「害虫駆除」「門の開け閉め」まで会社に負担させ…京都に君臨した”女帝”がいた【KBS京都「146億円巨額債務」の前日譚】
京都御所の西側にある蛤御門を出ると、向かいに近畿放送(現・京都放送=KBS京都)の本社がある。5階の特別応接室の窓から御所を望めば、森の向こうに、大文字山として知られる如意ヶ嶽から比叡山へと続く稜線が静かに横たわっていた。
古都らしい穏やかな景色とは裏腹に、この日、その部屋の空気だけは異様に重かった。地方放送局には似つかわしくない、巨額債務をめぐる議論が始まろうとしていたからだ。
参加した役員たちが最も把握したかったのは、同社が抱え込んだ146億円もの債務の「出発点」だった。
146億円もの巨額債務をめぐって
監査役のひとりが口を開く。
「KBS京都の簿外債務がいかほどか分からない」
視線は、実務を担ってきた副社長へと集まったが、応じたのは「野村栄中」と名乗る強面の男だった。
「特定できないから、こちらも困っている」
こう答えた男は、この8ヵ月後、バブル期の日本を揺るがせた巨大金融不祥事・イトマン事件に絡み逮捕される許永中、その人だった。
1990年11月27日、誰も全体像をつかめないまま、事態はすでに破滅へと向かって歩み始めていた。
この日を皮切りに、KBS京都の巨額債務をめぐる会議は翌'91年3月まで計11回開かれる。その記録は後に「根抵当権問題会議 議事録」として整理され、いま私の手元にある。外部にほとんど出回っていない内部資料で、許ら当時の関係者の生の声が残されている。そこには、全体像を誰も把握しないまま、張りつめた空気の中で迷走する経営陣の姿が記録されていた。
146億円に上る債務の担保には、会社の所有地や本社社屋などの不動産のほかに、放送機材まで差し入れられていた。ところが、その場にいた社長ですら、経緯を把握してはいなかった。
監査役も「監査法人から聞かされて初めて知った」と語り、「おかしな話だ」と不快感をあらわにする。
暗躍する2人の“部外者”
会社の中枢にいるはずの役員たちは、どこか他人事のようだった。責任をなすり合い、資金繰りへの焦りだけが濃くなっていく。
だが、この会議の異様さを際立たせていたのは、二人の部外者が発言の中心にいたことだった。ひとりは、先の「野村栄中」こと許永中。もうひとりは、隠然たる力で京都財界に君臨した山段芳春という人物である。
本来なら社長や専務が説明すべき局面で、許が金融機関との交渉状況を語り、解決期限まで約束する。山段は人事や今後の方針に口を出した。対して、経営陣は説明を聞く側に回っていた。
およそ2ヵ月前、日本経済新聞が、住友銀行の緊密融資先で「別動隊」とも呼ばれた中堅商社・イトマンの乱脈経営を報じていた。その翌月には、「住銀の天皇」と呼ばれた会長・磯田一郎が辞任を表明する。戦後最大級の金融事件、イトマン事件の捜査がまさに幕を開けようとしていた。
そして、KBS京都の146億円の担保問題は、このイトマン事件と水面下でつながっていたのだった。
発端は、KBS京都の元社長で、当時の親会社、京都新聞のオーナー社長でもあった白石英司(1929〜1983)が積み上げた、100億円に迫る帳簿に載らない借金だった。その負債はKBS京都が背負わされ、本体の京都新聞では、オーナー家への厚遇がむしろ固定化されていった。
時代は令和に移り、2026年3月25日。大阪高裁は、長年、京都新聞の相談役にとどまっていた白石浩子(85歳)に、巨額報酬や私邸管理費の返還を命じた。
「女帝」にふさわしい特別待遇の全容
浩子は、白石英司の妻であり、戦後、京都新聞に君臨し続けた白石家の影響力を引き継いだ人物である。裁判が進むにつれ、「女帝」と称されるにふさわしい特別な扱いの詳細が明らかになった。
浩子は、京都新聞とその子会社から毎年高額の報酬を受け取っていた。相談役に就いた'87年から'21年までの34年間の報酬額は、時期によって年4100万〜6200万円に及んだ。加えて、事実上の私邸として使用していた京都・大原の山荘の管理費まで会社に負担させていた。
実はこうした厚遇の背景には、京都新聞幹部と浩子側のあいだで築かれた、過去の特別処遇の構図があった。そのことは後に語るとして、時代がくだると、京都新聞側がこれを問題視し始める。そして、'22年にこれまでの報酬や山荘管理費の返還を求めて、浩子を提訴したのだ。
一審の京都地裁は約5億1096万円の返還を命じたが、大阪高裁はこれを約3億1000万円へと大幅に減額した。高裁は、他の相談役と同程度の相談役報酬には一定の合理性があるとして一審判決を減額。そのうえで、過大報酬分、関連会社報酬、山荘管理費の私的利用分などの返還を命じた。
双方の主張を一部ずつ退ける「痛み分け」の判決だった(会社側は上告)。だが、判決以上に重いのは、裁判の過程で明らかになった京都新聞の病理である。
80歳を超えてなお高額報酬は続き、さらに、京都・大原の山荘には24時間常駐の管理人が置かれ、同一敷地内の私邸の門の開閉、郵便物の受け取り、害虫駆除まで、費用は会社負担だった。
国税当局も、過大報酬に加え、私邸管理費の会社負担という「公私混同」の実態をたびたび問題視していたが、是正されることはなかった。
(敬称略)
では、なぜこうした待遇が何十年にもわたり温存されたのか。【後編記事】『KBS京都と京都新聞を蝕んだ「責任回避の病」…なぜ彼らは“フィクサーの食い物”にされ「借金146億円」を背負ったのか』へつづく。
「週刊現代」2026年5月11日号より
【つづきを読む】「害虫駆除」「門の開け閉め」まで会社に負担させ…京都に君臨した”女帝”がいた【KBS京都「146億円巨額債務」の前日譚】
