気鋭の日本画家「丁子紅子」インタビュー “資産価値”でも“高尚な趣味”でもない「絵を家に飾る」ことの魅力 「社会が混乱している時代だからこそ、絵を手にしてほしい」
2020年から始まった一連のコロナ騒動が、思わぬところに影響を及ぼしている。発生直後に下落した株価はその後に反発して高騰し、資産を持て余した富裕層がアート作品を買い漁ったのだ。とりわけ現代美術界隈は、稀に見る活況を呈している。ここ最近はセカンダリー(二次流通)での市場価格が下落し始め、絶頂期に比べれば落ち着きを見せつつあるが、若手の投資家や起業家が美術作品を購入するとなれば、今も現代アートが第一の選択肢に上がってくる。依然として人気は衰えていないようである。
【写真】スマホケースにキーホルダーも 日本画界を盛り上げる新進気鋭の日本画家「丁子紅子」の作品と制作風景
その一方で、岩絵の具などを使って描かれる、日本の伝統的な絵画“日本画”の注目度は決して高いとはいえない。筆者の周りでも、現代アートを購入している投資家や起業家に話を聞くと、「古臭い」「買っても飾る場所がない」「資産価値が低い」と、ネガティブな印象を持つ人が少なくない。その傾向は数字にも如実に表れ、明治〜昭和初期の近代日本画は、バブル期の5分の1の値で買えることもあるほどだ。

そんななかで、新たな試みで日本画に光を与えようと取り組む日本画家がいる。美術団体「現代童画会」の常任委員を務める丁子紅子(ちょうじ・べにこ)氏である。丁子氏は現在、もっとも注目される若手日本画家の一人であろう。各地で個展が実施されているほか、小説の挿画や、音楽、ファッション業界とのコラボなど、多岐にわたる勢力的な活動を展開している。また、SNSなどを使った情報発信にも熱心である。
丁子氏は日本画を日常に取り入れた生活を提案する。「床の間がない家に、日本画は不向きでは」という筆者の疑問にも、「掛軸はタペストリーだと思って飾ればいいんですよ」と、大胆な提案を行う。日本画を取り巻く現状から、購入後の楽しみ方、そして丁子氏自身の活動まで話を聞いた。【取材・文=山内貴範】
日本画を“始める”人は増えている
――丁子紅子さんの個展には何度も伺わせていただいておりますが、作品の人気が本当に高いですね。昨今、日本画が低迷していると言われるなかで、この人気の高さは驚くべきものがあると思います。
丁子:私自身は、2013〜14年ぐらいから作品を発表し始めているのですが、その頃に起こった美人画のブームにうまく乗ることができたと思っています。当時は池永康晟さんが注目された影響で、美人画のコレクターが増えました。併せて日本画も注目され、愛好家が増えた時期だと思います。
ところが、コロナ禍が始まったぐらいから、アートのバブルが起きました。自粛ムードの高まりから、富裕層が海外旅行などに使っていたお金が使えなくなり、現代アートがすごく盛り上がってきました。アートに関心を持っていただける機会が増えた反面、インテリアに合って飾りやすい現代アートが増えると、日本画の人気が落ちてきたと思います。
――丁子さんが常任委員を務める「現代童画会」に所属する作家も、油彩画が中心です。日本画にこだわって発表し続けているのは、ほぼ丁子さんが唯一と言っていいと思います。
丁子:けれども、公募展に日本画を出す方は増えてきているな、という印象はあります。私が委員だから推すわけではありませんが、現代童画会はもともと「他と違うことをやってみようかな」と挑戦する人が多く、「岩絵の具を使って日本画を描いてみよう」と思う方は増えたと思います。とにかく、応募作品を見ると、前よりも断然日本画が増えたと感じますよ。
――それは意外に思いました。日本画を始める最大の障壁は画材が高いことで、おいそれと始めにくいと思っていましたから。丁子さんの影響も大きそうですね。
丁子:私も現代童画会に16年所属しているので、このなかに日本画家がいるんだと認知してもらえていると思います。確かに、その影響で挑戦する人が増えたのはあるかもしれません。ともあれ、日本画に興味を持ってもらうきっかけづくりも私の役目だと思っているので、嬉しい限りですね。
気軽に本物の絵を手にしてほしい
――実際、丁子さんは日本画の可能性を広げる活動に積極的に取り組んでいます。XやInstagramも更新頻度が高いですよね。
丁子:SNSでは、なかなか岩絵の具の美しさや絵の質感までは伝わらないのが歯がゆくはありますが、なんとなくでもいいので興味を持っていただき、ギャラリーに足を運んでいただければと思っています。
日本画は、写真と実物で、見た時の印象が大きく異なるんですよ。実際に生で絵を見て、「あ、こんなに綺麗なんだ」とか、「こんな素材感なんだ」と感じてもらえれば、気に入っていただけると自信を持っています。
――日本画といえば、屏風や障壁画のように巨大な絵が連想されますが、丁子さんは手に取れるサイズのコンパクトな日本画も制作していますね。
丁子:絵画って、そもそも高いじゃないですか(笑)。値段に抵抗を感じる方が、ひょっとすると大半かもしれません。では、どうしたら手軽な値段で、ポスターなどの印刷物ではない“本物の絵”を持つ体験をしていただけるだろうかと考えたのです。そして、手のひらに乗るぐらいの小さなサイズであれば、1万円前後で提供ができるかなと。
とはいえ、小さいサイズの作品も手を抜いているわけではありません。通常の作品同様に岩絵の具を使って一点一点仕上げていますし、展示会でも使うアクリルボックスに入れて販売しています。販売開始から6年ほど経ちますが、絵を所蔵したことがなかったという方が日本画の魅力にはまり、後から大きな絵を買ってくださったことも何度かありました。
――今年になって、“懐中日本画”と題して、キーホルダーにした日本画の販売も始めていますね。
丁子:これは、つい最近作り始めたばかりです。ケースは高いものではありませんが(笑)、もちろん絵はしっかり描いています。複製ではない本物の絵、特に日本画をこのサイズで販売している例は珍しいと思いますよ。
購入する層をいかに広げるか
――日本では、現代アート、日本画、洋画に限らず、絵を買う文化が定着していないですよね。そこが日本の美術市場がなかなか拡大しない要因でもあるし、アーティストが生計を立てていくうえでも大きなハードルではないかと感じます。
丁子:そうなんですよね。私は、部屋の壁に何か絵を飾るだけで生活が豊かになると思いますし、部屋の雰囲気もガラッと変わると思うんですよ。絵は嗜好品ではありますが、逆に社会が混乱している時代だからこそ、絵を手にしてほしい。その魅力を伝えるためにも、様々なことに取り組んでいきたいと思っています。
――その一方で、日本人って、美術館はめちゃくちゃ好きじゃないですか。絵は美術館で見るもので、買うものではないという意識が強い気がします。
丁子:鑑賞する文化だというのは、おっしゃる通りと思います。美術展の人気が高いのは日本人の性質だと思うんですけど、みんなが話題にすると行きたくなったりするわけで、フットワークは軽いのでしょうね。
一方で、基本的に美術館で絵に触れた方々は、それが家に来る、家に飾れるという感覚にはならないのかもしれませんね。ギャラリーにいらしたお客様も、「絵って、買えるんですね!」と驚かれることがすごく多いんですよ。そのあたりの意識を変えていきたいなと思っています。
後編【掛軸って洋室にも飾れるの? 「ええ、タペストリーだと思ってください」 気鋭の日本画家が語る“床の間”がなくても味わえる「日本画の醍醐味」】では、新進気鋭の日本画家である丁子紅子さんに、日本画の魅力、楽しみ方について、より深く伺っています。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部
