ショパンコンクールで日本人最高位の4位入賞・桑原志織「人前で演奏するのが大好きで、コンクールもほどよく気負わず楽しんで」
2025年、「世界三大コンクール」の一つに数えられるショパン国際ピアノコンクールで桑原志織さんが日本人最高位の4位入賞を果たし、話題を呼びました。凱旋ツアーを前に、コンクールの舞台裏とこれからの夢を聞きます。(構成:山田真理 撮影:木村直軌)
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<前編よりつづく>
亡き作曲家は神様のよう
ワルシャワへ出発する前、ファンの方から京都にある芸能にまつわる神社のお守りを五つもいただいたんです。
以前から、コンクールでは何か新しい物を一つだけ身につけることが、私流のゲン担ぎ。今回も予選ごとに一つずつ、ファイナルでは二つをバッグに入れて、舞台の袖まで持っていきました。
もともと神社仏閣に興味があって、海外でも教会に行くのが好きなんです。宗教うんぬんというより、今は亡き作曲家たちも私たち演奏家にとっては神様のようなものなので、目に見えない存在を感じ取る――というか、パワーのおすそ分けをいただくという感覚でいます。
とはいえ私は、どんな状況でも極端に緊張することがありません。人前で演奏するのが大好きで、お客様に聴いていただくことが何よりの喜び。普段一人で黙々と練習している時とは受け取る感覚がまったく違います。
ステージ上では心が開放的になり、私が音を届けるのと同時に、作品からもお客様からもいろいろなエネルギーをいただける。お客様と大切なものを共有している、どこか儀式のような不思議な感覚が、私はとても好きなのです。
コンクールも、私にとっては一つの「お客様に聴いていただける場」。ですので、ほどよく気負わず、演奏する楽しみを保ちつつ挑むことができたと思っています。
こうした性格は、ごくごく小さい頃から。人前に出てもあまり物怖じしない子どもでした。ピアノは4歳から始めましたが、ほかに習っていたバレエや水泳と同じ、習いごとの一つ。
けれども中学生になった頃、ご縁があって高名な音大の先生に、演奏を聴いていただく機会がありました。その先生が、「音楽の道に進んではどうか」と勧めてくださったのです。
しかし私が育ったのは、両親を含め親戚を見渡しても、ごく一般的な家庭。プロの音楽家を目指すこと自体、両親は心配していたと思います。特に父は、勉強を頑張って医学部に進んでほしいという夢を――無理だったと思いますけれど(笑)――抱いていたらしいですね。
ただ、母は自分も子どもの頃にピアノを習っており、自分が苦労したショパンの「英雄ポロネーズ」を小学生の私がすんなり弾きこなしたことで、「才能があるなら伸ばしてあげたい」と思ったのだとか。その考えもあり、私は高校から音楽専門の学校に進むことになりました。
小学生の時に、祖父母が「グランドピアノを買ってあげる」と。メーカーのショールームを巡って試し弾きをするなかで、妙に違いのわかる子どもだった私が「これがいい!」と指さした機種は、かなりの予算オーバー。祖父母は笑って許してくれましたが、背後の両親は当惑していたと思います。(笑)
その後音大に進み、留学や海外でマスタークラスを受けたいと言った時も、両親は快く送り出してくれました。ただ祖母は、「女の子が一人で外国に行くなんて」と心配して。空港から出発の連絡を入れると、いつも電話口で涙声になっていました。
今回のショパンコンクールでも、「あなたの出番の頃に起きて、ワルシャワのほうに向かって祈っていたの。そうしたら、ちょっとピアノの音が聴こえた気がしたわ」と。今まで応援してくれた家族に良い報告ができたのは、本当に嬉しいです。

「高校・大学の頃は根拠のない自信にあふれていて、〈大変そうだな、困ったな〉という事態に陥っても、〈まあ何とかなるでしょう〉という精神で先へ進んでこられました」
記憶に残る音を持ち帰ってほしい
ここまでお話ししておわかりのように(笑)、私は本当にのんびりと能天気で、楽観的な性格です。
特に高校・大学の頃は根拠のない自信にあふれていて、「大変そうだな、困ったな」という事態に陥っても、「まあ何とかなるでしょう」という精神で先へ進んでこられました。目の前のことに精一杯取り組んでこられたのは、きっと幸運なことだったと思います。
ただコロナ禍の数年間は、一流プロからアマチュアまで等しく、音楽家は活動の場が制限されました。私自身、目標にしていた国際コンクールに出られなかったり、せっかくお声がけいただいた演奏会が中止になってしまったり。
それが20代後半という、ピアニストが世に出るための大切な時期と重なったため、いくら楽天家の私でも、将来が不安になり、この先の身の振り方に悩むこともありました。
ベルギーで開催されるエリザベートコンクールはその時期に参加が叶わず、昨年は満を持して挑んだ大会でした。ファイナリストになると、新作の楽譜が渡され、自分一人の力で仕上げなければならないという特徴的な課題があります。
その間は1週間宿舎にこもり、インターネットも遮断された生活。スマートフォンが使えないというだけで、こんなにも時間が余り、生活が静かになるのか、と衝撃を受けました。やることといえば練習か食事、あとはファイナリスト同士でおしゃべりすることが唯一の娯楽という感じでした。
けれども「時間が余る」ということは、人生に余白が生まれることなのですよね。その余白を埋めようとして心が動き、それが芸術を生み出す源になるのではないか。夜一人で庭へ出てぼーっとしていると、木の枝や草の揺れる音がしたり、星がきれいだったり、感覚が研ぎ澄まされていくのを感じました。
普段はあらゆる情報に囲まれているため、自分で何かを生み出したつもりでも、それは誰かの真似だったり、どこかで聴いたものが頭に甦っていたりするだけかもしれません。インプットがなくなった状態で、自分から何がアウトプットされるのか。そう考えた時、つねに内面が豊かであることが大切なのだと気づきました。
ずっとピアノの前に座っているのではなく、趣味の美術館巡りや読書の時間も大切にしながら感性を育てていきたいというのが、今の私の願いです。
ショパンコンクールの入賞インタビューでもお話ししたように、「現実の喧騒からひととき離れて、特別な瞬間をお届けできるピアニストでありたい」と考えています。
クラシックの演奏会というと、「自分は詳しくない」「知らない曲が多いから」と敬遠してしまう方もいらっしゃるかもしれません。それでも演奏家としては、まずは聴きに来ていただけるだけで幸せです。気持ち良ければ、眠っていただいても構いません(笑)。
「あの曲のあの音が好きだったな」と記憶に残る瞬間をお持ち帰りいただけるように、これからも演奏を磨いていきたいと思っています。
