吉野家HD会長「わたしの直部下はなかなか昇格させない」…周囲から「いい加減上げてやれ」と声が上がるまで待つ、深い意図
社員のモチベーションに直結する「報酬」。部下の立場からすれば、早く昇進してより多くの報酬を得ることが、働くうえでの大きな励みになります。しかし、吉野家HD会長の河村泰貴氏は社長時代、部下の昇格にあたって熟慮を重ね、「早すぎる昇格」を避けていたといいます。その背景には、教育を重視し、組織を長期的に育てていく“哲学”がありました――。同氏の著書『自分以外のすべてがわが師 高卒バイトが2000億円企業の社長になれたわけ』(日経BP)より、昇格を判断する際の「評価軸」をみていきましょう。
直属の部下の「昇格」を渋ってきたワケ
結論から述べますと、わたしが「報酬」について重視していることは、「今支払う報酬の多寡よりも、将来報酬がアップする希望や確信を重視する」ということです。特に、これまで自分の直属の部下に対してはそうしてきたと思います。ですから、過去にわたしの直部下になった人は、昇給、昇格が遅かったと思います。ごめんなさい(苦笑)。
しかしながら、実際、昇格の際のモチベーションアップよりも、降格の際のモチベーションダウンのほうが大きいのではないでしょうか。ですから、本当にもうこの人は大丈夫だと思えるまで、具体的には、周囲の人から「もういい加減上げてやるべきじゃないですか」という声がかかるまでは、昇格させないようにしてきました。
それは、わたしが「引き上げた」ような印象を持たせたくないからでもあります。
株式会社𠮷野家の創業者の松田瑞穂氏は、「自分しか使えないような部下を育てるな」とおっしゃっていたそうです。わたしも全くそう思います。
もちろん、「大きなセーターを着させる」「職位が人を育てる」という考え方も、否定はしませんし、実際にわたしもそのような人事をすることもあります。何よりも、わたし自身がそうして成長させてもらってきました。ただし、力がまだ不足しているのに、大き過ぎる下駄を履かせて昇格させたりしてしまうと、次に彼や彼女を教育配転させるとき、選択肢が狭くなってしまうリスクは認識しておくべきだと思います。
大切なことは、彼らが近い将来、より大きな仕事をして、より多くの報酬を得られるようにするための機会を提供し続けることではないかと思うのです。
ただし、賞与は別だと考えています。成果に対して支払われるべき賞与については、設定した目標を上回る成果を挙げたのなら、ルールに則って評価し、それに基づいて支払うべきです。
今の報酬よりも、「将来もっと稼ぐ力」を身に付けてもらうために
ここでわたしが言及しているのは、必ずしも短期的な成果だけで決定するわけではない、昇給、昇格についての考え方です。今日支払う、数千円、数万円の直接報酬を上げることよりも、将来もっともっと稼げる力を身につけてもらうためにお金を使いたいのです。直接的な教育費もそうですし、人事異動によって新しい挑戦をする機会を提供したいと思います。
ですから、「自分の下で積める経験はもう十分だな」と感じたら、他の部門への異動を提案します。「よくやってるな」と感じたら、もう潮時です。わたしの下で学べることなんて、もうあんまりないと思ったほうがいい。
明治維新以降の日本から学ぶ「成長する組織」の共通点
もちろん今は、組織全体に対してもそう考えています。教育費>直接人件費という優先順位です。
アジア初のノーベル経済学賞を受賞した、インド人経済学者のアマルティア・セン氏は、自国が貧困から抜け出すためのヒントを得ようと、日本の明治維新以降の歴史を研究したそうです。
そこで彼が結論づけたのは、多くの途上国では、親は子どもがまだ小さなうちから働き手として使ってしまうが、日本はそうではなかった。家族が貧しくとも、最低限の教育を受けさせるという文化が、江戸時代から続いていたことが、明治以降の日本の発展を支えたというものでした。
限られた量しかない食べ物を、今食べてしまえば、そのときはお腹いっぱいになるかもしれませんが、明日食べるものがなくなってしまいます。それよりも、今日ひもじい思いをしてでも、より多くの実りを生むための種として植えるほうが、未来への希望につながりますよね。組織も、そこで働く人も、「今」ではなくて「未来」に大きな希望が持てるようにすること、それを最も重視するようにしています。
さらに言うと、元GEのジャック・ウェルチ氏が説く、「将来、その役職以上の仕事が期待できない人をその職位につけるべきではない」という考え方にも、大いに共感します。長い目で見て、それがその人にとって本当に良いことなのかどうか。
社長が行う人事は、その対象者だけではなく、多くの人の人生を左右する決断です。熟慮に熟慮を重ねるのは当然です。何度も何度も考えて、相談すべき方にも相談し、決定するようにしていました。
河村 泰貴
吉野家ホールディングス
会長
