凪良ゆうが描く格差と結婚「完全な善人も完全な悪人もいない」

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書店員が「最も売りたい本」本屋大賞を2回受賞

2020年の本屋大賞受賞作『流浪の月』や、2023年の同賞受賞作『汝、星のごとく』、そしてその続編『星を編む』など、現代社会の片隅で生きづらさを抱える人々の営みと愛の形を、圧倒的なリアリティと切実さで描き続けてきた凪良ゆうさん。『汝、星のごとく』は2026年10月9日に横浜流星さんと広瀬すずさんのW主演で映画も公開される。

彼女の最新作のタイトルは『多類婚姻譚』。「男女の恋愛や結婚」を正面から扱った短編集のように見えながら、実は登場人物たちが織り成す複雑な人間模様、そして結婚制度というものが現代の人々の生き方とかみ合わなくなっている現状について描いている作品。同作は、第175回直木賞にノミネートされたことが発表された。私たちが無意識にハマっている「社会通念」や「正しさ」の枠組みを心地よく裏切っていく多層的な物語群だ。

ジャーナリストの大門小百合さんは、英字新聞「The Japan Times」で政治、経済担当の記者を経て報道部長、編集局長となり、同社で女性初の編集部門トップを務めた。現在情報番組などのコメンテーターもつとめる。ジェンダーギャップ指数16年連続1位の国アイスランド大統領にもインタビューをするなど、社会問題について長く取材してきた。

大門小百合さんはフィクション小説である『多類婚姻譚』から、多くの社会のリアルを感じたという。そんな大門さんが凪良さんにインタビューを行った。

その第1回では本書のテーマである「多様な結婚」を描いたバックグラウンドを聞いていく。

凪良ゆう(なぎら・ゆう)

京都市在住。2007年に初著書が刊行され本格的にデビュー。BLジャンルでの代表作に連続TVドラマ化や映画化された「美しい彼」シリーズなど多数。17年に『神さまのビオトープ』を刊行し高い支持を得る。19年に『流浪の月』と『わたしの美しい庭』を刊行。20年『流浪の月』で本屋大賞を受賞。同作は22年5月に実写映画が公開された。20年刊行の『滅びの前のシャングリラ』で2年連続本屋大賞ノミネート。22年刊行の『汝、星のごとく』は第168回直木賞候補、第44回吉川英治文学新人賞候補、2022王様のブランチBOOK大賞、キノベス!2023第1位、第10回高校生直木賞などに選ばれ、翌年、自身2度目となる本屋大賞を受賞。同書は26年に実写映画化される。23年には『汝、星のごとく』の続編となる『星を編む』を発表。本書『多類婚姻譚』は著者2年半ぶりの文芸新刊となる。

個人の生き方と現代の結婚制度のズレ

――今回の作品では、様々な恋愛や結婚の形が多角的に描かれており、男か女か、東京か地方か、実家が裕福か否か、派遣社員か正社員かなど、立場の違う人たちが構成する社会というものが集約されているように思いました。このように様々な恋愛や結婚の形の話を書こうと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。

凪良ゆう(以下、凪良)「最初の1作目である『Thank you for your understanding』を書いた時は、結婚をテーマにしようとは考えていませんでした。収録されている短編を順番に、その時々に書きたいものを赴くままに書き散らしていった時に、編集者さんが、『これはすべて婚姻にまつわる話ですよね』と言い切ってくれたので、ああそうなんだと気づきました。

ただ、この本には『多類婚姻譚』というタイトルの話は入っていませんし、中身が全て結婚にまつわる話かと言われるとそうでないものもある。『婚姻譚』と銘打ってはいますが、『個人の生き方と、現代の結婚制度がかみ合わなくなってきている』ことが表れた本だと思っています」

――短編の主人公はそれぞれ別ですが、作品全体を読み進めていくうちに同じ食品会社が軸になっていることがわかります。「あ、この人、前の作品に出てきた人だ」というように、まるで推理小説を読み進んでいくように登場人物のキャラクターや関係性が解き明かされていく感じがしました。このような設定をされた理由はどんなところにあるのでしょうか?

凪良「一話一話が短いので読み足りない部分を他の話の中でフォローしてあげることができるんです。例えば、桜井さんという女性が1話の『Thank you for your understanding』や4話の『Position Talk』の会話の中に出てきますが、最終話に桜井さん本人が出てくると、『彼女は確かに口は悪いけど、みんなが言うほどひどい女じゃない』と思えるかもしれません。完全な善人も完全な悪人もいなくて、誰がその人を判断するかによって変わります。この人にとってはいい人だけど、この人にとっては意地悪な人だとか、世界をつなげていくと、一人の人間の色んな面を見ることができます。人間はそういうものではないでしょうか。一面しかない人なんて絶対にいません」

読む人の年齢やジェンダーによって見え方が異なる

――その「人間の多面性」を象徴するエピソードとして、作中で30代半ばにして課長に昇進した「華ちゃん」の描写をめぐり、校閲担当者の方とやり取りがあったそうですね。

凪良「4話の『Position Talk』に出てくる朱里が“華ちゃん”を“搦め手の人”と表現した場面で少し違和感があったらしく、校閲さんから『これは華のイメージじゃない。華はもっと優しく包み込む感じですが、変えますか?』という指示が入っていたんです。でも、華はそういう人ですとお返ししました。

なぜかというと、華は30代半ばで大企業の課長になっています。そんな仕事のできる人がただの優しい人であるはずない。ちゃんと計算もするし、策略もあるし、搦め手を使うときは使うし、そういう人でないとそんなに早く出世できるはずない。でも個人としてはまた別の面があって、仕事人としての華ちゃんとプライベートの華ちゃんには違う面がある。人間は、みんなそうではないでしょうか

――面白いですね。四話の主人公の朱里ちゃんは、課長の“華ちゃん”に対して辛口ですよね。「全方位気遣い型」「男を手のひらで転がせるのが賢い良い女っていう昭和の価値観一掃したい」とまで言っています。

凪良「バリバリ働く朱里ちゃんは、華ちゃんのことが結構嫌いですよね。『あの人のやり方は下の女の子に負担をかける』『男を手のひらで転がすようなやり方がデフォルトになると周りの女はしんどくなる』と言うんですけど、ある人から見たら確かに華ちゃんはそういう嫌な人でもある。働く女性からの観点で見ると、もっとビシバシ男の人にも言ってほしいとか、上司相手にも笑ってないできちんと怒りを表明してほしいと思う人もいるわけで。でもそこは華ちゃんの搦め手の部分だと思うんです。こんなところで怒りを部長に対して表明したって損じゃないかと」

担当編集さんを滅多切りにしました(笑)

――「Position Talk」では、フェミニズム的な視点から男社会の不条理を鋭く告発する朱里と、それに戸惑う恋人の男性、律の視点が激突します。社内恋愛で部署異動させられるのは女性、共稼ぎで結婚しても家事負担は女性にのしかかるなど、現代社会の男女不平等に関して、かなり説得力がある朱里の言葉が並んでいると思います。この話は、男性の担当編集者さんと凪良さんが飲みながら、ジェンダー論や男性性・女性性、お金のことについて激しい議論を戦わせた中から生まれた物語だと聞きました。

凪良「そうなんです。議論しながら編集者さんを滅多切りにしました(笑)。そして、律は彼(編集者)をモデルにしている部分もあります。

面白いことに、読む人の年齢やジェンダーによって、この2人の見え方は全く違ってきます。もう一人のこの物語を担当してくれた20代の若い男性編集者は、『朱里ちゃんの言っていることは正しい、むしろ律の煮え切らない態度が嫌だ』と言ってました。一方で、作家の林真理子さんと対談させていただいた際、林さんは『律くんがかわいそうじゃない、朱里ちゃんはちょっと言い過ぎよ』とおっしゃっていましたね」

記者として感じる「小説だからできること」

――私は、「朱里ちゃん、よくぞ言った!こんなに女性は大変なんだって誰かが言わないといけない」と思いました。私は記者なので、現実に起こったことや誰かが実際に発した言葉しかカギ括弧では伝えられないのですが、小説ならはっきり表現できるんだとあらためて感じました。

ところで、凪良さんはそういう朱里の言い分を伝えたくてこの話を書かれたのかと思っていたのですが、読み進めていくうちに自分自身が主人公の男性の律君の立場に共感していることに気づきました。特に「女性の男性に対する怒りは、僕たちより上の世代が積み上げた負の遺産だ。過去からの負債の全てを現代の自分たちが背負わなければいけないのか」というやるせない主人公の思いには共感します。本当は、現代男性の苦悩を書きたかったのでしょうか。

凪良「そうですね。最後に律が言うじゃないですか。『僕は男だけど個人、佐々木律という個人だよ』って。今の男の人はみんなそういう気持ちが少しあるのではないかと思います。女の人がどう思うかは別にして、自分自身は、できるだけ女性に気を使って優しく接しているつもりなのに、朱里ちゃんのようにやいのやいの言われると、『じゃあ、俺はどうすればいいの?』という気持ちになるのも分からないでもないです。

律は一生懸命やっていて、これ以上一人の個人に求めるのはしんどいかもしれないですよね。前の時代の負債を若い子が一生懸命返していくというのは確かに不平等だと思うんですよ。最後、律は一種の“闇堕ち”のような状態になってしまう。私にも今の男の人たち、律の世代の男の人たちがどう振る舞えば正解なのかっていうのはわからないですね。でも、一つの本の中で女性の肩ばかり持つ話を書くのは嫌だったんです」

◇インタビュー後編「直木賞ノミネート!凪良ゆうが”多様な結婚”で綴った同性愛と不倫」では、同性愛や不倫のテーマについて聞いていきます。

【後編】直木賞ノミネート!凪良ゆうが”多様な結婚”で綴った同性愛と不倫