数十年間置かれたマツダRX-3ワゴン ずらりと並ぶ廃車に残された「物語」 40選(後編)【ジャンクヤード探訪記】
フォード・グラントリノ - 1971年
この1971年式フォード・グラントリノは、誰かがフロント部分を買い取ろうとして、途中で気が変わったようだ。一部取り外されているが、予備のバンパーがボンネットの上に置かれている。「トリノ」という名称は、イタリアの自動車産業と深く結びついている都市トリノに由来する。一方、「グラン」という接頭辞は、1970年代初頭にフォードの中型モデルに高級感を与えるために付け加えられたものだ。
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フォード・グラントリノ - 1971年
マツダRX-3ワゴン
このマツダRX-3のワゴンは、米国ではロータリーワゴンという名で知られ、文字通りロータリーエンジンを特徴としていた。知名度の高いRX-3のクーペに比べ、ワゴンバージョンの生産台数ははるかに少なかった。ウォラー・オートパーツに数十年間置かれていたにもかかわらず、この1台はサイドマーカーライトが取り外されている程度であり、驚くほど完品に近い状態を保っている。

マツダRX-3ワゴン
ダッジのピックアップトラック - 1950年
この1950年式ダッジ・ハーフトン・ピックアップトラックは、ドン・ウォラーさんが1972年に購入して以来、ここに置かれたままである。ただし、その時点ですでに数年間は走行しておらず、ナンバープレートの更新は1966年で止まっている。かつて、ある自称メカニックがV8エンジンの搭載を試みたそうだが、作業は完了しなかった。
車体下部はしっかりとしており、目に見える錆穴はなく、ガラス類も全体的に良好な状態だが、内装は明らかに朽ちている。ウォラーさんによれば、エンジンはかかり、トランスミッションも機能するが、ブレーキは現在効かない状態だという。

ダッジのピックアップトラック - 1950年
日産パルサーNX - 1987年
この1987年式パルサーNXは、日産のコンパクトカーラインナップの中でも特にスポーティーなモデルの1つだった。特徴的なクーペボディを備え、エコノミーカーよりもスタイリッシュなものを求める顧客層をターゲットにしていた。窓に書かれた文字から、この個体はツインカムエンジンと5速マニュアル・トランスミッションを搭載していたことがうかがえ、かなり興味深い仕様と言える。

日産パルサーNX - 1987年
プリムス・スペシャル・デラックス・クーペ
この1950〜51年式プリムス・スペシャル・デラックス2ドア・クーペは、どうやらフラットヘッド6気筒エンジンと3速マニュアル・トランスミッションを載せたままで、グローブボックスにオーナーズマニュアルが残っているなど、ほぼ完全な状態を保っているようだ。
ウォラーさんによると、この車両を約40年間所有しており、元々はワンオーナー車だった可能性があるという。何十年もヤードに置かれていたにもかかわらず、ボディの下部はしっかりしており、目に見える錆穴はなく、クォーターパネルにわずかな錆が見られる程度だそうだ。

プリムス・スペシャル・デラックス・クーペ
フォードF-350スーパーキャンパー
1973年頃に出荷されたと思われるフォードF-350スーパーキャンパー・スペシャル。当時、米国西部ではピックアップトラックの荷台に載せるキャンパーが大流行していた。フォードは、荷台に載せるキャンパーボディの追加重量に対応するため、リアアクスルをわずかに後方に移動させ、より頑丈なサスペンションを装着した。
この車両は、本来搭載していたはずのキャンパーはとっくに取り外されているものの、鮮やかなイエローの塗装は今も美しく保たれている。その代わり、ジャンクヤードに置かれた古いピックアップトラックにありがちなことだが、荷台は今や部品の保管場所として使われている。

フォードF-350スーパーキャンパー
フォード - 1963年
走行距離計の表示はわずか4万4807マイル(7万2110km)。この飾り気のない1963年式フォードの2ドア・セダンは、とても穏やかな人生を送ってきたようだ。ドン・ウォラーさんによると、この車両が事故に遭い、運転席側のドアとフロントフェンダーに損傷を負った状態で購入したという。エンジンは、2バレルキャブレターを備えたV8で、オートマティック・トランスミッションと組み合わされている。
ガラスの状態は良く、部品もほぼ揃っているが、内装には経年劣化が見られる。車体構造もしっかりしているように見え、クォーターパネルにちょっとした錆が数か所あるのみだ。

フォード - 1963年
プリムス・フューリー・コンバーチブル - 1968年
状態が良ければ、1968年式プリムス・スポーツ・フューリー・コンバーチブルは今日でもかなりの高値で取引されるが、この1台はそれとは程遠い。エンジンは失われ、後部座席は錆びたフレームが残るのみで、車内は人間にも動物にも使い物にならない。生産台数はわずか2489台だった。

プリムス・フューリー・コンバーチブル - 1968年
サーブ99
このサーブ99の2ドア・セダンは、1968年に登場し、従来のサーブ車よりも大型のクラスに位置づけられたモデルだ。それまでラインナップの最上位にあったサーブ96の後継車である。スウェーデンとフィンランドで1984年まで生産され続け、最終的にはサーブ900へと発展した。
スカンジナビアでは大型ファミリーカーと見なされていたが、特に米国をはじめとする他の地域ではコンパクトなエグゼクティブカーとして販売され、一味違うクルマを求める顧客層から熱烈な支持を集めた。激しくへこんだフロント部分を見る限り、この1970年代半ばの個体がどのようにしてここにたどり着いたのか、想像に難くない。

サーブ99
シボレー・モンツァ・ハッチバック
このシボレー・モンツァの2+2ハッチバックには、テキサス州ダラスのフレンドリー・シボレー(Friendly Chevrolet)というディーラーのバッジが今も残っている。同店は1950年代に創業したとみられる、歴史あるディーラーだ。1975年に登場したモンツァは、ゼネラルモーターズのHボディ・ファミリーの一員であり、オイルショック後の時代においてコンパクトかつスポーティなモデルとして位置づけられた。
発売初期には、シボレーのスモールブロックV8を含む、さまざまなパワーユニットが選択可能だったが、排出ガス規制の強化によりすぐに制限されることになった。

シボレー・モンツァ・ハッチバック
ダットサン620ピックアップトラック
ダットサン620ピックアップトラックは、米国市場における日本製トラックの地位を確立する上で重要な役割を果たした。1972年に登場し、日産の信頼性の高いLシリーズ4気筒エンジンを搭載して北米全域で販売された。当初は排気量1.6LのL16エンジンだったが、後のモデルでは1.8Lおよび2.0Lバージョンが追加されている。多くの購入者は作業用トラックではなく日常の足として使用し、ダットサンの耐久性の高さを証明する一助となった。
この個体は1973年頃に生産されたものと思われる。同ヤードでは3台の620を確認できた。他の2台と同様、レストア不可能な状態だが、入手困難な錆のないパネルやトリムパーツがまだいくつか残っている。

ダットサン620ピックアップトラック
ダッジ・コルト - 1974年
このダッジ・コルトが、部品を1つも提供することなく、一体何年間ここに放置されていたか気になるところだ。三菱が生産し、ダッジが1971年から1994年にかけて販売したコルトは、オイルショックの時代における待望の小型車であった。この個体は第2世代(1974〜1977年)にあたり、実質的には三菱ギャランのバッジエンジニアリング車である。
フロント部分の状態から判断すると、何か固い物との衝突事故を経てここに運ばれてきたのだろう。そして、それ以来ずっとこの場所に放置されているようだ。

ダッジ・コルト - 1974年
フォード - 1959年
ウォラー・オートパーツの部品取り車の品質を如実に物語る1959年式フォードだ。ハイプレーンズ(ロッキー山脈東側の地域)の乾燥気候はボディパネルに驚くほど優しく、何十年も放置されていた車両でさえ、素晴らしく良好な状態を保っていることが多い。
この特集で紹介したような廃車やジャンクヤードにご興味がある方は、ぜひウォラー・オートパーツ(Woller Auto Parts)のウェブサイトをチェックし、ラインナップを見てみてほしい。

フォード - 1959年
原文:ウィル・シャイアーズ(Will Shiers)
