背番号「14」といえば、この5人!

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サッカー選手の中には、背番号にこだわりを持つ選手も少なくない。

「背番号○○といえば」というこのシリーズでは、毎回ある特定の背番号を指定し、その番号を長く背負ったことですっかりイメージのついた選手や、その番号に特に縁のある選手を編集部Sの独断で5人選ぶ。

なお、選出は現役の選手に限定する。

今回取り上げるのは、「14」だ。

シャビ・アロンソ(バイエルン)

背番号の変遷

【レアル・ソシエダ】
#? :1999 - 2000年
#28:2000 - 2001年
#4 :2001 - 2004年

【エイバル】
#? :2000 - 2001年

【リヴァプール】
#14:2004 - 2009年

【レアル・マドリー】
#14:2009 - 2014年

【バイエルン】
#3 :2014 - 2015年
#14:2015 - 2016年

バスクが生んだパスマスター、シャビ・アロンソ。リヴァプール、レアル・マドリー、バイエルンという3つのビッグクラブで「14」を背負ったことで、現在サッカーにおいてこの番号はすっかり彼のものとなった。代表チームでもこの番号を背負い、3度のワールドカップと2度のEUROに出場。近年は「14」のイメージが非常に強いが、バイエルン加入時の2014-15シーズンは「3」だった。

チチャリート(レヴァークーゼン)

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背番号の変遷

【チバス・グアダラハラ】
#25:2007 - 2008年
#14:2008 - 2010年

【マンチェスター・ユナイテッド】
#14:2010 - 2014年, 2015年

【レアル・マドリー】
#14:2014 - 2015年

【レヴァークーゼン】
#7 :2015年 -

2010年ワールドカップでブレイクした、当時のメキシコ代表の「14」。大会終了後に移籍したマンチェスタ-・ユナイテッドでも14番が用意され、その後レアル・マドリーでも同じナンバーを背負った。今季は新しい背番号をつけてレヴァークーゼンでゴールを量産している。ちなみに、チバス・グアダラハラでは25番をつけてキャリアをスタートさせている。

クラウディオ・ピサーロ(ブレーメン)

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背番号の変遷

【アリアンサ・リマ】
#? :1997 - 1999年

【ブレーメン】
#? :1999 - 2001年
#24:2008 - 2012年
#14:2015年 -

【バイエルン】
#14:2001 - 2007年, 2012 - 2015年

【チェルシー】
#14:2007 - 2008年

ブンデスリーガにおける外国籍選手の最多得点記録保持者、ピサーロ。ブレーメン、バイエルン、チェルシーで「14」をつけ、ペルー代表でもその番号はお馴染みに。37歳になった今季は2度目となるブレーメン復帰を果たしており、ここまで17試合に出場し6ゴールとまずまずの成績を残している。ちなみに2012年にバイエルンに加入する前、14番をつけていたのは宇佐美貴史だった。

セオ・ウォルコット(アーセナル)

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背番号の変遷

【サウサンプトン】
#32:2005 - 2006年

【アーセナル】
#32:2005 - 2008年
#14:2008年 -

アーセナルの「14」―。それはティエリ・アンリが背負った番号であるのだが、その栄光のナンバーを託されたのがウォルコットだ。2006年にサウサンプトンから加入すると、半年後には弱冠17歳にしてワールドカップに向けた代表メンバーに選ばれた。アーセナル加入直後はサウサンプトンで背負っていた32番をつけていたが、3季目となる2008-09シーズンからは「14」が手渡され大きな話題となった。

中村 憲剛(川崎フロンターレ)

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背番号の変遷

【川崎フロンターレ】
#26:2003年
#14:2004年 -

川崎フロンターレの司令は、「14」を背負って新シーズンで12季目。日本国内で最も有名な背番号14は、おそらく中村憲剛だろう。日本代表でもこの番号を選び、2010年のワールドカップや2度のアジアカップを経験している。あまり知られていないが、加入初年度の2003シーズンは26番をつけていた。