

カジサックさん:
レギュラーも10本くらいあったのに。



西野さん:
僕とマネージャーの結論としては、待っても戻ってこないかもしれないけれど、待たずに俺が1人で活動してるのを見たら、梶原は確実に戻ってこなくなるだろってこと。

だから、とりあえず2、3年待とうって決めた。

カジサックさん:
そんな長いスパンで考えてたんか。

ぶっちゃけ俺は1カ月ぐらいしたら記憶はっきりしてたけど、もう辞めた気でいた。西野は1人でやってると思ってた。

でも2カ月経ったときに、マネージャーからうちの母づてに連絡が来て。

そこで初めて「西野が待ってるぞ」「あいつも苦しい思いして待ってるんやぞ」って聞いたんですよ。

西野さん:
厳密に言うと、苦しい思いしてたのは前半の1カ月半くらいかな。そのときはちょっと恨みもあったかもしれない。

若手で一番売れて、冠番組もいっぱいいただいてたのに、1日で全部なくなったから。



西野さん:
でも1カ月半たったあたりで、「キングコング梶原くんがバイクの中免を取った」っていう情報が入って、その1週間後に「宝塚のボウリング場ですごいスコアを叩いてる」って情報も入ってきた(笑)。

「あいつ満喫してんな」と思った瞬間に笑っちゃって。

こっちは活動休止中にアルバイトなんかしようものなら記事に書かれてしまうから、ずっと家の中でテレビ観てたのに。

カジサックさん:
それはキツかったよなぁ。

西野さん:
むっちゃ満喫してるやん!」って思いつつ、「無事でよかったな」っていう気持ちもあったのよ。

失踪したときって、死ぬかもしれへんぐらいの状態だったから。

中免取ってボウリングやってるってことは、「あいつ生きる気はあるな」と。

カジサックさん:
結局、西野が待っててくれたっていう言葉に刺激されて、俺は芸能界に戻ることを決めたの。

西野の家に行ったんですよ。絶対ボコボコにされるって震えながらピンポンを押したら、「開いてるよー!」って言われて。

それでドア開けたら、奥のほうで西野が、上半身裸でキャップを横かぶったジーパン姿で、ギター持ってたんよ。「入りいやー!」って(笑)。

新しい拷問が始まるのかと思ったね。



カジサックさん:
俺すぐ土下座して「本当にごめん悪かった!」って言ったら、西野がその持ってるギターを、ジャーンって鳴らして「ええで」って言うの。

西野さん:
怖っ!

カジサックさん:
でも落ち着いて考えたら、それは優しさだったんだなって気づいたんですよ。

戻りやすいように、わざとそういうことをしてくれてたんやなって。

西野さん:
でも3カ月ぶりに見た風貌が、若干日焼けしてたから笑っちゃった。

外出てんな、こいつ」みたいな(笑)。

カジサックさん:
夏を満喫してたね(笑)。

「視聴率トップを取ってもスターにはなれなかった」西野が新しい道へ

カジサックさん:
それで僕は復活できて 、そしてはねトびの終わりが来る。

11年半続いた番組が終わったとき、西野は何を思った?

西野さん:
番組が終わったのは僕らが31歳ぐらいのときだけど、今やから言うと、自分の中で「これ終わったな」って思ったのは、25歳くらいのときだった。

ゴールデン上がって、視聴率20%を取り出した時期。

若手5組の番組が毎週視聴率のトップをとってるのに、そのなかから大スターは生まれてなかったのよ。

国民的番組になれば、僕たちもスターになれるんじゃないかって思ってたのに。

カジサックさん:
思ってたね。

西野さん:
テレビでよく見る人にはなってるし、知名度は上がってるんだけど、突き抜けてる感じは全然なくて。

ここで終わりなんやなって思ったのが、25歳くらいのとき。

カジサックさん:
早いよね、そう考えたら。



西野さん:
これじゃアカンわって思って、絵本をつくる準備に入ったの。

世間的には全盛期のときに。

カジサックさん:
まだバリバリ活動していた時期だったから、急に横で絵を描き出してびっくりしたよ。

でも、そろそろ自分のやりたいことをやろうって思ったんかな、くらいには考えてたかも。

西野さん:
このままずっとやっていったら、きっと30代はこんなテレビ芸人やって、40代もこんなテレビ芸人やるんだろうなって、全部見えちゃったの。

この確認作業で余生を生きるのはちょっと嫌だなって思って。

そのころから絵だけじゃなくて、独演会とかで全国を行脚しだしたんだよね。

カジサックさん:
とはいえ当時、そんな行動をよく思わない人が多かった。相当叩かれてた

それでも成功できる、みんなを納得させられる、って思ってた?

西野さん:
思ってた。でも、想像より時間はかかった。

だってスマホが出て、みんながその画面の中でエンタメを楽しむようになって、3〜4年で時代が変わると思ってたもん。

でも、時代がどんどん変わるなかで、テレビを取り巻く芸能の進化だけは異常に遅かった。

テレビが伝統芸能のほうに向かっていったという点は大きく読みが外れたね。

カジサックさん:
なるほどな。そこが誤算やったんやな。

西野さん:
読めなかった。でも、読めないっていうのは面白い。



カジサックさん:
俺が西野をすごいなと思うのは、散々嫌なことを言われたあとに、みんながドカンと西野を認め出したやん。急に手のひら返したわけやんか。

それでも普通に接してたよね。「何くそ!」ってならなかったわけ?

西野さん:
多少あったけど、そこに時間を使うのもったいないし、 それより一緒に楽しいことをしたかったかな。

カジサックさん:
なるほどね。西野はこういう人だから、もっともっと大きくなるんすよ。

「芸人辞めようと思ってた」カジサック、YouTubeに出会う

カジサックさん:
西野は自分の道を作っていったけど、一方で僕はぶっちゃけ地獄だったんですよ。

新しいことをやりたいという気持ちはあったけど、なかなか見つからなくて、だんだん情けなくなってきてた。

なんであのとき、解散せへんかったの?

西野さん:
理由は2つあって、1つは80歳までやるつもりだったから。

漫才で「こんにちはキングコングです。イェイイェイ!」ってやっている起源ってもう覚えてないでしょ?

最初は、天気予報とかの後ろでダブルピースして調子乗っているやつを、いじるネタつくってたんだけど。

そのつくっている最中に、「ワッハ上方」に行ったの。

カジサックさん:
劇場の横っちょにあったね。

西野さん:
そうそう。そこで素人のおばちゃん2人が漫才してんのを見てたら、おばちゃん2人が「イェイイェイ!」ってダブルピースしてて。

ダブルピースって20歳のやつがやっても面白くないけど、ジジイがやったらむっちゃおもろいなって思ったの。

「こんにちはキングコングです。イェイイェイ!」って、80歳までやるっていう設計で始めたのよ。

だからそもそも、解散するつもりはなかった。



西野さん:
もう1つの理由は、やっぱり梶原がおもろかったから。

梶原がおもろいのは知ってるんやけど、大勢のタレントがいるなかに放りこんちゃダメやなって思ってた。

それで6年くらい前に 、2人でYouTubeやり始めたじゃないですか。

カジサックさん:
毎週キングコング』ね。

西野さん:
撮り終わったあと「やっぱ梶原おもろいよな」ってなったよ。

主役にしてしまえば絶対に面白くなる。それはわかってたから、あとは場所をいかに作るかっていうだけの話だったの。

カジサックさん:
でも俺は勘違いして、西野がすごい頑張ってるから、俺もどうにかしてテレビ出とかな!って、背伸びしてたんですよ。

雛壇のゲストのオファーが来たら喜んで出て、でもスベって、を繰り返してて。

正直当時は「切ってくれてええのにな」って思ってたんだけど、なんで西野はそこまでして、俺と一緒にやってくれたの?

西野さん:
それはできないよね。やっぱり家族もいるし。

カジサックさん:
これ西野に初めて言うけど、実は西野の邪魔したくないって気持ちが高まりすぎて、芸人辞めようと思ったことがあんねん。



西野さん:
いつくらい? 知らんかった。

カジサックさん:
2、3年前くらいかな。

西野さん:
結構最近やな!

カジサックさん:
生活のこともあるから、まず嫁に相談したの。

結局、そこで嫁からありがたい言葉をいただいたから、思いとどまったんだけど。

もしもそのとき、俺が西野に「辞めたい」って言ってたらどうしてた?

西野さん:
止めてる

カジサックさん:
なんて言って止めてた?

西野さん:
「活躍できる場所を作るから、ちょっと待って」って言うと思う。

カジサックさん:
俺、ずっと苦しくて仕方がなくて。漫才しても楽しくなかったのよ。

そんなとき、YouTubeと出会った。

西野さん:
いや、YouTubeにはもっと前に出会ってたやん!

2013年には『毎週キングコング』が始まってんねん。

カジサックさん:
うーん。でもそのときは、とりあえず言われたことをやってただけやったな。

自分で何かを生み出そうとしてなかったのが駄目だったんよ。

だからこそ、カジサックとしてYouTubeを始めて、今初めて自分で歩いてる感じがしてるねん。

今日言いたかったのは、「ありがとう」。

西野さん:
気持ちが悪いな!

動画はこちら

出典 Youtube

カジサックのYouTubeチャンネルには、ほかにも芸人との真面目なトーク動画が満載

いくつもの危機を乗り越えて、お互いに絆を深めてきたキングコング。常に進化していく二人からは、今後も目が離せません。

対談の中で相方の西野さんも絶賛していた、カジサックさんのYouTubeチャンネル。

芸人さんたちを招いてのトークや、家族が出演する企画など、梶原さんだからこそできる面白い動画が満載です!

カジサック KAJISAC
https://www.youtube.com/channel/UC642pLj4GXSj-0Ybdx3ytmA

カジサック (@kajisac_onashas) | Twitter
https://twitter.com/kajisac_onashas

カジサックの公式アプリ「カジサックの楽屋」が2019年9月1日にリリースしました。

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