皇族数の確保に向けた議論が進む(愛子さま/時事通信フォト)

写真拡大

 皇統の存続のため、皇族の減少にどう対応するかは重要な問題だが、なかなか議論が進まなかった。その間に広がったのが女性天皇を容認する「愛子天皇待望論」だ。国会で約1年ぶりに開催された皇族数確保策についての「全体会議」では、直接的には「愛子天皇」につながらないはずの「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」案が議論されるが、その先に、ひとつに交わる道もあるという。そのシナリオと、なお残される課題とは何か。【前後編の前編】

【図】愛子さまのお相手候補と報じられた人も 旧宮家家系図

危機が深まるなか20年越しに動き出した議論

 安定的な皇位継承や皇族数の確保策は政府内で繰り返し議論されたが、いまだ結論が出ずにいる。

 この間の議論について、有識者として何度も政府のヒアリングに参加した法学者の百地章氏(日本大名誉教授、国士舘大名誉教授)が言う。

「2005年、小泉内閣の『皇室典範に関する有識者会議』で出された報告書は『長子優先、女性・女系天皇容認』という内容でした。それが法制化直前の翌2006年、秋篠宮妃紀子殿下のご懐妊発表があり、悠仁親王が誕生されたことで皇室典範改正の議論は急速にしぼみました」

 現行の皇室典範は皇位継承を「男系男子」、つまりは父方が天皇の血筋を引く男性に限ると定める。2005年当時、皇太子(現在の天皇)と秋篠宮の次の世代に男性皇族がいなかったため、女性天皇や、母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認する議論が進んだ。そこに男系男子の悠仁さまが誕生して議論は先送りとなったが、20年あまりが経って皇統の存続をめぐる危機は深まっている。

「天皇皇后両陛下、上皇上皇后両陛下を別として男性皇族は3方、女性皇族も9方のみです。特に深刻なのは、若い世代が少なく、ご公務の要請に応えられる皇族数が減り続けている点。男系男子による皇位継承を考えても直系は悠仁親王のみという状況です」(百地氏)

 そうしたなか、ようやく議論が動き出した。

「この間、国会は一向に有識者会議の要請に応えませんでしたが、先の衆院選後、『女性・女系天皇容認』を持論とする野田佳彦氏が中道の代表を辞任する一方、『男系論者』の高市早苗・首相が圧勝。ようやく『立法府の総意』の取りまとめと皇室典範の改正が視野に入ってきたのです」(同前)

 男系男子による皇位継承を前提として俎上に載るのが、「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」案だ。

「自民党の『安定的な皇位継承の確保に関する懇談会』会長として党内の皇室典範改正論議を仕切る麻生太郎・副総裁は、旧宮家の男系男子の皇族復帰案に力を入れている。皇室問題のまとめ役である衆院議長に側近の森英介氏を据えたのも、今国会で何としても養子縁組案の皇室典範改正をやるための布石とされます」(自民党関係者)

旧宮家の未婚男系男子は少なくとも11名

「旧宮家の男系男子」とは、戦後、皇籍を離脱した皇族の直系子孫の男性を指す。皇室の歴史に詳しい歴史学者の小田部雄次氏(静岡福祉大名誉教授)が言う。

「旧宮家は明治から昭和の戦前・戦中にかけて天皇家を支えるために設置され、天皇とその直系子孫に次いで高い社会的地位にあった皇族を指します。明治以前は伏見宮、桂宮、有栖川宮、閑院宮の四親王家がありましたが、大正期には伏見宮以外は跡継ぎが絶え、伏見宮の男子の子弟がそれぞれ宮家を創り、近代皇族として一大勢力を築いた。戦後は残った11宮家が皇籍を離脱し、現在、旧宮家と呼ばれるのはその直系子孫たちです」

 皇籍離脱以来80年近くが経ち、旧宮家の人々は一般社会で生活してきた。

「皇族の身分がなくなった後、経済的苦境に立った旧宮家もある。戦後の混乱期には、旧皇族の知名度や人望が目当てにされ、金銭トラブルやスキャンダルに巻き込まれる例もありました」(同前)

 掲載した図は旧宮家の皇籍復帰案を支持する日本維新の会が作成した旧宮家の系図をもとにしたものだが、現在、男系男子の子孫が続いているのは賀陽(かや)、久邇(くに)、東久邇(ひがしくに)、竹田の4家。養子案が実現するとすればそれらの旧宮家から男系男子を皇族に迎え入れることになる。

「現在わかっているところでは、悠仁親王と同世代である20代、30代の未婚の男系男子は少なくとも11名おられ、内訳は賀陽家に2人、久邇家に1人、東久邇家に6人(壬生家を含む)、竹田家に2人です」(百地氏)

 旧宮家は現在どのような生活を送っているのか。前出・小田部氏が言う。

「かつてJOC会長を務めた竹田恒和さんのように要職に就く例もありますが、2019年に維新の会が資料として公開した家系図によると、養子候補となり得る世代の父や祖父は商社や電機メーカー、広告代理店などに勤めるケースも多いようです」

 それでも、皇室との関係が完全になくなったわけではない。

「かつて"ヒゲの殿下"と親しまれた𥶡仁親王がおっしゃっていましたが、皇族と旧宮家は年中交流があり、趣味の会を通じて集まったりもするそうです。正月は皇族方の次に旧宮家の当主の方々が両陛下にご挨拶されます。旧宮家の当主は今も皇居に自由に参内でき、交流も頻繁なことから若い世代もご一緒される機会は多いはずです」(百地氏)

 未婚の男系男子11名の顔ぶれについてはどうか。

「賀陽家のご当主・正憲氏には、いずれも20代のご子息がいらっしゃいます。また、久邇家の当主の弟・朝建氏には中学1年の男児の孫がおられるそうです」(同前)

 東久邇家には、今上天皇と秋篠宮の従兄弟である信彦氏、壬生基博氏、眞彦氏の3人それぞれに男子の孫がいるという。

「東久邇家前当主の信彦氏には未成年の2人の孫、壬生基博氏には10代の男児2人の孫、眞彦氏には20代男子ともう1人男子のお孫さんがいらっしゃるといいます。悠仁親王と年齢が前後する方々が多く、幼少の頃は一緒に遊んだという方もおられる。天皇家に近い方が多い印象です」(同前)

 竹田家は現当主・恒正氏の孫ら2人の男子がいることがわかっている。

 そうした旧宮家の男子のなかで、少し違った文脈での注目もされてきたのが賀陽家の当主・正憲氏の2人の息子だ。

「正憲氏は学習院で天皇陛下のご学友という関係があり、2人のご子息は天皇陛下の長女・愛子さまと年齢が近い。特に弟さんは愛子さまの4歳上で幼少期から交流があり、雑誌メディアに"お相手候補"と複数回、報じられました」(小田部氏)

(後編に続く)

※週刊ポスト2026年5月22日号