捜査の追及に、ついに罪を認めた妻

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 昭和27年5月10日に発覚した「荒川放水路バラバラ殺人事件」。被害者は現職の警察官で、妻は小学校の教員――猟奇的な事件であることに加え、被害者の職業にも注目が集まり、警視庁は慎重に捜査を進めることを余儀なくされる(全3回の第2回)。

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身元が特定されても…

 東京都足立区の荒川放水路で胴体部分が発見されてから6日後の昭和27年5月16日、西新井署特捜本部に朗報がもたらされる。胴体が漂着した場所から4キロ上流の鉄橋の下で、切り取られた上肢が発見されたのだ。すぐに鑑識課員が指紋を照合、5月7日から行方不明になっている志村署外勤係のA巡査(27)と一致した。これで、発見されたバラバラ死体は、A巡査であることが判明したのである。

捜査の追及に、ついに罪を認めた妻

 そして水面下の捜査では、A巡査の妻・B子(26)への嫌疑はかなり高くなっていた。捜査本部は「発見された遺体はA巡査と断定された」ことを伝えるべく、捜査員を自宅に派遣した。事件の話題性もあり、A巡査の自宅には新聞記者が張り付いている。捜査員は記者を追い返し、B子と同居する彼女の母(51)に来意を告げた。

「昨日、頭部が発見されたという新聞記事を読みましたが、歯の具合が違うので夫ではありません」

 B子はピシャリと言った。だが、発見された両手の指紋を照合し、A巡査で間違いないと改めて告げると、母娘は互いに顔を見合わせ「本当ですか……」と言ったきり、黙ってしまった。ベテランの部長刑事が「自殺したとも考えられるので、遺書のようなものがないか、A君の机などを見せてください」と頼むと、B子は「よく調べてください」と同意した。

〈部長刑事の目は鋭く部屋の隅々に走っていた。まず、押入の上段のカーテンの左隅に二ヵ所の血痕らしい斑点があることに気づく。つぎに、下段にしまわれたタライ。その縁にも親指大の血痕が三カ所確認できた。さらに、束ねられた新聞の下のほうから発見したのは、昨年二月の大阪朝日新聞だった〉(近藤昭二著『捜査一課 謎の殺人事件簿』二見書房より)

 それでもB子は落ち着き払っている。発見された遺体が夫であると断定されても、当初からの態度に変化はない……。部長刑事は前日にB子から聞いた、A巡査の金遣いの荒さを聞いてみた。A巡査の借金は、B子の給料と合わせて毎月返済していたが、一向に減らない。その理由を問いただしたところ、A巡査は果物ブローカーになろうとして数万円の損害を出し、そのことを愚連隊の男に知られ、それをネタに恐喝されていたという。

〈「どこかの女との三角関係で殺されたのかもしれませんし、(恐喝していた愚連隊に)やられたのかもわかりません。もし、自殺なら、借金のことがわかると、警察を退職しなければならないと思い、前途を悲観した結果かもしれないと思われます」〉(同)

 B子はまるで、捜査幹部の筋読みのような“推理”まで展開してみせた。

 だが、ここで捜査本部は“勝負”に出た。B子が有力容疑者ではなく、犯人に違いないと踏んで5月16日午後5時44分、記者の目をそらすため、捜査本部のある西新井署ではなく、赤羽署で身柄を押さえて本格的な事情聴取を開始した。容疑性が高まったことに加え、新聞記者がB子に直撃取材を試みるようになっており、事件や捜査の情報がいたずらに拡散されるのを防ぐ狙いもあった。

共犯者はいるのか?

〈「私は多くの児童の教育の任にあるものです。途方もない嫌疑をかけられては迷惑します。どのような証拠によって逮捕されたのか存じませんが、これで憲法に保障された人権というものが私にもあるのでしょうか。刑事さん、落ち着いてよく考えてください。あの柔道何段とかいう頑強な男ひとりを、こんなにやせ細っている小さな弱い女が、殺したりバラバラにしたりできるわけないでしょう」〉(同)

 調べ担当の刑事をまっすぐに見つめ、瞬きもせずに語るB子。その指摘通り、捜査本部内で検討されていた、ある重要な課題があった。

「レツ(共犯者)がいるはずだ。身辺捜査を徹底しろ」

 B子は大阪府出身。生家は綿布加工業を手広く営んでおり、何不自由ない幼少期を過ごした。しかし、戦争で財産を失い、昭和19年に父親の出身地である山形に疎開した。県立高等女学校の専修科に進み教員資格を得たが、山形には空きがなく、大阪の旭区内の小学校に勤務することに。

 一方のA巡査はB子の母親の姉の継子にあたり、幼少のころから二人は顔なじみだった。昭和23年、B子が大阪から山形に帰省する際に東京に立ち寄り、そこで再会した二人の仲は親密になっていく。3年後には結婚の約束をするまでになっていた。同26年4月、B子は東京へ。A巡査の自宅で同居が始まり、ほどなく大阪からB子が呼び寄せた母(51)と弟(16)との生活が始まっていた。

 B子の同僚への聞き込みから、興味深い情報も寄せられた。大阪の学校に勤務していたころ、同じ職場の男性を好きになり、自ら結婚を申し込むと、男性の態度が冷たくなり、死ぬほど苦しんだ過去を打ち明けられたという。

 そして、B子の親友へ事情聴取したところ、結婚生活について「私にはどうしても愛情の表現ができない。(A巡査が)いる夜は怖い。これは、私の肉体に欠陥があるからかもしれない。それにしても、借金してまで飲み屋回りをして困る。ときどき泊まるようになり、給料も渡さなくなったので、愛人でもできたのではないか。何とかして別れたいが、いい方はないかしら」と打ち明けていたこともわかった。

 自宅の捜索で押収された中に、かつて東京と大阪で遠距離恋愛をしていた二人が交わした手紙があった。そこには、とにかく「早く呼んで」「逢いたい」「たまらなく逢いたい」といった、激しい愛のやり取りが残されていた。

 やはり「理想」と「現実」は違っていたのか――。

ついに自供

 取り調べにあたった捜査員は、B子の証言の矛盾をつくことはせず、また捜査で分かった事実をぶつけることもせず、B子の気持ちに寄り添った調べに徹した。副業に手を出し、借金を重ね、酒を飲むA巡査の不誠実さを責めたのである。

 5月17日午前10時40分過ぎ、B子は突然、全身を震わせ、声を張り上げて号泣した後、こう言った。

「取り乱して失礼しました。(A巡査は)私が手にかけました。お手数をかけて申し訳ございません。私が夫を絞め殺しました。母と死体をバラバラにして、川に投げました」

 共犯者は同居する母だった。午後3時半、自宅にいた母親も殺人・死体遺棄損壊の疑いで緊急逮捕した。母親は当初、自身だけでなくB子の容疑も否認していたが、その後の調べですべてを認めた(母は死体損壊のみ)。また、同じく同居していたB子の弟(14)については「犯行当時は寝ており、(遺体を解体するなどした)翌日は親類に預けた」という供述の裏付けが取れた。

 事件は遺体発見から1週間で、劇的な展開となった。

【第3回は「『死体は細かくした方が捨てやすいし、人目にもつかない』…実母と一緒に夫の遺体をバラバラにした“小学校の女性教員” 『こうするより他に仕方なかったのです』」】

デイリー新潮編集部