平原綾香が亡き父への思いも…高橋大輔が魅せた「氷艶」仲間たちとの進化と絆
高橋大輔さんが主演、座長を務めてきた、フィギュアスケートと日本文化が融合した氷上総合エンタテインメント「氷艶」シリーズ。そのシリーズで共演してきたスケーターと歌手や役者など、異なるルーツを持つ表現者たちが氷の上で溶け合い、共鳴しながら演技するアイスショー「The MELT -Cross of Roots-」が5月2日から5日まで新横浜スケートセンターにて、全12公演行われた。演出は氷艶のすべてを知る男、尾上菊之丞さん。
ライターの田中亜紀子さんによるレポート第1回は、5月2日の演目をお伝えした。高橋大輔さんの「阿国の舞」や、昨年の「氷艶 hyoen 2025 -鏡紋の夜叉-」でダブル主演だった増田貴久さんの歌にあわせたコラボレーなどを中心にお伝えした。レポート第2回では、増田さんが平原綾香さんにバトンタッチした5月4日の公演の模様をレポートする。
コロナ禍から前進してきた
リンクの中に、音もなく黒い鷲が舞い込んできた。
氷の上で、シャンソン「黒い鷲」を歌う平原綾香さん。そのパワフルで慈愛あふれる声で、早くも会場は多幸感に満ちている。その途中、5年前と同じく、王子さまのようなドレープの袖を翻して現れ、リンクを縦横無尽に滑りぬけていくのは、黒い鷲役の高橋大輔さんだ。その姿は、雄大な空を渡る、まさに鷲のよう。なんという美しいスケーティングなのだろう。
そして、一足先に平原さんの分身のように踊っていた村元哉中さんと、歌詞にあわせて組み、二人で舞い始める。この5年間のカップルとしての歩みが、そのままこの演技の進化として、現れているようだ。
2021年コロナ禍で行われた、「氷艶」シリーズのスピンオフのアイスショー「LUXE」で披露された「かなだい」と平原綾香さんのコラボレーションプログラム「黒い鷲」。このたび、振り付けが少しかわって再演された。その「LUXE」の演出を手掛けた尾上菊之丞さんが、今回のアイスショー「The MELT -Cross of Roots-」の演出を務めている。
4日から始まる後半のショーには平原綾香さんのほか、自らが出演中の舞台が休演日の4日のみに駆け付けた福士誠治さんも加わった。そして3日から参加している長谷川開さんの歌声も合わさり、ハーモニーが厚く、また違う世界の扉が開いていた。5月2日と3日の公演に出演した増田貴久さんもそうだが、「THE MELT」は「氷艶」の代々の出演者の絆や、仲の良さが強く感じられる。
5年前から感じる進化
4日間共通で披露された演目の中で、「LUXE」で演じられた「食虫花」と、ギリシャ神話のナルシスをテーマにした「Miroir」を想起するものが個人的にはとても魅力的だった。「食虫花」を5年前に演じたのは、荒川静香さんだが、今回バレリーナのように花を舞ったのは村元哉中さん。アンサンブルを担う女性スケーターを従え、咲きこぼれるように、抒情的に花を演じていた。「氷艶 hyoen2019 -月光かりの如く-」の時には、群衆役の一人だった彼女だが、それから高橋大輔さんとアイスダンスのカップルを組み、「氷艶」シリーズでも存在感のある役柄につくように。今回も演出の菊之丞さんの補佐的な役割で振り付けも手掛けるなど、まさに大輪の花を咲かせたような村元さんの活躍ぶりが、この演目と重なる。
その中盤から、高橋大輔さんと田中刑事さんが飛び出してきて、前述した「ナルシス」を想起させる演目が始まった。「LUXE」ではギリシャ神話から抜け出たような衣装で、ナルシスと水面に映った虚像を演じる二人が対の動きを見せ、やがて虚像が勝手に動いていく恐怖が話題だった。今回は、水を連想させる薄緑のひらひらとした衣装で、村元哉中さんをはさみ、二人が猛スピードで対の動きをしながら、リンクをかけぬけて、時に交差し、時に戯れる。
2021年も思ったが、高橋大輔さんと対で、負けてはいけない役を演じる田中刑事さんのプレッシャーはいかばかりか。彼自身がパンフレットで当時のことを、現役選手として、高橋さんの動きを近くで見て必死でマネして練習し、「ただついていくのではなく、大ちゃんを飲み込むぐらいではないといけなかった」と語っていた。そして今回はプロスケーターに立場を変え「自分にプレッシャーをかけ、偉大な先輩と張り合わなければいけません」とあるが、この言葉通り、素晴らしい動きを見せた田中刑事さん。プロになってからも成長を続けている素敵なスケーターだ。
平原綾香さんの「亡き父への思い」
村元さんと3人のプログラムが美しく終了すると、そこにみつばちの扮装をした誰かが、とことこやってきた。と思ったら友野一希選手である。次の「熊蜂の飛行」の曲の速度にあわせ、とことことことこ、と細かい急ステップで進む友野さんのキュートな姿よ。さらに多くのミツバチたちが同様にかわいらしく踊っている中、そこに中田璃士選手が熊蜂として現れ、強そうに踊る。長谷川開さんも乱入し、号令をかけて蜂たちをあおって競争させるなど会場のムードを一変させるユニークなプログラムであった。
5年という歳月は、誰の身にも様々なことが起こる時間だが、平原綾香さんの身に訪れたのは、最愛の御父上であるサックス奏者、平原まことさんを失うことだった。平原さんは自身のSNSにこのように投稿している、「大切な人を失った日から、春が来る事さえ嫌でずっと冬でもいいと思っていました」。しかし父親の最後の様子などをさまざまに思い出し、尊敬する父に倣って「私も、この命の鼓動一音一音で愛を奏で、生きていこうと思います」と、今回の公演後に決意を述べていた。
そんな彼女が「天国で夢の続きを叶えてください」と祈りを込めて詞を書いた、「祈りにみちて」を歌い。「氷艶」の共演から親友になったという荒川静香さんが、その思いを受けて舞う。ひらひらと花びらのように美しく、天国へとメッセージを届けるように、また平原さんを慰め、励ますようにやさしく演じていた。
「氷艶」の絆
そして中盤、日替わりでスケーターがラップにのせた演技で勝負し、観客がスマホのライトでジャッジするという観客参戦型の「リリックバトル」。この日のMCは福士誠治さんだ。ノリノリで観客をあおる中、驚いたことに「氷艶」2作目に参加し、「LUXE」では福士さんとコンビを組んでいた俳優の波岡一喜さんが、録音の歌唱で参戦。さらにこの日の2公演目には、観客席に座っていたのを拍手喝采で迎えられ、「氷艶」の仲間の絆を感じる一幕だった。
その後、「氷艶」を感じるパートに突入。第1回のレポートで描いた、高橋大輔さんの「阿国の舞」から始まるが、回を重ねるごとに、動きのキレと異世界感が強まり、観客をさらに魔界に誘い込んでいるようだった。
2作目の源氏物語をベースにした「氷艶 hyoen2019 -月光かりの如く-」のパートは、平原綾香さんが当時演じた藤壺の役柄で、高橋大輔さん演じる光源氏への許されぬ思いをしっとりと歌い上げ、女性スケーターたちがアンサンブルで舞い世界観を強めている。さらに2019年当時、頭中将を演じていた福士誠治さんが、平原さんと共に情感をこめて歌い、歌に厚みを持たせていた。余談だが、当時は照れて稽古していた、高橋大輔さんの光源氏と平原さんの藤壺のラブシーン。今だったらどんな様子になったのか、二人がそろった様子も見てみたかった。
40代になった高橋さんをさらに大きくするもの
続いて氷艶の3作目「十字星のキセキ」、4作目「鏡紋の夜叉」のパートが終わると(詳しくは第1回のレポートをご覧ください)、冒頭で描いた「黒い鷲」の演技へ。思えば、コロナ禍で行われた「LUXE」は、まだいろいろ制限のあった時期で、参加したくても来られなかった人たちも多かった。あの時の高橋さんと村元さんは、本格的に組んで演技するようになって間もないといってもいい時期だったが、合宿中に「黒い鷲」の練習が始まると出演者たちが、集まってきて見学していたというエピソードが記憶に残っている。
そこから5年、さらに進化した「かなだい」のカップル演技はもちろん、高橋大輔さんのスケーティング自体もさらに研ぎ澄まされていたように思う。組んで踊っても、分かれて一人で滑っても、自由に雄大にリンクを翔ける高橋さん。「氷艶」をはじめ、様々な種類の演者との共演やエンタメの世界で積んだ経験が、40代になった彼を、さらに表現者として大きくしていると感じる。
平原さんの氷上でも空中でも素晴らしい歌の力
平原綾香さんは、「LUXE」の時は高い空中に浮かぶゴンドラの上にすわって歌っていた。彼女が最初に氷の上で歌った「氷艶 hyoen2019 -月光かりの如く-」の時に、滑る床(氷)で歌う難しさを感じたそうだ。次のアイスショーとなった「LUXE」では、「今回は、滑らない床にしますから!」とスタッフにいわれていたのに、なぜか滑る床さえない、空中ゴンドラで歌うことになった驚きを語っていた。
今回はまた滑る床に戻ったところが、荒川静香さんからもらいうけた替えのブレードが、プロ仕様でより細く、氷との密着面がへっていたというオチまである。今作はかなだいと共に、劇中滑るシーンもあり、ご本人には大きな困難で大変な努力が必要だったと思うが、床があろうとなかろうと、常にパンチのきいた、多幸感のある平原さんの歌声に会場は包まれた。
そんな平原さんの歌にのせ、大空をかける黒い鷲が去ってしまった時、とても寂しい気持ちになり、余韻が残った。と、その余韻が一瞬で吹っ飛ぶような、「ソイヤ!ソイヤ!」と掛け声がかかる勢いのある曲で、友野一希選手、大島光翔選手、中野耀司さんの3人が滑り込んできて、太鼓の音楽にあわせた演技で、踊りまくっている。
彼らは前半日程の時も、増田さんとかなだいのプログラムの大喝采の後に出てくる、という難しい位置だったが、一瞬でその前の余韻をふっとばす、若さとエネルギーが爆発。アクションスターのような演技で、会場の熱気を自分たちのものにしていた。この公演の友野選手は、前半の「十字星のキセキ」のシーンも、蜂のプログラムもこの「ソイヤ!」プロも、どれも違うキャラでありながら、勢いにのって、非常にエネルギッシュなスケートで、楽しかった。
スケーターとアーティストの境界が溶けるように
今回のショーでは、プリンスアイスワールドチーム所属のプロスケーターたちが多く出演しており、グループナンバーやアンサンブルをがっちりと固め、それぞれが存在感を発揮して演技している。これがショーの華やかさを増し、立体的にしている一因だろう。また、「滑走屋」で成長してきた大島光翔選手も、パフォーマンスがまた向上し、非常に目を引かれた。すべての演目やスケーターについて、書ききれないのがとても残念だが、演出の尾上菊之丞さんの「みなに見せ場がある」という言葉通り、どのスケーターもアーティストも、各自見せ場のある振り付けを生き生きと演じていた。そして、スケーターは今回はセリフ等はなく、たっぷりとスケーティングを見せてくれた。
また、「THE MELT」は、「演者と演者の境界を。リンクと観客の境界を。スケーターとアーティストの境界がとけるように」ということを目指しているそうだが、それにはアーティストの方たちが、氷の上で自由に動けることが絶対条件であり、そのために歌手や役者の方たちがどれだけ努力をされて臨んだことか。
そのことを示すような場面が、後半に用意されていた。
後半と「氷艶」原点については後編「「歌舞伎オンアイスがあっていい」高橋大輔「氷艶」誕生につながる松本幸四郎の熱い思い」にて詳しくお伝えする。
