SCRAMBLES代表、松隈ケンタ(Photo by Takuro Ueno)

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メジャー3rdアルバム『CARROTS and STiCKS』でさらなる進化を遂げたBiSHのサウンド。その背景にあったのが、松隈ケンタ率いるSCRAMBLESと渡辺淳之介(WACK代表)の音楽的挑戦である。

2012年から彼らの活動を見つつ、事あるごとに話を聞いてきた身としては、2人のパーソナルな要素や音楽センスみたいなものが『CARROTS and STiCKS』で見事に結実した印象を受けた(つまり傑作ということ)。今回インタビューをした松隈自身も「(2人のカラーが)これまでで一番色濃く出せたアルバムになってると思う」と語る。不変の制作陣だからこその深さと強度。そしてBiSHメンバーと築いた信頼関係。『CARROTS and STiCKS』から感じられる一体感や雰囲気はまさにバンドのそれである。

そんなBiSHサウンドの裏側とともに、東京と福岡を行き来する現在の生活が音楽クリエイター=松隈ケンタにどういう影響を与えているのかを聞いてみた。

─今回は、サウンドメイキングの話を聞かせていただこうと思ってやって来ました。

松隈:うれしいですね。そこを聞いていただけるのは。

─BiSHのメジャー3rdアルバム『CARROTS and STiCKS』をリリースするにあたって、『STiCKS』EP、『CARROTS』EPと、全く異なる2枚が先行で発売されました。まず、松隈さんの中での両作品のテーマはどんなものだったのでしょう?

松隈:僕と渡辺(淳之介)くんって、ずっと揺れ動いているんじゃないかと思っていて。売れたいけど、売れることをやりたくない2人組というか。世間に寄せていかなきゃいけない時期と、反対に離れていく時期がある。その旅の繰り返しなのかなって。そのなかで僕と渡辺くん、そして周りのスタッフさんのタイミングがバチンと合うときがあるんですよ。『ミュージックステーション』に出演できるかもってタイミングで、「プロミスザスター」のようなキャッチーな曲を作ることができたときは、すごくハマりが良かった。逆に、タイアップがどんどんつくようになった時に、僕らの尖った部分で勝負したいという反動が出たのが「NON TiE-UP」ですね。新しいファンからすると、なんでこのタイミングでそういうことやっちゃうの? っていう反応があったからというわけではないんですけど、今回は両方同時にやっちゃえという。どキャッチーな売れ線と、尖っているところのどちらもBiSHの武器だと思っているので、それをアルバムで1つにするというのがテーマでしたね。

─2つの軸に分けたからこその良さはありましたか?

松隈:メンバーがすっきり歌えたんじゃないかなと思うんですよね。タイアップ向けの曲を作っていても、どこかにギター・ソロとか入れてぐちゃぐちゃにしてやれとか思っちゃうんですよ。でも今回は「遂に死」みたいにシャウトを入れたり、リンリンがぎゃーって叫ぶような曲がアルバムにあるから、いらんことをやらずに爽やかなものは爽やかにいこう!って振り切れた。普通のアルバムだと、なかなかできないことだと思いますね。

「綺麗ではない音」の作り方

─ミックスにもかなり力を入れたそうですね。作曲のアプローチ以外の部分でも、様々なアイデアが施されているのでしょうか?

松隈:ミックスで言うと、激しい曲は80年代のインダストリアルなバンドだったり、マリリン・マンソンや、スマッシング・パンプキンズあたりを参考にしています。ああいう綺麗ではない音ってミキサーやエンジニアが作る音ではないんですよね。ミキサーやエンジニアというのはノイズを消したり、聴きやすくするのが仕事なので。例えて言うなら、清掃業者の人に「いい感じに散らかしたまま掃除して」って言うみたいなもので。

─なるほど(笑)。

松隈:そういうサウンドはエンジニアではなくて、プロデューサー、アレンジャーや作曲家といったアーティスト側の人間が作っているから、一般的なJ-POPの枠組みではあまり生まれないものだと思うんですね。なので今回は僕がミックスまで全部やりました。ぐちゃぐちゃに散らかして、歌までひっくるめた2ミックスにディストーションをぶっこんで5分ぐらいで終わらせている。エンジニアの沖くん(沖 悠央)が1日かけてやったミックスを「全然違う! やり直す!」って(笑)。だから、ある意味常識はずれと言うか。


取材は東京のSCRAMBLESオフィスで行われた。所属クリエイターが一つの場所に集まって制作をする。(Photo by Takuro Ueno)

─5分で終わるからといって誰にでもできることではないわけですよね。

松隈:センス一発勝負ですね。衝動的な絵を描く人のように、かっこよくなかったら売れないし、かっこいいと言わせるしかない。どちらかと言うと僕はセンス系ではなく、技術系プロデューサーとして見られていると思うんです。だから冒険ではありました。ただ、そこまでしないと、あの雰囲気は出ないなと思ったので。渡辺くんは昔からそういうサウンドをBiSHでやりたがっていて。動画を見せてきて、こういう曲がやりたいって言われていたんですけど、80年代のファッショナブルな外国人アーティストがやるからかっこいいわけで。2010年代に僕やBiSHがそれをやる画が今まで全く浮かばなかった。やっとそこに挑戦できたのかなと思いました。

─BiSHのメンバーにはヴォーカルとしてどういうことを求めたんでしょう?

松隈:今回は逆に、ヴォーカルに何かを求めてはなかったのかもしれないですね。これまでは「My landscape」のアイナ(・ジ・エンド)みたいに、この子を押し出したいという部分が曲ごとにあって。でも今は放っておいても音楽の中で踊ってくれるし、暴れてくれるので、そういう意味ではこっちがコントロールする感覚は全くなかったですね。他のグループもいま録ってますけど、昔を思い返すと、BiSHは上手くなっているんでしょうね。かと言って、別に飽き飽きする感じでもなく、いつも通りだなという感じもなく。

─へええ。

松隈:他のグループだと、ここに誰を使おうかな、この子もいいし、あの子もいいしって悩むんですよ。BiSHの場合はメンバー内でも役割分担が自分たちで分かっていて。そういうところがバンドっぽいのかもしれないですね。チッチはここ歌わなきゃダメだって言って集中する。ハシヤスメは僕の中では4人目の武器になるなという成長を見せましたし。リンリンとモモコがスーパーサブ的な逆に貴重な位置にいる。だから音楽的に作っていて楽しかったですね。

曲のイメージを伝える「アドバイス」の中身

─松隈さんがヴォーカルの説明やイメージを伝えるときに使う比喩って完全に直感だと思うんですけど、それは曲を作っているときからあるイメージなんでしょうか?

松隈:僕はバンドをやっていたので、CDよりもライブ、あとはMVとかの視覚的な方向に意識があって。渡辺くんはCDをすごく聴き込んで育ったけど、僕はCDを聴くというより、音楽をプレイする側の人間だったんです。音楽ってライブとか映画とか物語の中で流れてくるものみたいな感覚で。だから音作りする時は、映像と一緒に僕の中にある画をイメージとして持っているかもしれないです。

─具体的には、どんなアドバイスをされているんでしょうか?

松隈:グランドキャニオンに立って空撮ヘリから撮られているような感じで歌ってとか(笑)。感情を入れて欲しいときは「今までの恋愛で理不尽な別れ方したでしょ?」とか言うと、女の子はかなり表情が出るんですよ。僕のポリシーとして現実的なことは全く言わないというのを決めていて。「声が出ていないね」と言う言葉はアーティストにとってプレッシャーになる。1番のNGワードは「緊張しているよね?」ですね。僕は逆に「緊張してないね」って言います。音をただ録っているというより、そういうメンタル的なところを考えながら、そこから出てくるいいものを拾い集めるのがプロデューサーだと思っている。そういう意味で、こちらのイメージに沿って歌わせるためにどうするかとは考えていないですね。

─そういう積み重ねから、松隈さんのBiSHへの信頼関係が生まれているんでしょうね。

松隈:最近思うのは、逆もあるんじゃないかって。BiSHのメンバーが、俺のことをディレクターとして気持ちよくできるように雰囲気を作って盛り上げてくれているのかもしれない。そこは、みんなプロになったなって(笑)。自分の場合、明らかな体調不良でもない限り喉の調子が悪いから今日は止めて明日録りましょうとか、気分転換するためにリスケしましょうというのは一度もしたことないですね。必ず1分単位で時間ぴったりに終わらせます。夜10時までって決めたら、1分前まで最大限録れるものを録ろうとする。その代わり、調子悪いときはあらゆる手段で和ませたり、力まないように歌わせたりするのがディレクターの仕事だと思っているので。

─「O・S」や「CHOP」、最後の「GRUNGE WORLD」は、これまでのBiSHの曲のメロディラインと方向性が違って、とても新鮮でした。

松隈:そこがコ・ライティングのよさだと思います。世の中のほとんどの作曲家はメロディから作って、それに対してトラックを誰かが作る。そうすると曲に統一性もなくなるし、結局メロディが似てくるんですよね。僕らの手法は全く逆で、トラックを先に作るんです。僕の理想通りのトラックを先に作るときもあるし、全くフリーで作ってくれというときもある。そうして作ったものに、どういうメロディをつけていい曲にしようかって。イントロなのか、Aメロなのかも分からないような、むちゃくちゃなコード進行って、普通の人だったら曲に仕上げられないと思うんですよ。でも俺らの場合は逆で、それだったらここにシャウトを入れようとか、メロディを入れようとか、今までにないものが作りやすいので、今のとこそこに無限感はありますね。

─それはすごいことですね。

松隈:トラックを作る人には、まずいろんなお題を投げるんです。イノシシの気持ちでとか、宇宙戦争という題材でとか。そうやって出来上がってきたトラックに僕がメロディをつけていく。このスタイルだったら無限に作れるなと思いますね。誤解している人もいると思うんですけど、コ・ライティングって一緒に作るという意味なんですよ。中田(ヤスタカ)さんや小室(哲哉)さんは1人で全部やっているけど、そっちの方が実は特殊で。SCRAMBLESの特徴はトラックから作るということがポイントですね。メロディからは「遂に死」は絶対生まれない(笑)。

BiSHの音楽で目指していること

─『CARROTS and STiCKS』を聴いて、今のお話を伺うと、BiSHってこの先まだ10年ぐらい余裕で活動できそうだなと思いました。

松隈:そこは目指したいですよね。売れることより、続けることの方が難しいので。ある程度ちゃんと売れているレベルで続けていきたい。普通に考えると、楽曲を大きく変えるためには、スタッフや作曲家を変えていくのが広がりに繋がるじゃないですか。その点からいうと、コ・ライティングというスタイルに加えて、アレンジャー、トラックメイカー、ギタリストまで含めて、一貫して制作ができる環境にあるので、だからこそ新しいものを出し続けられる。そこは今後も目指していきたいところではありますね。


Photo by Takuro Ueno

─ちなみに、松隈さんが福岡に移住してちょうど1年くらいだと思うんですけど、東京と福岡を行き来する生活はどうですか?

松隈:もう最高です。生きていてよかったと思えるレベルでいい影響になっていて。一般の方からすると、作曲家とサウンドプロデューサーって同じように見えると思うんですけど、サウンドプロデューサーって音楽制作の全体を見るのが仕事なんですよ。僕の場合は、ドラム録りからベース、ギター録り、ミックスまで全部立ち会っているので、むちゃくちゃな生活だったんです。例えば、午前11時から夜11時まで働くシフトを1週間続けるとか。しまいには同じ日にギャンパレ(GANG PARADE)とBiSHのドラムを録っていたりとか。脳みそがぐちゃぐちゃになるんですね。そういう意味でパンク寸前なのに、取材が入ったり、社長業もあるし。

─福岡に移住することでその忙しさをどう改善されたんでしょう?

松隈:そういう意味でいうと、作曲家としての松隈はスパッと福岡に行っちゃったんですよ。東京で仕事するときは、2週間サウンドプロデューサーしてきまーすって切り替えて出稼ぎに行くようなイメージ。東京でレコーディング、ミックスをして取材を受けて、福岡に帰ったら誰も追っかけて来ないので、子どもと遊んで曲を作る。自分の場合、そっちの方がクリエイティブになれるんです。作曲家とサウンドプロデューサーってところを分けられるのが、一つよかった点です。もう一ついいところは、福岡からWACKや日本の音楽業界を見れること。東京にいて渋谷で宣伝トラックが走っているのを見ると、実際にお客さんがついていなくても売れているように見えちゃうじゃないですか。福岡でラジオをやっているんですけど、隔週でFM福岡さんに収録に行くと、宣伝キャンペーンで東京からいろんなアーティストがスタジオにたくさん来てるんですよ。そういう場にいると、誰が本当に売れているのかがものすごく見える。ぼやっと日本全体が見えやすくなった感じがして、これは武器になるなと思いましたね。

─単純に、物理的な移動は大変じゃないですか?

松隈:みなさん福岡は遠いと思われるんですけど、福岡って空港と街の近さは世界一と言われているので。渋谷から2駅離れた三茶あたりに空港があるみたいな感じなんですよ(笑)。離陸の1時間前に家を出れば、そのままぴゅーって乗れるので、普通に朝起きて10時ぐらいの飛行機に乗って昼からの会議とか、レコーディングには間に合う。地方に住むことを考えてる他のいろいろな商売の人も、福岡はおすすめです。

地元、福岡への恩返し

─松隈さんは福岡出身者のレーベルを作ったり、福岡にも音楽スクールを設立したりするなどされていますが、そこには自分の生まれた場所への恩返しみたいな気持ちがあるからなんでしょうか。

松隈:自分が若いときに、こんな人がいたらもっとこういうことができたのになという想いがずっとあるんですよ。今、いろいろ道を遠回りして分かったことがたくさんあるので、若い人から見て「こんな人」が教えてくれる環境があれば、それが財産になると思って。自分だけが技術やノウハウを一人占めしているのは、もったいないという気持ちがすごくある。僕は、ただのお金儲けみたいなことはやりたくないんですよ。ちゃんとした情報を教えてあげたいというか。役立つものであったり、僕の経験したことを下の世代に伝えたいという感覚ですよね。それを地元への恩返しと言うとおこがましいですけど、ある種エンターテイメントだと思ってやっています。

─エンターテイメントですか。

松隈:例えば、音楽スクールもライブをやっているのと一緒なんですよ。ライブも自分の培ってきた音楽を知らない人に教えてあげるという気持ちでやっているので、音楽ってこんなに楽しいんだよ、こんなに感動ができて、こんなギターの弾き方があって、こんな音があるんだよ、こんな楽しみがあるんだよって伝えている。スクールもオーディションも、エンターテイメントだと思ってて。僕がおもしろくないことを喋っていたらスクールは潰れるし、おもしろいなと思ってくれればみんなが習いに来てくれるし。

─いつもお話を伺う度に、松隈さんからはポジティブなエネルギーしか感じないのですが、ネガティブな気持ちになることってあるんですか?

松隈:結構ありますよ。むかついたり、へこんだりというのは誰でもあるじゃないですか。ただ、不幸なことが起きたとき、負のオーラが重なり続けると、病気になったりするというのはよくあることで。そうなったときこそSCRAMBLESやWACKのメンバーや
、淳之介が俺のことを信頼してくれていること、そして仲間がいるということが本当にありがたいことだなと思って。妻と子どもの存在もそうですね。どよーんってなりすぎると、その人たちもいなくなっちゃうなと思うので、ポジティブでいようかなというのは常に思っていますね。

Edited by Hiroo Nishizawa(StoryWriter)


Photo by Takuro Ueno

松隈ケンタ(音楽プロデューサー/コンポーザー/アレンジャー)
福岡県出身。ロックバンド、Buzz72+を率いて上京後、2005年にavextraxからメジャーデビュー。編曲家・chokkakuのプロデュースにより4枚のCDを発表する。バンド活動休止後に作詞・作曲家としてアーティストへの楽曲提供を始める。2011年、音楽制作チーム「SCRAMBLES(スクランブルズ)」を結成。2014年には株式会社SCRAMBLESを設立、代表取締役に就任。現在はレコーディング・スタジオ/リハーサル・スタジオ「スクランブル スタジオ」を大岡山で運営。また、音楽スクール「スクランブルズ ミュージックカレッジ(SMC)」を大岡山のほか、下北沢で運営中。
https://scrambles.jp/