まさかの“因縁”が連鎖…プロ野球で起きた前代未聞の珍プレー
プロ野球には、偶然だけでは片づけられない“因縁めいた珍プレー”が存在する。過去のプレーが思わぬ形で重なり合い、まるで巡り合わせのように同じような出来事が繰り返されることもある。ゴールデン・ウィーク企画の第3回は、そんな前代未聞とも言うべきハプニング的な珍プレーを紹介する。【久保田龍雄/ライター】
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ダブル珍事
「因果は巡る」を地でいったような2つの珍プレーのダブル当事者となったのが、中日時代の大島康徳だ。
まず1984年5月5日の大洋戦、3回1死満塁で宇野勝が右翼線に飛球を打ち上げたことが、ハプニングの発端となった。

風に流された打球は、ライト・高木由一が懸命にグラブを差し出すも捕球に失敗。一、二塁間で打球の行方を見守っていた一塁走者の大島も、落球を確認すると二塁に向かって走りはじめた。
ところが、後方から「やったあ!」と大喜びの宇野が猛スピードで走ってくる。このままでは追い抜かれてしまうと危惧した大島は、二塁ベースの手前で「宇野、いかん。止まれ!止まれ!」と必死に制止した。
それでも「二塁に行くことしか頭になかった」宇野は勢い余って大島を追い越してしまい、公認野球規則5.09(b)(9)によりアウトになった。
しかし、話はこれだけで終わらなかった。
それから2週間後の5月19日のヤクルト戦で、今度は大島が宇野に“変身”してしまう。
3点ビハインドの5回無死一、二塁、大島は左翼にあわや同点3ランという大飛球を放つ。レフト・釘屋肇がフェンス際で捕球を試みたが、打球はあとひと伸びスタンドに届かずフェンスを直撃した。
「スタンドに入ってくれと祈りながら夢中だった」と全力疾走していた大島は、一、二塁間で打球の行方を見ていた一塁走者・谷沢健一が目の前にいることに気づくのが遅れた。
慌てて戻ろうとしたが、時すでに遅し。追い越しアウトが宣告され、「まいったな。これじゃ宇野を笑えないよ」と恥じ入る羽目になった。
後方の走者に追い抜かれたわずか2週間後に、今度は自身が前方の走者を追い抜くというダブル珍事を体験したのは、もちろん後にも先にも大島一人だ。
勝ったからいいじゃないですか
オリックス時代のイチローも珍プレーと縁が深く、プロ3年目の1994年6月12日のロッテ戦では、史上初のサヨナラ振り逃げを記録している。
3対3の延長10回、1死満塁のサヨナラ機を迎えたオリックスだったが、勝呂壽統は一邪飛で2死。この日3安打を記録し、4割近い高打率で売り出し中の1番・イチローも、カウント1-2から成本年秀のフォークを空振りして三振に倒れてしまう。
そのボールを捕手・定詰雅彦が後逸したことで、事態は思わぬ展開を見せる。
通常、振り逃げは一塁が空いているときに捕手が第3ストライクのボールを正規捕球できなかった場合に適用されるが、2死の場合は一塁に走者がいても成立する。三塁走者・本西厚博がサヨナラのホームを踏み、サヨナラ振り逃げという珍しい幕切れとなった。
三振を喫したにもかかわらず勝利のヒーローとなったイチローは「ラッキーとしか言いようがない。まあ、勝ったからいいじゃないですか」と照れるばかりだった。
ちなみにセ・リーグでは、阪神・藤田平が1981年6月23日の広島戦の9回2死満塁で起死回生の“同点2点タイムリー振り逃げ”を記録している(試合は直後、佐野仙好の内野安打で阪神がサヨナラ勝ち)。
藤田といえば、1997年にイチローに抜かれるまでNPB記録の208打席連続無三振の保持者だった。連続無三振記録だけでなく、サヨナラ勝ちにつながる振り逃げでもイチローとつながりがあったのは、偶然とはいえ因縁めいたものを感じさせる。
その後、ソフトバンク・松田宣浩が2014年5月6日の日本ハム戦で20年ぶりのサヨナラ振り逃げを記録し、「あのイチロー以来」と話題になった。
達川の後頭部をポカリと
試合の真っ最中に「口は禍の元」としか言いようがない強烈なしっぺ返しを受けたのが、広島の捕手・達川光男だ。
1983年4月27日のヤクルト戦、広島の先発・津田恒美が初回にこの日シーズン初先発となった4番・大杉勝男に先制3ランを被弾したことが事件の伏線となる。
0対3の3回、再び大杉を打席に迎えた津田は、前の打席で打たれた動揺を隠せず制球を乱してしまう。
何とか平常心を取り戻させようと考えた達川は「こいつぁ石ころじゃけん。安心して投げてきんさい」とマウンドの津田に声をかけた。
大杉は足が遅いので出塁させても盗塁することはなく、石ころと同じという意味なのだが、この“石ころ発言”は当然打席の大杉にも丸聞こえだ。「思わずカーッとなったよ。先輩に失礼じゃないか」と大杉は逆上した。
津田から怒りの2打席連続弾を放ち、本塁に戻ると、祝福の握手をしようと待機していたチームメイトには目もくれず、右拳で達川の後頭部をポカリと殴りつけた。
絵になる男
当時プロ6年目の達川は同年正捕手になったばかりで、知名度はそれほど高くなかった。
この“ポカリ事件”をきっかけに「面白い捕手がいる」と注目されるようになり、後に「当たった、当たった」の“死球詐欺”をはじめ、珍プレー番組の人気者になったのはご存じのとおりだ。
余談だが、ポカリ事件の余韻も覚めやらぬ翌週の5月3日から両チームはゴールデン・ウイーク3連戦が組まれ、因縁対決の再燃なるかと注目された。
達川はさすがに大杉を怒らせると損だと気づいたのかささやき戦術を封印し、大杉も“口撃”されなかったことで張り合いをなくしたのか、3試合で11打数2安打3三振と当たりが止まっている。
珍プレーという限られた括りの中でも、昭和から平成にかけてはファンの共感を呼ぶ“絵になる男”が多かったことを改めて実感させられる。こうしたハプニングもまた、野球の魅力のひとつと言えるだろう。
久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)
デイリー新潮編集部
